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5.凍てつく予感 ―7― [吹きゆく風と、沈む夢【完結】]

「止せ! 俺はもう、ギルドに戻るつもりはない。覚悟も出来ている。さっさと、おまえに下された命令を実行すればいい!」
 少女の言葉を遮るリギアの声に、ラティアは固く眼を閉じる。
 もう、充分だと思った。彼女の中で育っていた不安が、急速に現実へと姿を変える。そんな彼らを見て、クリムゾンは堪えきれぬ様子で笑みをこぼしていた。
「言っただろ? ぼくは、この人の心を粉々にしたいんだって」
 あどけなさの残る表情で愉快そうに言い放つ少女を、彼はぞっとする思いで見つめている。クリムゾンを哀れむような気持ちの反面、彼女の姿に、そうなっていたかもしれない自分の姿を重ねていた。
 リギアは軽く唇を噛み、自分を引き止めた存在が何であったのかを思う。自然のものたちと、それらを惹きつけることの出来た自分の音。そして、一人の少女。崩れていた心を、優しく紡ぎ合わせてくれた存在はそれらだった。けれども、その少女の心を壊してしまったのは、他の誰でもなく自分なのだ。憎しみから繰り返される罪と矛盾、そして連鎖を彼は呪った。
 暗殺者の少女は、凍てついた瞳のまま唇だけを笑みの形にする。それから、結界の中に立ち尽くすラティアに囁きかけた。
「この男こそが、あなたの捜し求めている男だよ」
 少女の言葉を半ばにして、ラティアは両手で耳を覆い激しく左右に首を振る。クリムゾンの言葉をどうにか止めようとして、リギアは素早く呪文を唱え印を結んだ。
「『紫眼の暗殺者』などの異名で知られる暗殺者リドル。我らが暗殺者ギルドの中でも、一、二を争う腕前の暗殺者だよ。彼は単独で行動することが多かったから、素性を知る者も顔を知る者も殆どいない。ぼくも、今回の任務にあたり特別に教えられたんだ」
「いやだ! そんなこと信じないよ、信じない!」
 感情の昂りを抑えられず、叫んだラティアの瞳から大粒の涙が零れ落ちる。それと同時にリギアの呪文が完成し、炎が矢の形態をとりクリムゾンを襲った。
「しょうがないお嬢さんだなぁ。もう、真実はわかっているはずだよ。別に、認めたくないっていうなら、ぼくはそれでも構わないけどね」
 傾きかけた弱い日の光に照らされながら、クリムゾンは攻撃を避ける様子もなく声高に笑っている。木々が落とす影とその隙間から射す光が、彼女を幻想的に彩っていた。
「良く見ておくといいよ、嫌でもわかるはずだからね。でも、あなたが絶望の淵に立たされても、心配することはないよ。ぼくが、苦しまないように殺してあげるからね」
「クリムゾン!」
 怒りの篭った声で彼女の名を叫ぶと、少女は眼を細めてリギアに向き直る。そして、彼の薄い水色の瞳が、さざ波のように淡く紫に揺れる様を嬉しそうに見つめた。
「嬉しいよ、リギア。憎しみと怒りを感じる。ぼくが理解して共感できるものはただそれだけなんだよ。他の感情はぼくにとっては不快なだけだ」
 全身のいたる箇所に火傷を負いながら、それでも彼女の表情からは痛みすら感じられない。
「崩れていくのがわかるよ、心がさ」
「貴様……っ」
 少女の浮かべた柔らかい微笑に、リギアは激昂して声を荒げた。かろうじて瞳に留まっていた魔術も崩壊し、天から与えられた色である紫があらわになる。
「『紫眼の暗殺者』、あなただってぼくと同じはずなんだ。行き場のない怒りと憎しみを心の中に飼っているだろ? 何も見ようとはせず、日々をのうのうと生きている人間達が許せない。そう思っているはずなんだ」
「過去にそう思っていたことがあるのは事実だ。けれど、それがただの言い訳にすぎないことを今は知っている」
 忌々しげに吐き捨てて、リギアは大きく息を吸い込んだ。
【我、大気包みし闇の精霊に命ずる! この者を裁く黒き炎を!】
 精霊の言葉から成る呪文を唱えながら素早く印を切り、彼は両手を大きく開く。
【我の望みを叶えよ、水精。我を護る盾となれ!】
 クリムゾンもまた、印を結んでその精霊魔術を受け止めようとした。しかし、リギアが具現させた黒き炎は勢いを留めることなく突き進み、彼女の創りだした結界を粉々に砕いていく。
「なっ……」
 少女は驚愕に眼を見開いて、刃のようなそれらが己の肌を深くえぐっていく様を見ていた。こうも容易く、威力すら削ることも出来ずに結界が破られるとは思ってもいなかったのだ。
「クリムゾン。おまえはもう、戻ることは出来ないんだろうな」
 憐れむように、小さくリギアが呟いた。その少し後に立つラティアは、飛び散る鮮血を眼にしてだろうか、顔色を失っている。
(紫眼の暗殺者――リドル?)
 紫色の瞳を見せ付けられても、弱いのだと聞いていた魔術が相当な力量なのだと見せ付けられても。自分を守るように背を向けて立つこの人がリドルなのだと、心の奥底では受け入れられずに拒んでいる。
「……リギアっ」
 ラティアはしゃくりあげながら雪の上に突っ伏し、子供のように声を上げて泣き出した。リギアの優しさも厳しさも、言葉も。全て嘘だったのだろうかと思わずにはいられなかった。全てが偽りだったのだろうか……そう思うと、胸がえぐられるように痛かった。
 打ちひしがれるラティアを見て、クリムゾンが楽しげに唇を歪め、満足そうに小さく微笑む。
「どうして? どうして、こんなことに」
 堪えきれぬ嗚咽を漏らしながら呆然と呟くラティアの姿に、リギアは唇をきつく噛み締めた。触れていた柄を握り締めて剣帯から短剣を引き抜き、自らの気を静めようと大きく息を吸って吐く。

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