So-net無料ブログ作成

6.傷ついた翼 ―8― [吹きゆく風と、沈む夢【完結】]

「油断したな、リドル。刺客が一人とでも思ったのか? おまえらしくもない。まぁ、それでも即死の急所を免れたのは、流石と言うべきなのだろうが」
 揶揄するような男の声が、倒れ伏すリギアに浴びせられる。震える腕に必死で力を込め顔を上げた先には、全身を黒いローブで包んだ初老の男が立っていた。
「ふ……くぅっ」
 リギアの背から短剣を抜き、男は容赦なく彼を蹴り飛ばす。
「ラ、ティア」
 先程、自分が息の根を止めた金髪の男の上に、折り重なるようにして倒れ込み、リギアは震える腕を未だ意識の戻らない少女へと伸ばした。
 それをちらりとみやり、初老の男は呆れた様子で小さく首を振る。
「生まれながらにして暗殺者たる資質を持っているというのに、惜しいことだな。たかが、女一人のために。……あの日、殺されるはずだったおまえを拾ってやった恩を忘れたか」
 クズめ、と、男は吐き捨てた。
 溢れる己の血を見つめながら、リギアはもう既に感覚のなくなってきた指先で雪を掴む。
「あの時、あんたに拾われなかったら。あの時、運命のまま殺されていたら。お……れはっ、こんなことには、ならな……。出会わずにっ、すんだ……」
 大きく咳き込むと同時に血の塊を吐き出して、彼はそれでも男を睨みつけた。紫の瞳が鋭く光り、男の黒眼がわずかに揺れる。
「出会わなくて、すんだ」
 かろうじて身体を支えていた腕の力が抜け、地に伏してリギアは動かなくなった。
「卑しい魔族め。育ててやった恩も忘れて、良く吠える」
 せせら笑って、男は短い短髪を右手でかき上げる。そして、リギアに背を向けた。その目線の先には、気を失ったままのラティアがいる。
「お嬢さんに、個人的な恨みなんかはないんだがな」
 そう言いながら構える短剣からは、リギアの血が滴り落ちていた。
 彼の着衣は黒で返り血の色は目立たない。しかし、その短剣から流れる血の朱と、燃え上がる炎の緋が混じり合い、その場はひどく幻想的な印象を作り出していた。
「あいにくと、こっちも仕事でな。まぁ、惚れた男と共に逝けるんだ。ありがたく思えよ」
 にやりと笑う男の表情は、悪魔のようなと言うに相応しいものだ。悪びれるところはなく、それでいて彼の表情は禍々しいのだ。
「簡単な仕事だったな」
 誰にともなく呟いて、眼を閉じたままのラティアの首筋に短剣をあてがおうとした。
 その瞬間。男の周囲の土がぐにゃりと変形して、彼に襲い掛かってきた。
 不意をつかれ、うろたえる男の手首を蔓のように変形した土が捕らえ、締めあげる。
「な……ん、だと?」
 狼狽し、男は掠れた声をあげた。土で出来た蔓の力は凄まじく、骨の折れる嫌な音と共に、彼の手首を本来ならばありえない方向へ曲げてしまう。
「俺が、守るんだ。なんとして、でも」
 まさか、と向けた男の黒眼に、ゆらりと立ち上がって足を引きずりながらこちらへ向かってくる青年が映された。
「生きて、いたのか?」
 信じられない、と小さく呟いて、彼は驚愕に眼を見開く。するとリギアは、自嘲的に笑って自分の瞳を指し示した。
「思ったことはなかったか? 魔族にしては俺の魔力が弱いって。俺が魔族として天から与えられた力は、こんな中途半端な魔力じゃねぇよ。見ての通りのしぶとい生命力だ……」
 血のこびりついた唇で、リギアは「今回はかなりきつかったけどな」といびつに笑う。それを物語るかのように、彼の足元はふらついていた。その様子に、初めこそ動揺していた男も、我に返ったのか余裕の笑みを浮かべて見せる。
「はっ、死に損ないなど眼中にないわ」
「それは、あんたの命を掛けて確かめればいいさ」
 ぐっと唇を噛みしめて力を込め、リギアは素早く印を結んだ。その反動だろうか、左胸の傷口からは新たな血が流れ出している。苦痛に顔を歪めながらも、彼は印を結びきり呪文の完成と共に魔術を解き放った。
 利き腕である右の手首を折られているため、左で短剣を構えている男の周囲を取り巻いている蔓のような土塊が魔術に従い変化する。
 それは、鋭い槍のような形をとり、初老の暗殺者を襲った。
 リギアは白い雪に点々と赤い染みをつけながら、ゆっくりと慎重に彼の方へ歩を進める。その右手には、いつの間にか鋭く研がれた切っ先の小剣が握られていた。
 体中に深手の傷を負いながらも、男は構えを解く様子を見せない。ふと、リギアの口許に微笑みが浮かんだ。
「スフィア」
 生まれ持った名すら知ることのない、育て親の通り名を囁く。
「さっきはあんなふうに言ったが、撤回する。殺されるはずの俺を拾い、育ててくれたことについては礼を言うよ。……これで、あんたと会うのも、最後、だからな!」
 胸を貫通するほどの深い傷を負っているとは思えない素早さで、彼は動いた。本能的な恐怖に表情を強張らせながら、それを受け止めようと男が得物を動かすよりもずっと速く。リギアの小剣が男の左胸を貫く。
 それは、正確に心臓を狙った一撃だった。
「くっ……」
 育ての親の微かな呻き声を聞きながら、彼は小剣を引き抜き更に男の首筋を切り裂く。おびただしい量の血が、辺り一面に飛び散った。
 声もなく崩れ落ちる男を、一瞬だけ哀しい瞳で見つめてから、リギアは足を引きずるようにしてラティアの脇にかがみ込む。
「ラティア」
 薄っすらと雪の積もり始めている己のマントごと彼女を抱き起こすと、彼は泣き出したいような笑い出したいような曖昧な表情になった。
「おまえだけ……。この世界で、おまえだけは、俺が守るよ……」
 そして、未だ目覚めない彼女を折れてしまいそうなほどきつく抱きしめる。
「ラティア……ッ!」

 吹雪の深まる中、リギアはその場から動かなかった。
 愛しい少女を抱きしめて、このまま、永遠に眠ってしまいたい。――そんな誘惑が脳裏をよぎる。

 やがて、轟音と共に、廃屋からあがる炎の勢いが膨れ上がった。その次の瞬間には、炎の排出する灰色の煙と雪けむりとを巻き上げながら、木製の廃屋が跡形もなく崩れ落ちる。
 その光景を前に、何故か、リギアの頬を熱い雫が伝わっていった。
 大地を覆う純白の雪が、月を映して銀に。火を反射して朱に煌く。
 その、美しくも恐ろしい光景を。
 彼は、冷たく澄んだ紫の瞳で、ただ無感動に見つめつづけていた。

←6.傷ついた翼 ―7―7.未来へと吹きゆく風に ―1―→
目次へ


人気ブログランキングへ
↑ランキング参加中です★

nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:blog

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。