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6.傷ついた翼 ―5― [吹きゆく風と、沈む夢【完結】]

 乾し肉と乾燥させたパン。それと、積雪を溶かし濾過した水で軽い食事を済ませると、ラティアはすぐに眠りについた。
 リギアは相変わらず自嘲的な笑みを唇に刻み、寝息を立てている少女の顔を見つめている。
(我ながら、自虐的なことだ)
 そう思う気持ちはあるが、共にいたいと願う心はとめられなかった。例え、その結果が見えていたとしても、だ。
 凍てつかせた憎しみや、歪んでしまった心。そして、深い罪悪感と底知れぬ想い。それらが招くものを、彼は重々承知していた。
 それでも、想いは止められないのだ。
 少女の細く頼りない手は、しっかりとリギアの袖を握り締めていた。どこにも行かぬと誓ったばかりだというのに信用のないことだと、心の隅で思い苦笑する。
「ラティア」
 己の袖からそっと彼女の手をはずし、リギアは哀しげに微笑んだ。鼻の奥につんとしたものが込み上げる。
 一人の少女に出会い、そして愛した。唯、それだけのことなのに、何故、こんなにも苦しまねばならぬのだと、天を呪う。
 けれども、すぐに彼は唇にへばりついているかのような自嘲的な表情を深めた。何もかも、己の招いたことなのだ。天を呪うわけにはいかない。
「でも、俺が暗殺者じゃなかったら、ラティアと会うこともなかったんだ」
 あるいはそのほうが幸せだったのかもしれないと、彼は思った。あの日、自分が両親と共に命を奪われていれば、ラティアと出会うことはなかった。そうしたら、ラティアは今頃、婚約者であるリイルアードの妻となり幸せに暮らしていたのかもしれない。
 起こり得たかもしれない未来にしばらく思考を委ね、ふと我に返ったように彼は微苦笑を浮かべた。そんなことを考えても、もうどうしようもないのだ。
「愛している。おまえだけを。永遠を誓うよ」
 低く囁き、リギアは静かに身をかがめた。そして、眠っているラティアの冷え切った頬に、そっと口づけをする。
「……それだけが、俺の真実なのかもな」
 一人、弱く呟きながら、リギアは鞘に収まったままの短剣を少女の脇に置いた。それから、音を立てぬよう細心の注意を払いつつ、荷袋から水辺の草を原料に作られた質の悪い紙と水鳥の尾羽を使った羽ペン、更にインクを取り出す。そして、白い布に包まれた竪琴を小脇に抱え、炉のある部屋を後にした。
 腐りかけた木の扉をそっと開けて、奥の部屋へと入る。そこには、ほこりをかぶった小さな机と、壊れかけた椅子。そして、原型を留めていない朽ちた寝台があった。
 寝台の脇にある窓の硝子は割れていて風すら防げない状況ではあるが、彼の求めるものは全て揃っている。
 廃屋の外は相変わらずの雪景色で、火の気がない上に容赦なく風の吹き込むこの部屋はさすがに寒かった。小さく身震いをして、リギアは軽くはおっていたマントでしっかりと己の身体を包み込む。
「わかっていたことだ。……覚悟はしていたのに」
 無意識に呟きながら、彼はインク壷の蓋を開いた。机の上の埃を手の甲で払い、インク壷をそこに置く。次いで、呪文を唱え手元に灯りを得てから紙をそこに大きく広げると、リギアは羽ペンの先にインクを染み込ませた。
「命なんて、いつ捨ててもいいと思っていたはずなのにな」
 呟く声に自嘲的な調子が加えながら、彼は紙に文字をしたためる。やがてペンを置くと、彼はその紙を左の手の平にのせ大きく息を吸い込んだ。
 右手の指先で素早く印を描き、呪文を唱える。すると、一枚の紙は白い翼持つ夜鳥へと姿を変えた。
「リイルアードのところに行ってくれ」
 静かに、哀しい声でチギアが告げ、夜鳥は音もなく天へと飛び立った。
 白い姿が点ほども見えなくなるまで見送った後、彼は机の上で揺れる光に触れてそれを消す。それから全身の力を抜くかのように大きく長く嘆息し、月明りに照らされた薄暗い床に視線を落とした。
 ちらりと窓の外に視線をやると、とうに日の沈んだ濃紺の世界が月の光を受けて銀に輝く様が見える。
 再度、肩を落として嘆息し、リギアはその場に座り込んだ。積もった埃が宙を舞い、その煩わしさに眼を眇める。自らが舞い上げた埃が床に定着するのを待って、リギアは竪琴の覆いを少々乱暴な仕草で剥ぎ取った。
 天から与えられていたこの才能は、記憶もおぼろげな両親からの最後の贈り物によって発覚した。弦を弾いて遊ぶだけだったこの竪琴を、旅先で出会った吟遊詩人を真似て爪弾いたのが始まりだった。人を魅き付ける力のあるその音色さえ、彼は疎ましく思っていた。それは、その音色を仕事に利用していた後ろめたさからくるものだったのだろうか。
 彼女と出会い、音色を請われるようになってからは、ひどく浅ましいことに思えて計略のために竪琴を奏でることはなくなった。今となっては、この竪琴の音色は彼自身の心を癒す調べでもある。
 彼はそっと、慈しむように弦に指を触れ、静かな調子の曲を奏で始めた。リンヒル近くのイーシュ湖のほとりで、初めてラティアと出逢った日と同じ曲を。
 優しく、穏やかな旋律が静かに流れていく。砕けそうな青年の心と、崩れかけた少女の心をそっと包み込むそれは、幾分か哀しい音色をしていた。
 竪琴の音色は、火の爆ぜる暖かな隣の部屋に眠るラティアの耳にも届いている。防寒用のマントに身を包んだ彼女の、柔らかく閉じた双眸がぴくりと震えた。その白い頬が強張り、眉は苦しげに寄せられて小刻みな震えを繰り返す。
 しばらくの後、目尻からは涙が零れ落ち、唇が薄く開いて言葉を紡いだ。
「ゆるして、ください」
 深い眠りの中、止め処なく涙を流し肩を震わせながら、彼女はそう呟き続けていた。

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