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6.傷ついた翼 ―1― [吹きゆく風と、沈む夢【完結】]

 リギアが暗殺者と少女の亡骸とを深い雪の下の土に埋めている間、ラティアは焦点の定まらない瞳でずっと空を見つめていた。遠慮がちに何度も彼女を振り返りながら、かける言葉もなく彼は黙々と作業をこなすしかない。
 周辺の雪は、泥と血が混ざり合った酷い色になっていた。穴を掘ることに思いのほか時間をとられ、今は冴え冴えとした月明かりが夜闇に包まれた世界を照らし出している。
 そんな重く冷たい沈黙の中で、単調に響くのは雪を掘り進める音とリギアの荒い息遣いだ。ラティアはそれを聞きながら、強く唇を噛み締めた。
 空を仰ぐことで涙を堪え「どうして、こんなことになってしまったのか」見つからぬ答えを必死に探している。何かが狂い始めたのはいつからだっただろうか。出会ったことすら、過ちであったのか。共に過ごしたあの優しい時間も、全て偽りだったのだろうか。
 そう考えてしまってから、彼女は自嘲的に微苦笑した。思えば、自分も偽っていたのだ。彼に対して、自分の全てを。
 リドルを探すかとの問いに、「否」と応えていれば。遠くへ行こうとの言葉に迷うことなく頷いていれば。……今となっては意味のない「もしも」が、彼女の頭を巡っている。
「リギア」
 彼の名を囁くと同時に、堪えていた涙が零れ落ちた。彼の不思議な言動に首を傾げたこともあった。知りすぎている瞳に恐怖することもあった。遠くを見つめる彼の瞳を見て、形容しがたい焦りと不安で心を満たされたこともある。
「眼を、反らしていただけだった……」
 そう呟き、彼女は雪の上に力なく膝をついた。その頬を伝い、冷たい雫が雪に吸い込まれて消えていく。
 先程から再び降り始めた雪が彼女の肩にうっすらと積もるが、ラティアにはそれを振り払う気力すらなくなっていた。
 いたたまれない思いでそんな様子の彼女を見やり、リギアが大きく嘆息する。暗殺者達を丁寧に葬った後、彼はラティアを直視することが出来ないまま、ゆっくりと彼女に近づいた。
「雪が、ひどくなって来た」
「うん」
 顔を上げないままで、ぼんやりとラティアが頷く。
「このままイルクへ向かうのは無謀だ。ここから少し西へ……湖の方へ歩くと廃屋があるんだ。そこで雪を凌ごうと思っている。歩けるか?」
 黙したままで、彼女はただリギアを見上げた。今はもう、薄い水色に変化しているリギアの瞳をまっすぐに見つめる。
 綺麗なその瞳のずっと奥に潜む暗い闇を、ラティアは確かに感じたような気がした。そして、何事もなかったかのように振舞う彼の姿に、僅かな戸惑いを覚える。
「ラティア?」
 そっと身を屈め、躊躇いがちにリギアは手を伸ばした。まるで壊れ物に触れるかのように、彼女の頬を両手で包み込み、唇を歪める。
「おまえを……死なせたくないんだ。だから、俺になんて触れられるのも嫌かも知れないけど」
 彼は冷え切った少女の肩を優しく引き寄せ、詫びながらラティアを抱き上げた。
「リギア……」
 小さく名を呟き、彼女はゆっくりと瞳を閉じる。
 彼から伝わる心臓の鼓動とぬくもりは決して偽りではない。そう思うと、不意に安堵感で胸が満たされた。同時に、張り詰めていた神経の糸がふつりと切れ、彼女の意識が遠くなる。
「ラティア」
 記憶が途切れる直前に、彼女は慈しむように自分の名を呼ぶリギアの優しい声を聞いた。

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