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7.未来へと吹きゆく風に ―5― [吹きゆく風と、沈む夢【完結】]

 しばらくの後、髪や肌にこびりついた血を流し手渡された衣装をまとったラティアは、隣の部屋の前に立った。
 彼が選んだのだろうか、衣服は淡い草色でラティアの白い肌に良く映える。冬物であるためか配慮なのか、それは露出の少ない衣装だった。
「リール、少し落ち着いたわ。あなたの話を聞かせて欲しいの」
 言葉と共に扉を軽く叩くと、中から入るように促す声が返ってくる。
「入るからね」
 一応そう断ってから、ラティアは扉を開けて室内に身体を滑り込ませた。それと同時に己の眼を疑う。
 リールの服装に、妙な違和感を覚えたのだ。彼が纏っているのは、いつもの少し高価そうな生地の上下服ではない。濃紺色で染め上げた無地の丈が長い上着には、金銀の糸で縫いとりがなされており、その下にあわせて穿いているのは淡い紺色の下穿きで、質素なものであったがやはり銀糸での縫いとりがあった。更にその上から薄紫色の肩布を流し、額には金のサークレットを戴いている。
「リール……?」
 立ち上がってラティアを出迎えた彼は、淡く笑って戸惑う彼女を長椅子に座らせた。寝台の上に無造作においてある彼の剣を眺めながら、彼女はそれに従う。
 その向かいの椅子に腰掛けて、リイルアードは背筋を伸ばし話を切り出した。
「順を追って話していく。君はしっかりと私の話を受け止めて欲しい」
 ゆったりと身を包むような椅子に張られた布地を無意識に手のひらで撫でながら、ラティアは力なく頷いた。それを確認してから、彼が再び口を開く。
「昨晩、リギアから私に、一通の手紙が送られて来た。そこには彼の生まれのことや、君とのこと、君が暗殺者に狙われていることなどが書いてあった。そして、ラティアがいつか必ず自分に刃を向けてくるだろうとも。その時は抵抗せずに殺される。そして、ラティアを私のもとへ転移させるから、それまでは何も言わず見守って欲しいと」
 ラティアは軽く首を横に振り、大きくひとつ溜め息をついた。では、やはり殺してしまったというのだろうか。
 彼の人をこの手で。
 もはや、この世界のどこを探してもあの人はいないのだろうか。笑うことも、悲しむことも、怒ることもないのだろうか。どうしようもない絶望感に胸が詰まる思いだった。
 そんなラティアの様子を見て、リイルアードがきつく唇を噛みしめる。
「何故だろうな。とても嫌な予感がして、私はイルクを飛び出した。そして、その廃屋へ向かう途中で意識のない君を抱えたリギアに会った。君には傷ひとつなかったが、彼はひどい傷を負っていた。放っておいたら、死んでしまいそうだったな」
「どういうこと、なの?」
 虚ろな瞳で、彼女は小さく呟く。どうやら、自分はリギアを殺してはいないようなのだ。しかし、ならば何故リギアはここにはいないのだろうか?
「リギアは何者かによって意識を奪われた君を庇って守り抜いて、その死に至るような傷で雪原を歩いていたのだよ」
 ラティアの疑問に満ちた視線を避けるように、リイルアードは眼を伏せた。月明りの下、彼の青ざめた頬は作り物めいていて歪んだ美しさを誇っていた……そんなことを思い起こしながら。
「雪のやんだ雪原を、彷徨い歩いている彼を見出し、私は君を引き取った」
「引き、とった? あなたに、何の権利が……」
 我知らず責めるような口調になり、そう言い募ろうとしたラティアだったが、リイルアードの鋭い瞳に威圧されるように口を噤んだ。彼の濃青の瞳が、有無を言わさぬ光を放っている。
「私には、そうする当然の権利があったのだよ。今回の旅だってね、君を王都に連れて帰ることが目的だったのだから」
 薄く、笑みを浮かべる彼に対して、不意にラティアは恐怖にも似た感情を抱いた。彼の瞳の奥に、昏い炎がくすぶっているような気すらしたのだ。
「あなたは、誰、なの?」
 掠れた声でやっと問われ、リイルアードは微苦笑した。
「私の名はリイルアード。リイルアード=アーグ=ラルゼ=イセナーダ。……ラティア=ルナ=エヴァランス、君の正式な婚約者だ」
 淀みなく言い放たれたラティアは、さっと表情を強張らせる。
「でん、か? リイルアード様なの?」
「リールで構わない。そういう風に構えられたくなくて、これまで身分を隠してきたのだからな」
 小さく言ってから、リイルアードはゆっくりと立ち上がった。そして、俯いて肩を強張らせたまま長椅子に座っている少女に歩み寄る。
「リールも嘘だったの? 優しそうな顔も、言葉も?」
 絶望感の滲み出るような声で囁くラティアに、彼は困惑したような目線を向けた。
「そうとも言えるが……違うとも言える。表現は異なるにしても、私が君に抱く思いは変わらないのだから」
 軽く頬に触れると、少女はびくりと全身を硬直させる。嘆息してリイルアードは手を引いた。彼女を怯えさせるつもりはない。
「厳しいことを言うようだが。ラティア、もしも君が婚礼を前に逃亡などしたら公爵家はおろかエヴァランスの血に連なる者達全てに制裁が下る。君自身は一生の間、反逆者として追われ一つ所に定住することも出来ないだろう。エヴァランス公爵家は爵位を返上しなければならぬし、それによって、王国内では必ず争乱が起こる。私は、この国の王子としてそれを見過ごすわけにはいかないのだ。無論、君もそうだ。貴族として生を受けたからには、それなりの責任を果たさねばならない。……君には、事の重大さがわかっていなかったようだが?」
 浴びせられるきつい口調に、ラティアは膝の上で固く両手を握り締める。
「君が何の考えもなく起こした行動によって、この国は大きく乱れるところだったのだよ。けれども、私は君を欲していた。だから、内密に君を王都に連れ帰りたかった」
 奥歯が鳴る程に歯をくいしばり、彼女はきつく眼を閉じた。
「私が、浅はかでした。ごめんなさい。何も、考えていなかったの。そんな事、考えたこともなかったの。ただ、好きだと思った人の傍に。共に歩みたいと思ったリギアの傍にいたかった! 願うことはそれだけだった。それだけで、幸せだと思った。一族や王国のことなんて、考えても、みなかった……」
 一気に言葉を吐き出した後、消え入りそうな声で彼女が「お赦し下さい、『殿下』」と呟く。リイルアードは軽く眼を眇め、嘆息と共に小さく首を振った。
「リールで良いと言っている。そう畏まられてしまっては、私の長年の努力が無駄になってしまうだろう」
 遠い眼差しのリイルアードは、口許だけに微笑を浮かべる。彼は初めて彼女の療養先であるリンヒルを訪れたかつての光景を、今でも鮮明に思い出すことが出来た。
「君の心にリギアがいるのは、ずっと昔から知っていた。辛くなかったと言えば嘘になる。それでも私は……」
 そこまでを吐露して、リイルアードは曖昧な笑みを浮かべその先に続く言葉を飲み込んでしまう。「君が好きなんだ」というその一言だけが、口に出せなかった。何故か、ひどく卑怯なことに思えてならなかったのだ。
「ラティア。これを渡しておく」
 想いを断ち切るように口元を引き締めると、リイルアードは懐から小さな皮袋を取り出した。何気なくそれを受け取ったラティアは、袋の中をのぞいた瞬間に目を見開いて身体を凍りつかせる。
「こ、れは」
 一房の金色の髪。それの意味するところをぼんやりと悟る。澄んだ緑の瞳が激しく揺れ動き、皮袋を持つ手が自分では抑えられぬ程に震えた。
 そんな彼女の様子を見て、リイルアードの胸が軽く痛む。けれども彼は、あくまで平静を装い冷たい濃青の瞳をラティアに向けた。
「リギア――リドルの遺髪だ」
「あぁ……」
 聞かされるまでもなく理解していた事柄も、こうして言葉にされたことで現実味が増す。ラティアは嘆息のように息を吐き出すと、皮袋を握りしめて両手で顔を覆った。

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