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6.傷ついた翼 ―6― [吹きゆく風と、沈む夢【完結】]

 足音と木の軋む小さな音がして、リギアは竪琴を爪弾く手を止めた。ゆっくりと首を巡らせて扉の方を見やると、ラティアが黙して佇んでいる。
「どうかしたのか?」
 彼女の用向きはわかっていた。けれども、彼はあえて明るい声でそう訊ね、柔らかい笑みをラティアに向けた。
 竪琴を布で包み背負う彼の動作を眼で追いながら、少女は黙したまま彼の待つ窓辺まで歩いてくる。歩を進める毎に、彼女の姿が月光に照らされて顕わになる。
 泣きはらした瞳で、少女は微かに唇を歪めた。
「苦しいの」
 ぽつりと呟いたきり、彼女は足を止めて再び黙り込んだ。恐ろしいほどの静けさが、二人をただ包み込む。
 空中で二対の瞳が交わり、リギアは身体の力を抜いて大きく息を吐いた。
「わかってる」
 重たい身体を奮い立たせるようにして立ち上がり、切なげに嘆息を漏らしながら、彼は自嘲的な笑みを浮かべる。
「そんなはずないって、わかってるの。それなのに……私は愚か者だわ」
 そして、笑みを唇に貼り付けたまま、哀しい声音で囁くようなラティアの独白を聞いた。
「お父様もお母様も、私を責めるの。許されると思うのかって。その道を選んで、歩んで、自分だけ幸せになるつもりかって。暗闇の中で、私のことを責めるの」
 呟きながら浮かべて見せたラティアの笑顔は、どこか虚ろなものだった。覚悟を決めて、リギアは彼女に歩み寄る。今頃、イルクの町でリイルアードが手紙を受け取っているはずだった。もう、自分の役目は終わりなのだ。
 そんなことを思いながら、素早く左手で印を結ぶ。
「許されると、思うのかって」
 そう、何かに取り付かれでもしたかのように、少女は呟き続けていた。そんな彼女を苦い気持ちの混じる瞳で見つめ、リギアは小さく、彼女に悟られぬよう呪文を唱える。
 それは、彼の死と同時に発動させるための魔術だった。
 自分の命など、既に惜しくはなかった。けれども、彼女には生きていて欲しい。
 その想いを込めて、事の真相を打ち明ける手紙を送りつけたリイルアードの元へ、ラティアを転移させるための魔術だ。
 共にあれば、必ずこの瞬間が訪れることは、わかっていた。両親への罪悪感が彼女に見せるであろう夢も、その夢が少女にとって重過ぎることも、彼にはわかっていた。
「誰よりもあなたが好きよ。そして、誰よりもあなたが憎いわ」
 二つに裂かれ、壊れかけた心で少女はぼんやりと言葉を紡ぐ。その時、ふと空気が変化して、リギアははっとして辺りを見回した。
 この廃屋から、火が出ている。何故だと気にはなったものの、ラティアがこちらへ来る前に火でも放ったかと、リギアは一人納得した。
「どうすればいいのか、わからないの。こうするより他に、選べないの。ごめんなさい、リギア。私もすぐに、同じところに行くから……」
 泣き出しそうな表情で彼女が呟くのを、彼は黙して聞いている。炎はすぐに広まって、彼らがいる部屋をも飲み込んだ。
 次第に強く、激しく躍り上がる炎の熱で、互いの姿が揺らいで見える。
 ラティアの手に握られている短剣の刃が、赤く炎を映していた。小刻みに揺れる剣先は、躊躇いながらもまっすぐにリギアに向けられている。それを見て、彼は曖昧な微笑を唇に刻んだ。
「ごめん、なさい!」
 囁きよりも小さい掠れた声で繰り返しながら、ラティアは堅い靴音を立てて歩み寄ってくる。優しい淡緑の瞳を、今はただ哀しみに染めて――。
 彼は微動だにせず、その時を待った。娘は彼の目前で足を止め、唇を噛みしめる。
「リギア。大好きよ、リギア」
 聞く者の心すら切なく締め付けるような声音で、うわ言のようにラティアが囁く。その両眼から涙が溢れている事に今更ながら気付き、彼の心は不意に幸福で満たされた。
(おまえの怒りも、憎しみも。悲しみも。全て受け入れるから。全て、俺が背負っていければいい)
 己の命を奪おうとする少女を、抱きしめようとでもするかのように彼は大きく腕を広げる。その瞬間、ラティアは大きく眼を見開いた。そのまま、苦しげに表情を歪ませて床に崩れ落ちる。
「ラティア?」
 彼は、突然の出来事にひどく動揺して一歩、足を踏み出した。その視界を、炎の色が覆い隠す。
「ラティアッ!」
 紅蓮の炎が、目に映る全てのものを飲み込んでいった。


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