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7.未来へと吹きゆく風に ―6― [吹きゆく風と、沈む夢【完結】]

「伝言を預かっている」
 あまりにも痛々しい彼女の様子に、リイルアードは本来伝えるつもりのなかった言葉を口にしてしまう。
「愛していると。ラティアだけを愛していると、そう言っていた。例え全てが偽りだったとしても、それだけは真実だ……と」
 ラティアの涙腺が再び緩み、止まっていた涙が溢れ出した。無意識に、彼女は己の右頬を指でなぞる。
 快いまどろみの中、リギアに口づけられたような気がしていた。そのぬくもりが、その感触が、未だ残っているような気すらするのに。彼の人がもうこの世界の何処にも存在しないなど、とても信じられない。
「私がこの手で殺めた。恨むならば私を恨め」
 どこか切なさを感じるリイルアードの低い声に、ぼんやりと虚空を見つめていたラティアは慌てた様子で首を横に振った。
「暗殺者は、法により裁かれるべき者です。いかなる場合においても極刑は免れません。……殿下を恨むことなどできるわけもありません」
 頼りない声で呟いてから、ラティアは嗚咽する声が漏れぬように唇を引き結んだ。
「私がいけないんです。一番悪いのは私なんだもの。誰も恨めない」
 その唇の横を、大粒の涙の雫が伝わっていく。
「どちらも選べなかった私の……私に与えられた罰です」
 搾り出すような声で言いながら無理に繕った笑顔は案外と力強く、リイルアードはほっと息をついた。
「私は、リギアを愛していた。けれど、彼が内包するリドルの部分を愛することは出来なかったの。同じようにリドルを憎んでいたけれど、リドルが内包しているリギアを憎むことは出来なかった。そのくせ、両親への罪悪感に囚われて、彼に刃を向けて……彼を追い詰めた。彼の心がどんなに脆いものか、私は知っていたのに」
「ラティア」
「私はリギアが好きよ。それは永遠に変わらないわ。そして、誰よりも彼が憎いの。私が想うのは彼一人。今も、これからも、彼だけをこの心に抱いていく。この世界で、たった一人を憎んで……愛するの」
 微笑を浮かべ静かに涙を流しながら、彼女はきっぱりとそう言いきる。彼女がリイルアードに向けた瞳は、その場に立つ彼を通り過ぎてどこか遠くを眺めているようだった。
「だから婚約は解消してしまって。私はあなたの妻に相応しくないわ」
 その瞳の奥には、強い決意が見て取れる。
「生きてくれと、言っていた」
 やりきれない思いで、彼は呟いた。口にすまいと思っていた言葉が、思わず唇から零れ落ちる。
「私も心からそう願っている。君が私をどう思おうと、私は君が好きだ。手放すつもりはない。例え君が、生涯私を愛してくれなくとも、見つめられることがないとしても。私は、君を愛している。傍にいたい。どれほど理不尽だと誹られても、歪んでいると罵られても。決して、君を離さない。君に憎まれても構わないんだ」
「リール……」
 深く息をついて、ラティアは哀しげに微笑した。
「私はあなたのこと嫌いじゃなかった。好きだったわ。もしかしたら、愛せたのかもしれない。けれど、もう駄目なのよ」
 理不尽な言葉を口にしていると自覚しながら、ラティアは言葉を止めることが出来ない。
「あなたはリギアを殺したのでしょう? 永遠に、私から奪ってしまったの。私は、あなたを恨みはしない。選べなかった私には、あなたを憎む資格すらない。けれど、愛せない。私は、決してあなたを愛せない!」
 感情を叩きつけるように叫んで、彼女は表情を歪ませた。
「それでも、良いのだ」
 自嘲的な笑みを浮かべたリイルアードは、振り払おうとする彼女の手を押さえつけてラティアを抱きすくめる。突き放そうとする少女の肩を強く掴み、互いの呼吸が感じ取れるほど顔を近づた。彼女の唇に己の唇を寄せ、ほんの一瞬だけそれを重ねる。
「君がどのような感情を私に向けていようと構わない。ただ、生きて傍らにいてくれさえすれば、それで……」
 言葉とは裏腹に、ひどく切なく苦しげな声だった。
 その声を聞き、やっとラティアは気付く。あの好青年風の仮面と彼の本質にそれほどの違いはないのだということを。
「これだけはわかってくれ、ラティア」
 彼女の額を己の胸に押し付けるようにして抱き寄せ、リイルアードは小さく囁いた。
「リギアは、立っていることさえ奇跡のような深い傷を負い、それでもなお君を救いたいという一心で雪原を進んでいた。彼の強い願いを無駄にしないでくれ。生きていくことだけは誓って欲しい」
 痛いほどに彼の心が伝わってきて、ラティアはきつく唇を噛みしめる。
 そして、しばらくの沈黙の後。
「リギアにかけて誓うわ。決して自らの命を絶ったりはしない」
 はっきりとした声で、そう誓いをたてた。
 その哀しい声を聞きながら安堵のため息をつき、リイルアードは彼女を抱く腕の力を強める。今度はそれに抗うことをせず、ラティアは彼の腕の中で静かに涙を流していた。

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