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7.未来へと吹きゆく風に ―7― [吹きゆく風と、沈む夢【完結】]

 肉を断ち切る耳障りな音が響いた。
 男が一人、断末魔の叫びを上げながら地面に伏し、物言わぬ肉塊と化す。その周囲には、同じように命を絶たれた者達が複数人、無造作に転がっていた。
 あらぬ方向に首が捻じ曲がっている者や、全身を鋭い刃でえぐられたような傷跡のある者。何か、重い物体によって潰されたような状態の者もいた。
 白い雪原を赤く染め上げて倒れ伏す十数人とも、死因は様々のようだ。ただ一つ共通していることは、それが魔力の引き起こしたものであるということだろうか。
 それも決して魔術などではなく、行き場のない魔力が放たれた結果の惨事であることが伺える。それほどに、周囲に満ちる精霊の力は混乱した複雑なものだ。
 魔力の渦の中心には一人の幼い少女がいて、立ちつくす中年の男を庇うように両腕を広げていた。煌く瞳は澄んだ紫で、正気の色では既にない。
 六つになるかならないかという年頃の少女が護ろうとしている男の右腕からは、おびただしい量の血液が流れ出していた。
 止血のために肩口をきつく押さえてはいるものの、あまり効果はないようである。
「パパにいじわるする人はゆるさない! パパを傷つける人はみんなだいきらい!」
 そう舌足らずな口調で叫ぶ少女の眼は、既にこの世界を映してはいないようだった。金の巻き毛が、風も吹いていないのにふわりとなびき、紫銀の光が少女にまとわりつく。
「ルフィ……っ!」
 そうしている間にまた一人、得物を構えた男が地に崩れた。
 中年の男――アスエルは、地に膝をついて背後から養女の小さな身体を抱きしめる。
「もう、いい。俺はもう大丈夫だ! やめるんだ、ルフィ……っ!」
 必死にそう呼びかけてはみても、ひとたび暴走した力はそう易々と収まるものではなかった。
「ルフィ!」
 渾身の力と想いを込めて、養女の名を叫ぶ。
 逃げ去った者も含めて、今、この場で動く存在は彼ら親子の他にはなかった。最後の一人が、倒されたのである。それでも、ルフィの力は収まる気配すら見せない。
「もう、やめてくれ。ルフィ! おまえには、こんなことさせたくないんだ」
 腕の力を強めるアスエルの瞳には、うっすらと涙が滲んでいた。
 その次の瞬間、唐突に渦巻く力が消え失せルフィの全身から力が抜ける。
「ルフィ?」
 倒れ込む少女の小さな身体を片手で軽々と受け止め、アスエルは素早く辺りを見まわした。ルフィの力の及ばぬところから、誰かが魔術をしかけたのかとも考えるが、ルフィは規則正しい寝息をたてて眠っている様子だ。
 アスエルは魔術的な事象には疎いほうではあるが、これが魔術的な力に干渉されていることは理解できた。殺気は感じられないため、とりあえずは安堵する。
「やっと、みつけた」
 木の影から、微苦笑を浮かべた男が現れた。雪を踏みしめ、よろめきながらこちらへ歩み寄ってくる。
「人が死ぬ思いでイルクについたら誰もいねぇし。置き去りにされたかと思って、へこんだぜ? 伝言くらい残せよな」
 薄い水色の瞳を細め、現れた男は唇に薄く笑みを刻んだ。
「それはこちらの台詞だ、リギア。突然、何の挨拶もなく消えやがって。心配したんだぞ?」
 瞳を陰らせて素直に詫びを入れてから、リギアは口元に軽い笑みを浮かべる。
「宿の主人に聞いたら、何か変な奴らと共に町を出て南の方へ行ったって言うから。まさかと思って追いかけてきたんだ。こんな森の中で何遊んでんだよ」
 その言いようには流石のアスエルもむっとした様子で、唇を曲げて眼を眇めた。
「遊んでたように見えるか、これが。町で奴らに見つかっちまってな。お互い町の中で殺りあうのはどうかってことで、こうなったんだよ。ルフィは俺が殺されそうになったら、ああなっちまった。正直なところ、どうしていいのかわからなくて困ってたんだ。礼を言うよ」
「あれは魔族の力の暴走だ。俺にも覚えがある。……しかし、こいつはかなりの力量なんだな。教えていけば魔術師になれるだろう」
「じゃあ教えてやってくれよ。腕に覚えがあれば何かと安心だから」
 その言葉に頷いてみせながら、リギアはアスエルの右腕に触れる。
「力を抜いて。治癒する」
 呪文と共に、暖かな光がアスエルを包み込んだ。ほっと息をついたアスエルは、ルフィの額に手を当て瞳の色を変えるための呪文を唱えているリギアを見て、小さく叫び声をあげた。彼の血まみれの着衣と、出血が続いている傷口に気付いたのだ。
 良く見れば、リギアの唇に血の気はなく、いつもは気丈なその瞳も虚ろである。
「人を癒す前に自分だろうが!」
 苛立ちを隠せない強いその口調に、リギアは微かに苦笑を浮かべた。
「魔術で出来ることなんて限られているんだ。傷口をふさいで一時的に出血を止めることしか出来ない。だから、無理したり動いたりすればまた傷口は開く。この傷は、背から胸に貫通してるからなぁ……治すにはそれなりに休養が必要かな」
 よろめくようにアスエルにもたれかかり、彼は呟く。近くなったリギアの息が僅かに乱れており、アスエルは胸を突かれるような思いになった。思わず、幼子をあやすように彼の髪を指で梳く。
「それに、魔術を使うために力を込めると傷が悪化して……悪循環」
 安堵感に包まれたリギアはアスエルの肩に額を押し付け、そう言葉を付け足した。
「じゃ、どこか田舎の村で長期休養だな」
 頭に叩き込まれた地図を思い浮かべながら、どの村が適しているかなどと独り言のように呟くアスエルに、リギアは怪訝そうな視線を向ける。
「バルゼへ行くんじゃなかったのか?」
「行くさ。おまえのその怪我が治ったらな」
 最初から決まっていたことのように言い切って、アスエルは養女を抱いていないほうの空いている左腕でリギアを抱き寄せた。
「泣いちまえ、泣いちまえ。そんで少しすっきりしたら、近くの暗殺者の寄り付かねぇような村に移動するぞ」
「アスエル……」
 涙をどうにか堪えるような声音で、リギアは彼の名を囁く。
「ありがとう」
 何も言わずただ傍にあること。それが、今の彼にとっては大いなる救いであった。
「何も、きかないんだな」
 しばらくたって肩の震えが止まってから、リギアはポツリとそう呟いた。彼の身体に己のマントをかけてやりながらアスエルが笑う。
「だいたい、わかっているしな。どこからか飛んで来た手紙を受け取って読んでいた奴が、血相変えて飛び出して行ったから。見当がつくならば敢えて聞く必要もないだろ?」
「…………」
「ほら、しっかりつかまれ」
 ゆっくりとリギアを立ち上がらせた後、彼は左肩でリギアの体重を支え、右腕にルフィを抱えた姿勢で照れたように殊更無愛想な声を出した。
「あんたには、敵わない」
 諦めの混じるリギアの独白に応えることなく、アスエルは曖昧に笑む。
 彼とて、未だ悪夢から逃れられたわけではない。けれども、生きてきた歳月の分だけ心は強くなった。守るべきものをこの手で守り抜くために、必死で強くなった。
 立ち直れるものだと知っているからこそ、ここでリギアを埋もれさせたくはないと彼は思っていた。リギアならば罪を罪だと認め理解した時点で、改められると感じていたからだ。
「両親は、俺を愛していてくれてたのかな」
 唐突に、ぽつりとリギアが呟いた。踏みしめる雪の音に、掠れてしまいそうな小さな声だ。
「愛されてないと思ってたんだ。今までずっとそう思ってきた。でもあの日、彼らは最後に俺のところへ来てくれた」
 慎重に進める足に、確かに踏みしめる雪を感じながらアスエルは柔らかく瞳を和ませた。
「その答えは、おまえが一番良くわかってるだろ?」
「ん……」
 リギアはやっとの思いでそれだけを声にのせ、唇を噛みしめる。鼻の奥がつんとして、今にも涙が零れ落ちそうだった。
 そんな二人の姿を、既に昇りきった昼過ぎの太陽が暖かく照らしている。
 雪を七色に反射させながら……ただ、静かに。


(ラティア。もう二度と、語り合う日は来ないけれど)
 不意に空を仰いで、リギアが大きく息を吐く。
(叶うなら、共に過ごしたかった。けれど、俺の存在がおまえを苦しめ、おまえの存在が俺を追い詰めていく。愛しいと思う心は変わらないのに)
 二人。共に歩めば、傷を付け合うことになる。だからこそ、離れて歩まなくてはならないのだ。
(これで、いいんだよな)
 否と叫ぶ声が、己の中にあることを彼は知っている。
 けれども、リギアは唇に微笑を浮かべた。
(この心も、想いも、全ておまえのものだから)
 「憎しみも、悲しみも全て受け止める」そう思った心に偽りはない。全て受け止めて彼女に葬られるつもりだった。今は、全て受け止めてこの先の未来を歩んでいく覚悟を決めた。それだけの違いだ。
(ラティア)
 空から視線を落とし、彼は行く手を見据えた。
 見渡す限りの銀世界の。
 遙か遠く、果てを見つめた。


 そうして、二人は別々の未来へと歩き出す。
 共に過ごした時間を、想い出という名の過去へと変えて。
 遠い、道のりを歩み始める。

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