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7.未来へと吹きゆく風に ―2― [吹きゆく風と、沈む夢【完結】]

 何かを聞きとがめたように顔を上げ、リギアは足を止めた。
 音が雪に吸収されてしまうため、ごく微小な音になってしまっているが、それはおそらく馬の蹄がたてるものだ。
(来たのか?)
 鈍くまとまらない頭で、漠然とそう思う。その瞬間、彼はその場にがくりと膝をついた。己の身体が既に限界を超えていることは承知していた。足は動かず、眼もかすんでいてろくに前が見えないのである。
「駄目、だ」
 こちらへ向かってくる蹄の音の主が、己の求める者である可能性ばかりではないのだ。自らを奮い立たせるように呟きながら、リギアは力の入らない腕で精一杯ラティアを抱きしめた。
 荒くなる呼吸を押さえ込むように息を整えて、次第に近づいてくる物音を待ち受ける。雪を掻く様な音と共に、大きな影が彼と少女を覆った。
「来んな……つったのに、信用ねぇなぁ」
 それが何であるのかを確かめようともせずに、リギアは苦く呟く。振り仰ぐと、見事なまでの白い毛並みの馬の上で、月明りを背に受けたその人は凛として背を伸ばしていた。
「リイル、アード」
 銀に近い彼の髪の色が、今はただ、流れるような光の色に見える。
「ひどい有様だな、リギア」
 嘲るような調子でもなく淡々と言って、リイルアードは身軽に馬から飛び降りた。
「信用の問題ではない。見たところ動けない様子だ。……私が来なければ、町まで辿り着けずに果てていたのではないか?」
「返す言葉もねぇ」
 唇を僅かに歪めて自嘲的に笑い、リギアは小さく嘆息する。
「もう駄目かと、諦めかけていたところだよ」
 冗談ともつかないその言葉を聞きながら、リイルアードは無言でリギアが歩いてきた方向に眼を向けた。朱い血痕が、点々と続いている。それも、かなりの量だ。視線を戻して傷口の様子を見ても、彼が今こうして生きていることすら不思議に思えるほどであった。
「魔族として、俺に与えられたものは、この忌々しい瞳の色と強すぎる生命力なんだよ」
 訝るようなリイルアードの視線に気づいたのか、投げやりにリギアが呟く。
「そうか。ラティアはどうした?」
「大丈夫だ。外傷はないし、呼吸も落ち着いている。気を、失っているだけだ」
 リギアの前に身をかがめると、彼は己が羽織っていたマントをはずしてラティアに掛けた。
「無事で良かった」
 そして頬に触れ、その暖かさに安堵する。
 彼はリギアからの手紙を真夜中近くに受け取った。全ての真相を告げ、それでもきっと婚礼の儀までには戻るから、しばらくの間だけ時間が欲しいと書いてあった。更に、ラティアを狙っている者がおり、暗殺者ギルドがその仕事を請けていること。――そこまでを読んで、リイルアードは動いていた。
 ひどく嫌な予感がしたのだ。胸を掴まれるような息苦しさと、どうしようもない漠然とした不安とに囚われた。
 焦燥感に駆られた彼に黙って待つことなど考えられるわけもなく、奪うように馬を借りてイルクの宿屋を飛び出した。
 外は吹雪だ。けれども、朝まで待とうなどという考えは微塵も浮かばなかった。何度も方向を見失いそうになりながら、馬を駆けるうちに雪がやみ、遠く、木々の向こうに人影を見たのである。
「夜盗にでも襲われたらどうするんだよ、王子のくせに」
「結果論で言えば、襲われなかった。それで問題なかろう」
 供のものすら撒いてきたらしい王子に呆れたような口調で言うと、リイルアードは涼しい顔でそう答えた。それから、大きく息を吸い込み濃青の瞳を尖らせる。
「暗殺者はどうした?」
「ラティアを狙ってきた二人目までは、俺が殺した。ここから先は……あんたに任せる」
 己に向けられた鋭い眼差しを平然と受け止めて、リギアは苦く笑った。
 ラティアとは離れなくてはならない。頭ではわかっていることだ。もう、共に歩くことは出来ないと。
 けれども、心がそれについていかないのだ。
「俺は、もう既に暗殺者ギルドを離反した身だ。けれど、それで、俺の罪が拭われるわけじゃ、ない……」
 捕われた暗殺者は、例えその時に何の『仕事』をしていなくとも死罪。王国の法でそう定められている。
「覚悟は出来ている」
 そう呟くリギアの瞳は、不思議と穏やかな色を見せていた。彼の唇にこびりついた血と、傷口から溢れ出して止まらない血とを交互に見つめ、リイルアードはきつく唇を噛み締める。
「それにしても、見苦しいなりだな。今にも息絶えそうで見ていられぬ」
 吐き捨てるような口調で言いながら、彼はリギアの額に手を触れた。その唇からは神聖語の呪文が流れ出し、虚をつかれたようにリギアが目を見開く。
「あんた、神官……だったのか? 気づかなかった」
「いいから、少し、黙っていろ」
 殊更に冷たく言い放ちリギアを黙らせた後、リイルアードは再び呪文を唱えた。リギアの全身が光に包まれ、ゆっくりとではあるが確実に傷が閉じていく。感覚のなさと身体の重さは変わらなかったが、多少は息苦しさがとれた気がしてリギアはため息をついた。
「止血して軽く傷口をふさいだだけだ。動いたり無理をすれば、傷口は簡単に開く」
 礼を言うリギアに対して無愛想に言い捨てながら、リイルアードは沈んだ様子で視線を落とす。
「リギア。私にはおまえを責める資格などないのだ。おまえ達は、依頼を受けて非合法に殺人を犯す。しかし、我々は合法的に殺人を犯すのだよ。政治的な都合で、時には何の罪もない者までを。……おまえ達と我々の行為自体に差異はない」
 低く抑えられた声で告げられた言葉だったが、リギアはその中に彼の激しい憤りを感じ取っていた。
「亡霊に。決して見えるはずもない存在に囚われそうになる時もある。それは私の罪悪感からくるものだ。逃れることの出来ぬ代物なのだ」
 幾分か自嘲的に笑うその様子を見て、リギアの表情が綻んでいく。立場こそ違えど、この王子は同じ罪と痛みを背負って生きているのだと思い知ったのだ。
「けれど、法は法だろう? あんたは王族で、俺は暗殺者だ」
 言い終えてから、まるで死にたがっているような台詞だと思い至りリギアは微苦笑した。それに頷きながら、リイルアードもつられた様に笑みを見せる。
 彼の手がその腰に帯びた剣の柄に掛かっているのを見て取り、リギアは僅かに眼を細めた。それから、ラティアの髪を優しく撫ぜ、大きく息を吸い込む。
(ラティア。おまえに出会えてよかった。おまえにとって、俺は災難そのものかもしれないけれど。おまえに会えたから、俺は人として死ぬことが出来る)
 小さいながらも耳障りな金属音が響き、顔を上げるまでもなく王子の剣が抜き放たれたことがわかった。
 吸い込んだ息を吐き出しながら、ラティアの顔を脳裏に灼き付けるようにリギアはゆっくりと眼を閉じる。

 鋭く、風を斬る音がした。

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