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7.未来へと吹きゆく風に ―4― [吹きゆく風と、沈む夢【完結】]

「ここは……」
 静かに眼を開き瞬きを繰り返した後、少女はひどく戸惑ったようにそう声を上げた。
「ど、こ?」
 ぼんやりとしたまま、辺りを見回す。
 上質な絹に包まれた寝台の上にいるのだと理解するまでに多少の時間が必要だった。室内は暖色系の色味で整えられ、装飾品はあまりないが高価そうなものばかりだ。
 ここしばらくこのような部屋には縁がなかったため、彼女は強烈な違和感を覚える。怪訝に思いながら、彼女は寝返りを打って身を起こした。
「リギア、どこ?」
 そう呼びかけてから、はっと我に返る。
 自分ではどうしようもない程の憎しみと、それを押さえ込もうとする彼に対する愛情。その二つと罪悪感に捕われ、苦しくて。そこから逃げ出すために、目覚めたときに自分の脇に置いてあった短剣を、リギアに向けたのだ。
 今思うと、何故そんな行動に出てしまったのかすらわからない。けれどもあの時、他に道はないと思った痛い程の憎しみは、確かに自分のものなのだ。
 対峙したリギアは、悲しげに笑っていた。その笑みはとても穏やかなものだった。「生きてくれ」と囁かれた気がしていたけれども、それを受け入れるつもりはなかった。
(一緒に逝くよ。私もすぐ、リギアの傍に逝くから。だから、選べない私を許して)
 心の中ではずっとそう唱えていた。
 しかし、その後のことが思い出せない。
 リギアが自分を迎え入れるように、大きく腕を広げて淡く微笑んでいた。そこで、記憶の糸が途切れている。
「ここ、どこかな」
 部屋の中は充分に暖かい。けれども何故か肌寒いような気持ちで、ラティアは無意識に己の肩をかき抱いた。
 覚えのない場所に不安を抱き大きく息を吸い込もうとした瞬間、悲鳴が唇をついて出る。既に乾いて黒ずんだ茶に変色していたが、己の着衣が血にまみれていることに気付いたのだ。
「なに? どうして?」
 旅服の上着をめくりあげ、自らの肌を調べるが傷らしき痕も痛みもない。
「何なの、これ!」
 この血が己のものでないとしたならば、考えられる事は唯一つだ。
「リギア……」
 きつく噛みしめた唇のすぐ脇を、大粒の涙が零れ落ちていった。
 殺して、しまったのだろうか。
 自分は、殺してしまったのだろうか。彼を。
 その思いに、打ちのめされる。殺そうとしていたその相手だというのに、ひどく悲しく心が重かった。
(私は、とても身勝手だわ。身勝手だ)
 リギアに刃を向けた時点で、自分には悲しむ資格などないのだ。けれども、悲しいと思う心をとめることは出来なかった。
 止め処なくあふれる涙を拭うこともなく、ラティアは両手で顔を覆う。何故ここにいるのだろう、と言う疑問は既に消失していた。
 しばらくそのまま涙を流していると、扉の外に重い靴音が響いてくる。足音は扉の前で止まり、彼女はぎくりと身を強張らせ、息を押し殺しながら恐々顔を上げた。
 合図もなく扉が開かれて、長身の人影が入って来る。
「だ、れ?」
 誰何する声は、自分でも驚くほどに細く上ずっていた。
「ああ。気が付いたのか。安心した」
 聞き覚えのある、けれどもどこか違和感のある声が返ってくる。
「身体の具合はどうだ? どこも痛まないか?」
 冷たく突き放すような口調の中に、気遣うような優しい調子が混じっていた。ラティアは涙の残る瞳で、ぼんやりとその人を見つめる。
「リール?」
 近づいてきた長身の男を見て、そう言葉がもれた。けれども、何かが違う。リールはいつも優しく微笑んでいる人だった。このように冷たい表情の人ではなかったはずだ。
 濃青の深い色の瞳と、銀とも見まごう色素の薄い金の髪。それに縁取られた、女性めいた美しい容貌。そのどれもが彼を冷たく見せるものだったが、彼はただ優しく笑っていたのだ。それだけで、彼の印象は優しいものになっていた。
 しかし、今の彼の瞳は冷たく、まるで他の全てを拒んでいるようにも見える。
「リール、だよね?」
 戸惑う彼女の問いかけに、彼は曖昧な笑みだけを返した。
「気がついたなら、服を着替えるといい。君は女性だからね、勝手に着替えさせては失礼だと思ってそのままにしていた。ああ、身体が何ともないのならば、湯浴みをするといい。肌についた血を流せば少しはすっきりする」
 淀みなく言いながら、彼は手に持っていた丸めた布をラティアに手渡す。
 彼女は、いつもとは口調すら異なる彼に戸惑いを深くしながらもそれを受け取った。手にとって見てみると、それは女物の服だ。それも旅服ではなく、町娘達が着る類の服でもない。飾り気はなく、地味な色味のものではあったが、高価な生地を使った衣服だった。
「リール、私どこにいたの? リールは何か知っているの? 知っているなら、お願……っ」
 一気にまくし立てるラティアの唇に己の指を押し当てて、リイルアードは辛そうに眉を寄せた。
「駄目だ。先に湯浴みをして、汚れを落としてきなさい。そうすれば、心も少しは落ち着くだろう。今の君に何を話しても……とうてい受け止められるとは思えない」
 尊大な口調ではあるものの、気遣われている気がしてラティアは眼を細める。それは、快い空気だった。
「リール」
「必ず、話す。だから、少し落ち着いて欲しい」
 彼女の頬に残る涙の痕を拭ってやりながら、そう呟く。
 ラティアは諦めたように小さく頷いた。湯浴みをするような気分ではないが、彼は首を縦に振ってくれそうにない。
「私は彼を、殺したのかな」
 無感動に投げ出された言葉を聞き流し、リイルアードは淡く微笑んだ。
「では、私は隣の部屋に戻っている。湯浴みがすんで落ち着いたなら来ると良い。ああ、浴室はその奥だ」
 部屋の奥にある扉を示したあと、彼はきびすを返す。それを呼び止め、ラティアはぐるりと辺りを見回した。
「ひとつだけ教えて。ここはどこなの?」
「ルウィン。イルクから少し南に下った町だ。その、宿屋だよ」
「そう……」
「では、な」
 それ以上の問いを許さず、ラティアに背を向けて彼は部屋を出て行ってしまう。残されたラティアは、空気すら重たく感じながらもゆっくりと寝台を降りた。
「リギア。あなたを殺してしまったのかな」
 吐き出された声だけが、虚ろに響いて消えていく。

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