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6.傷ついた翼 ―3― [吹きゆく風と、沈む夢【完結】]

「その短剣で、胸を突いてくれて構わないんだ。けれど、少しだけでいい、俺に時間をくれ。全てを話す時間と、あと少しだけ、ラティアと共に過ごす時間を」
 ラティアは無言のまま、小さく頷いた。抱き締められて、息が詰まる程に愛しいと感じる心と裏腹に、胸の中の激しい憎悪は消えないのだ。
 その事実が、ひどく悲しい。
「俺は見ての通り、魔族として生を受けた。没落しかけた貴族の家だったと思うが、家名はもう思い出せない。俺の両親と一族は、暗殺者ギルドの暗殺者達に殺された。その時に一緒に殺されるはずだった俺は、この瞳のため……人を憎んでいた心のために命を救われた。憎しみを放つように暗殺者として育てられた」
 ラティアの胸中を知ってか知らずか、リギアは淡々と言葉を続けた。
「復讐のつもりだったんだ。魔族を蔑む、人間への。俺の属していたギルドは貴族殺し専門だったし、金持ちや貴族なんてのは、どいつもこいつも同じだと思っていた。でも、ラティアの両親は……エヴァランス公爵は違っていたんだよな? 考えたこともなかったけれど、俺が殺した他の奴だって、もしかしたら」
 唇を噛み締めながら、彼は自虐的に笑ってみせる。
「それに、どんな理由があったって、正当な人殺しなんてないんだよな。二つと無いものを、奪うんだ。決して許されることじゃない」
「リギア……」
「それを教えてくれたのは、ラティアなんだ。こんな当たり前のこと、わかろうとしていなかった俺に」
「私は、何もしていないよ?」
 力なく吐き出されたラティアの言葉を黙殺し、抱き締める腕の力を強めてリギアが言葉を重ねた。
「ずっと昔に初めて出会った時も、四ヶ月前に再会した時も。俺はラティアが公爵の娘だとは知らなかった。だから、当然……おまえの両親を殺したのは『リドル』ではないと思ってた。商人なんて手にかけたことなかったから。騙すつもりじゃなかったけれど、まさか俺がリドルだと名乗るわけにもいかなくて、でも放っておいたら危ないし。何よりも、折角の再会を棒にふりたくなくて、同行を申し出たんだ」
 ラティアは固く眼を閉じて、彼の胸に頬を押しつける。彼女の頬を零れ落ちていく涙がリギアの服を濡らすが、彼はそれにも気付かない様子だった。
「この間の夜……ほら、ラティアが雪だるま作ってた夜だ。あの後、俺はラティアが『エヴァランス公爵の娘』だと知らされたんだよ。ラティアと再会して、もしかしたらこれから先の未来、おまえと過ごせるんじゃないかって馬鹿なことを考えていたんだけれどな。それが、もう出来ないと知らされた。俺に心をくれたラティアの、おまえの心を俺が壊していた。そう知ってしまった」
 リギアの腕の力が益々強まり、ラティアは息苦しさに眉を寄せる。
「色々なこと考えて、わけがわからなくなった。今まで自分のしてきたことを呪ったし、自分の手が汚れていることを思い知った。心の底から、消えてしまいたいと願って……気づいたら、リールに助けられていた」
 感情を抑えた淡々とした口調が、彼の悲しみを表しているようで胸が詰まった。ラティアは無意識に、彼の身体をきつく抱き締め返す。
「俺の正体がわかってしまう前に、おまえの傍から離れるつもりだったよ。でもな、もう少しだけ一緒にいたかったんだ。結局、こんなことになってしまったけれど。でも、まぁ、何も告げずに姿を眩まそうなんて、卑怯な考えだったよな」
 頬を離し見上げると、彼は唇に刻まれた自嘲的な笑みを深くして彼女を見つめ返してきた。
「さっきの暗殺者達の話……おまえの暗殺依頼があることを知って、益々思うんだ。眼を開いて、少し考えればわかったはずなんだ。『殺す』ってことも、『命』ってもののことも。過ちだと気づいてからも、俺は罪を繰り返してきた。他人の命よりも自分の居場所が大切だったからだ。でも……ラティアが狙われている。ラティアが殺されるかもしれない。そう思ったら、悲しくて悔しくて何故だって怒りでどうしようもないんだ」
 リギアの浮かべる笑みはひどく悲しげで、言葉を失ったように黙り込んで見上げるラティアの瞳に涙が滲む。
「身勝手だよな。わかったつもりになっていたのに、結局、俺はわかっていなかった。大事な人を失うということの恐ろしさを。ずっと幼い時から命は俺にとって標的でしかなくて、そのことで傷つき苦しむ誰かの存在なんて考えたこともなかったんだ。そういうことを、ラティアの身に危険が及んで初めて思い知ったよ」
 俯いて嗚咽を堪え、小刻みに肩を震わせているラティアの髪に軽く口付け、彼は小さく呟いた。
「だから、おまえの好きにしていい。もう、覚悟は出来ているから」
 これまでに聞いたことのない弱く優しいリギアの口調に、ラティアは大きく眼を見開いて彼を振り仰ぐ。視線の先で彼は、苦しそうに、哀しそうに、微笑んでいた。
「クリムゾン……いや、フィルアのようになろうとしていた俺の壊れかけた心を、救ってくれたのはラティアなんだ。だから、おまえの心を壊すわけにはいかない」
「リギア……」
 吐息のように掠れた声をようやく絞り出して、ラティアは彼の背に回した腕の力を一層強める。全身の力と、複雑な想いの全てを込めて、彼にしがみついた。
「出会わなければ、再会しなければと、幾度も思った。けれど、これで良かったんだと思いたい。俺は、おまえに会えたおかげで、人として当たり前の心を持つことが出来たんだ。出来るなら、ラティアを幸せにしたかったけど」
「幸せだと、思ったよ。思ってたよ!」

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