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―エピローグ― [吹きゆく風と、沈む夢【完結】]

「リイルアード殿下万歳!」
「王太子妃殿下、万歳!」

 そんな声がそこかしこからあがっていた。
 クシュア暦一五六二年三月十七日のことである。
 この日、イセナーダ王国の王都では、第一王子リイルアードとエヴァランス公爵家の娘であるラティアの婚礼の儀が執り行われた。
 本来、昨年の四月に行われる予定であったのだが、妃となるラティアの両親たる公爵夫妻が暗殺されたことにより延期の運びとなったのである。もっとも、ラティアは一年程前から城内に部屋を与えられ行儀作法などを学んでいたので、近く婚礼が執り行われることは衆知の事実ではあった。
 早朝より婚礼の儀は城内で厳粛に行われ、今しがた終了したところである。
 儀式の後、騎士と魔術師らによって厳重に警備された王都の大通りを、城から王家の先祖が眠る霊廟まで、婚礼の報告のため二人で歩いて行くのがこの国のしきたりだ。
 その姿を一目見ようと、王都には朝から大勢の民衆が詰め寄せていた。イセナーダ王国では、王家に属する者の姿を目にする機会はとても少ないのだ。
 城門が開き、大勢の供を従えて、美しい婚礼衣装を纏った一組の男女が姿を現す。
 王子は、純白の上下服の上に細かい金糸の刺繍が入った朱色のローブを纏っていた。その額を飾るのは彼の髪よりも色の薄い白金製のサークレットで、それは王位継承者の証でもある。濃青の瞳はいつもどおり冷たく澄んでいたが、彼の整った眉目は何故か淋しげにも見えた。
 隣に立つ妃は、やはり純白の丈の長いドレスで身を包んでいる。その衣装の裾には白金糸の刺繍が施してあり、日の光を反射してまばゆく煌いていた。二の腕までを隠す白い布地の手袋をはめているものの、羽織った同色の薄手の肩布から透ける白い肩が何とも寒々しく頼りない。彼女の腰まで流れる長い黒髪には淡い桃色の小花が散らしてあり、その上からかけられた白いヴェールが良く映えていた。
「太陽の神と、月の女神のようだ」
 居並ぶ民衆の誰かが口にした通り、二人が並んで立つ様はとても華やかである。
 けれども、王太子妃たるその女性は今にも泣き出しそうな表情をしていた。
 それは、喜びのためでは決してなく。故に、隣に立つ王子の表情を淋しげに曇らせるのだ。

「綺麗だな、あいつ」
 群衆の波にもまれながら、ぽつりと呟く男がいた。
 その男の隣に立つ中年の男が「ああ」と相槌をうつ。中年の男に肩車された七、八歳の少女は、美しい花嫁の姿にはしゃいでいた。
「おねえちゃん。きれいだねぇ」
「こらルフィ。もう、おねえちゃんだなんて呼んじゃいかんのだぞ」
 養父がそう注意するが、子供には理解の出来ないことだ。
 少女は黒い瞳を不満そうに細めて、中年の男の濃茶色の髪を思いきり引っ張った。痛みのため、眉をしかめながら、男――アスエルは隣に立つ長身の男に眼をやる。
 彼は、懐かしむような表情に諦めの色を混ぜて。普段の彼からはとても想像することの出来ない、優しい薄い水色の瞳で花嫁を見つめていた。
「綺麗、だよな」
 そしてもう一度、小さくそう呟く。
 彼ら三人は現在、北の大国バルゼに住んでいた。
 父娘は田舎の小さな町に。リギアは、この世界の理不尽な魔族差別を覆そうと語る集団のもとに。別々に暮らしている。
 二ヶ月ほど前にアスエルがラティアの婚礼話を聞きつけ、一目でも見たいと願ったリギアは転移魔法を駆使してイセナーダにやって来たのだ。
 別れた日から一年余月が過ぎて、幼さの残る風貌をしていたラティアは別人のように大人びていた。憂いを帯びた淡緑の瞳に、胸をえぐられるかのような痛みを覚える。
「ラティア……」
 そんな彼らの前を、ゆっくりと行列が進んで行く。
 花嫁は王子と眼をあわせることなく、ただ前のみを見つめ歩いていた。それは、決してラティアにとって幸せな結婚と言えるものではないのだろう。
「けれど、他に、どうすれば良かったのか」
 苦しげな独白は、群衆の声にかき消されていった。
 王子が手を引く花嫁の姿が、彼らの前を通り過ぎる。リギアはただ静かにその姿を見送った。
「行くか? 長居はお互いに都合が悪いだろ」
 肩車をしていた娘を一度地面に降ろし、今度は軽々と抱き上げてアスエルが問う。
 お互いに追われている身だ。リギアは死亡したとされているが、万が一見つかって騒ぎにでもなった場合には王子にまで類が及ぶ。
「そうだな。こんな日には、暗殺者の出も多いだろうしな」
 彼女の姿を見られるのも、これが最後となるだろう。リギアはそんな思いを抱きながら振り返り、ラティアの姿を目にやきつけようとした。
 その瞬間……彼は心臓がはねあがる思いで、我知らず小さく声を漏らした。
「ラティア」
 どういうわけか、ラティアが眼を見開いてこちらを振り返っている。
 二人の視線が、空中で遠く絡み合った。
 駆け寄って抱きしめたい。そんな衝動を、リギアはどうにか押さえ込む。
 そんなことをしては、自分は勿論のことラティアの命も危ないのだ。だから彼は、きつく両手を握りしめ呪文を唱えた。
 左手で印を結び、右手でアスエルとルフィに触れる。
「愛している。幸せに、なれ」
 姿を消す最後の一瞬に。壊れそうな脆い笑みを浮かべ、リギアは言った。
 その脳裏に、彼女の今にも泣き出しそうな、崩れてしまいそうな儚い笑顔がやきついて離れない。

「どうしたのだ?」
 突然、はじかれたように振り返りその動きを止めた妻である女性に、リイルアードはそう問いかけた。
 この行列を従えて、長時間留まることは許されない。
「リギア」
 呆然とした様子のラティアがそう呟くのを耳にして、リイルアードは表情を固くした。そして、少々乱暴に妻の腕を引く。
 はっと我に返ったラティアは、悲しげに俯いて小刻みに首を振ってみせた。
「何でもありません、殿下。幻を見ただけです」
 よそよそしいその口調に、リイルアードが唇を噛みしめる。
 あの日から、ラティアは決して自分に対する態度を崩そうとはしなかった。城内の、他の誰にも壁を作り、心を開く様子はない。
 もどかしいような想いに駆られることもあったが、リイルアードは後悔はしていない。
(何者からも彼女を守る。この剣にかけて、誓おう)
 いつかリギアに言ったあの言葉は飾りではない。
 傍らで守ることが出来るのであれば。夫でなくとも、騎士であればそれで良い。
 その思いを噛みしめながら自嘲的に唇を歪めると、リイルアードは恭しくラティアの手を取り再び歩き出した。
 それを振り払うことはなく導かれるままに歩むラティアの、淡緑の瞳が涙で濡れている。
 金色の肩より少し長い髪。冷たく優しい薄い水色の瞳。見紛うことのない、長身の愛しい人の幻は何と告げたか。
(私も、愛している。あなただけを)
 彼女は心の中だけで哀しく呟いた。
(でも、幸せになんてなれない。なってはいけない)
 けれども、誓ったから。生きて行くと、彼に誓ったから。
 隣に立つ人の優しさを受け入れて、彼女は己の道を進んでいく。

 群衆の歓声を遠く聞きながら、ラティアはゆっくりと微笑んだ。


 罪のために。
 お互いの、罪を償うために。
 二人。
 離れて、生きて行くのだ。



 その数ヶ月後、エヴァランス公爵であるラティアの兄、シルヴァルト=フィリス=エヴァランスが反逆罪で捕われた。
 本来ならば死罪とされる罪だが、王太子妃の兄という立場から彼は死罪を免れ、城の片隅にある塔の上で生涯を送ることとされた。
 彼の幼い息子の後見人にはリイルアードが進んで起ち、その妻は事実上公爵家の館に幽閉される事となる。
 その全てを仕組んだのはリイルアードであり、反逆の濡れ衣を着せたのも彼だった。しかし、その真相を知る者は、イセナーダ王国には誰一人としていなかった。

 一方、バルゼの魔族同盟に加担したリギアは、その強力な魔力のために組織の中央に取り込まれる事となる。
 彼は、確実に運命の渦中へ飲み込まれようとしていた。


 そう、齢十五にも満たない、魔族の少年を中心とした、運命のただ中へと――――。


〈了〉

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