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6.傷ついた翼 ―4― [吹きゆく風と、沈む夢【完結】]

 リギアの浮かべる微笑の中に、諦めの色を見て取ったラティアは、彼の言葉を遮るように声を張り上げる。
「いつまでも、この時が続けばいいって思ってた! それくらい、あなたと一緒にいることは幸せで……今でも、その気持ちは変わらない。でも……でも、ね。リギア、私、自分で自分の考えてることがわからないの。色んなことをいっぺんに考えるの。わけがわからないの……」
 言葉を続けるうち、次第に彼女の声音は弱々しいものになっていた。唇の右端を僅かにつり上げ、リギアは微苦笑を浮かべる。
「わかっている。たぶん俺は、ラティア自身がわかっていないラティアの心もわかっているよ」
 目を伏せて、リギアは腕の力を弱めた。圧迫するものは何もないが、何故だか胸が詰まる。
(それでも離れたくないと思うのは、俺の身勝手だ)
 息苦しさに、むさぼるように呼吸をしながら、彼は鼻の奥がつんとするのを感じた。
「リギア……ひとつだけ、訊いてもいい?」
 リギアの腕の力が緩んでもなお、彼にしがみついたまま離れない彼女が小さな声で囁く。
「いくつでも」
「兄にとどめを刺さなかったのは何故? 私を殺すように依頼した人は、両親を殺すように依頼した人と同じ人なの? ……あなたが、私にくれた言葉、みんな嘘だったの?」
 立て続けに三つの質問を口にしたラティアは、縋るような瞳を彼に向けた。最後の質問は躊躇った末に口にしたのだろう。気丈さを保った声が僅かに震えている。
「信じられないかもしれないが、おまえの『兄』に刃を向けたことはない。俺に命じられた標的は『公爵夫妻』だけだったし、実際に俺が手に掛けたのも夫妻だけだ。おまえの兄が何故そんなことを言ったのか、俺にはわからない。今回だって、何故、おまえだけ狙われているのか――」
 言いながら考え込んだ彼の思考は、ひとつの可能性に辿り着いた。思わず言葉を失って、リギアは表情を強張らせる。
「リギア?」
 不思議そうに見上げてくる少女の訝るような声音にはっと我に返り、彼は気づかれぬようにため息をついた。
「何でもない。もしかしたら、おまえの兄については誰か別な奴が命令を受けているのかもしれない。そいつが俺の名を騙ったのかもしれないな。おまえの兄が公爵夫妻と共にいるときに襲われたと言っていたのは、恐怖で記憶が混乱していたのかもしれない」
「兄も、狙われているかもしれないの?」
 小さく呟いて、ラティアは身震いをする。小刻みに震える肩を抱きながら、リギアは言葉を続けた。
「依頼人は知らない。俺達はただの駒だからな。ギルド内で一、二を争う腕前なんて言われてても内情には触れられないんだ。ただ命じられて、動くだけさ」
 ひどく自嘲的な口調で吐き捨てて、彼は幾度目かのため息をつく。
「だから結局、おまえの兄を襲ったやつもわからないし、おまえを狙うやつの名前もわからない。ギルドは俺にその仕事をさせたかったみたいだけれど、こうなったからには別の誰かが引き継ぐんだろうな。でも心配すんな。必ず、俺が守り抜いてみせるから大丈夫だ」
「リギア……」
 何と言って良いかわからず、困惑の表情を浮かべて立ち尽くす彼女の両肩に手をかけ、彼はそっとラティアを自分から引き離した。そして、彼女の瞳を覗き込むようにして眼を細める。
「何もかも……初めから、お互いに偽りばかりだったな」
 彼から返されるかもしれない、唯一つの答えを恐れて揺れる淡緑の瞳をまっすぐに見つめて、リギアは僅かに微笑んだ。
「けれど、初めから気持ちは嘘じゃなかった。俺は、おまえを愛しいと思ってるし、共にどこか遠くへ行ってしまいたいと思ったのも本当だ。俺にはもう……その資格すらないけれど、今でもそう思っているよ」
 優しい動作で彼女の額に口付けながら、そう言葉を紡ぐ。
「もう、駄目なのかな?」
 強く、瞼を閉じては開くことを繰り返しながら、ラティアがそう呟いた。
「私とあなた、もう一緒には歩けないの? 分かれた道を重ねることは、二度とできない?」
 自分を見上げてくるラティアの瞳の中には、不安ばかりが映し出されている。淡く微笑を向けたまま、リギアは小さく答えを返した。
「決めるのは、ラティアだ。俺の命はおまえのものだ。……だから、ラティアの好きにしていいんだよ」
 優しい口調を崩さないリギアの様子に、ラティアは言葉を返すことが出来ない。ただ、彼の胸に己の頬を押し付け、呟いた。
「あなたが好きよ。他の全てと引換えてもいいと思ってる。私は、あなたが好き」
 離し難いそのぬくもりをきつく抱き締め、彼は静かに眼を伏せる。
「一緒にいたいよ、リギア。あなたの傍にいさせて欲しいの。例え、それが私にとって、罪なのだとしても」
 そっと髪を撫ぜる優しい手も、伝わってくる彼の鼓動も。今、ここにある全ては真実なのだ。己の胸にある、対極ともいえる想いも、紛れもない真実なのだ。
「リギア。あなたが憎い。心の底から憎いと思うの。けれども、同じようにあなたを愛している。出会ってからいままで、一番、私の傍にいてくれたのもリギアだった」
 彼と離れることを思うだけで、半身がもがれるような苦しさがある。固く閉じた双眸から光る雫が零れ落ちて、ラティアの頬を濡らした。それは、リギアの服の胸元にも熱く伝わり、彼はきつく唇をかみ締める。
「傍にいたい。リギア、あなたの傍にいたい。だから、このまま遠くへ……バルゼへ行こう? バルゼまで行けば、私も、あなたも、きっと追われない。何もないところから、初めから始められるよ」
 哀願のようにも聞こえる彼女の切ない囁きに、リギアは曖昧な笑みを浮かべた。
「ラティアがそう望む限り、俺はラティアの傍らにいるよ、必ずだ」
 それは彼の心が求めるただ一つの結果だ。けれども、彼はひどく悲しげに微笑んでいる。
「今日はもう動けないからな。明日の朝、ここを出よう。そしてバルゼへ」
 彼女を引き離そうとしながら、リギアは「朝までもう少し休んでいろ」と告げた。しかし、ラティアは離れようとはせずに更に強い力で彼にしがみつく。
「このままでいたい。少しの間でいいから」
「ラティア……」
 目を細め、愛おしそうに彼女の名を呼ぶリギアの、瞳の曇りは晴れなかった。
「なぁ、腹、すかないか?」
 抱えている様々な想いを振り払うように固く眼を閉じた後に、にやりと笑って彼が問う。その言葉に反射的にリギアから離れたラティアは、自分の胃のあたりに両手をあててわずかに頬を赤らめた。
「き、こえた?」
「ああ」
 人の悪い笑みを唇に張り付かせたまま、彼は愉快そうに笑う。
「まあ、今日は結構、体力消耗してると思うよ。この手持ちで国境越さないとならないわけだから、ちょっと辛いけどな。でも、何か少し食っとこうぜ」
 腕を伸ばして荷袋を引き寄せ、その中を漁る仕草をしてから、リギアはわざとらしく落胆した表情を見せた。
「んー、まぁ、乾きものしかねぇけどな」
「うん。贅沢はいえないもの、ね?」
 小首を傾げながら、ラティアがそう言葉を返す。「そのとおりだ」と返ってくる暖かい声音に、知らず笑みがこぼれた。
(間違っていることは、わかってる。お父様、お母様。これは、許されないことなのかな? けれど、他にどうしていいか、わからない。お兄様、ごめんなさい。迷惑をかけてしまうことはわかっているけれど……)
 心の中で、ラティアはそっと祈りを捧げる。そして、『リドル』に命を奪われた父母と、王都に残され糾弾されるであろう兄に詫びた。
 傍らにありたいと願うだけで痛む心と、それが叶うことだけで満たされる心。それが、ラティアには切なくてひどく苦しかった。憎しみと愛情。同時に抱いたその感情が、彼女の心をより苛んだ。その選択は間違っていると、ラティアの心は警鐘を鳴らしていた。けれども彼女は、離れる痛みを選ぶことが出来ずに警鐘を無視したのだ。

 それなのに、何故だろうか。
 彼女は、泣き出したいような気持ちにかられていた。己が下した決断に、心のどこかが怯えている。
 胸が張り裂けそうな不安を抱え、それでも彼女は微笑んでいた。

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