So-net無料ブログ作成
検索選択

5.凍てつく予感 ―5― [吹きゆく風と、沈む夢【完結】]

 二人はイルクに帰るため、深い森の中を分かつように伸びる街道を歩いていた。踏み固められ滑りやすくなっている雪の上を慎重に進み、僅かに木々の開ける場所に踏み出した瞬間のことだ。
「ラティア」
 鋭く尖った小さな声で名を呼ばれ、ラティアはびくりと身を竦ませた。
「ゆっくり歩くんだ。決して立ち止まったり走ったりするな」
 囁きよりも小さくかろうじて彼女の耳に届く声は、とても鋭く恐怖を抱く程に低いというのに、リギアの表情は普段どおりだ。
 至近距離から伝わって来る彼の感情すらも、落ち着いていて平素と変わったものは読み取れない。けれども、言葉の真剣さは理解することが出来、ラティアは素直に頷いた。
「聞いておきたいことがある。何か、戦えるような技能を持っているか?」
「神官の資格は持っているよ。一応。でも、私、戦ったことなんてないよ?」
「そんなことはわかっているさ。防御結界くらいは大丈夫なのか?」
「うん、たぶん」
 声をひそめて頷いてから、ラティアは「でも、どうして?」と首を傾げる。歩む足を止めないまま、半ば呆れたような様子でリギアは彼女をしばし見つめた。
「これで、暗殺者相手に仇を討とうってんだからなぁ」
 無謀にも程があると、心底呆れる。しかし、そんなところも愛おしいなどと思えてしまうのが、惚れた弱みというものなのだろう。
 子供をあやすようにラティアの頭を軽く数回叩いて、リギアは深く溜め息をついた。
「何よ。どうせ、無鉄砲だとか言いたいんでしょ」
 唇を尖らせて顔を背けたラティアが、声の調子を高くして言葉を吐き出す。
 その次の瞬間、彼は腕を伸ばしてラティアを素早く抱き寄せた。
「きゃ、ぁっ?」
 唐突に身体が宙に浮いて、驚いたラティアがうわずった悲鳴をあげる。
「ど、どうしたの? リギア」
「暗殺者だ。来るぞ!」
 彼女の耳元にそう囁いた瞬間、傾きかけた日の光を反射させて短剣が飛んで来た。青白く煌くその刃を見てリギアは舌を打つ。
 短剣の刃に、毒と思われる液体が塗りつけてあるのだ。身を捻らせて短剣をかわすと、彼は小さく嘆息を漏らした。
 村を出た時から、つけられていることはわかっていた。出来るだけイルクに近付こうと、隙を見せないように気を張ってここまで歩いて来たのだ。
 気配は四、五人。数人で組み少数の標的を狙うような輩には、負けない自信がある。しかし、正体を偽った上でラティアを伴う今は、彼の『力』を使うわけにはいかない。その上、ラティアを守りながら一戦交えるというのも厄介だった。
 リギアは乾いた唇を舐めて潤し、安心させるように少女に笑いかけた後、表情を引き締めゆっくりとした動作で腰帯に結わいてあった短剣を鞘から引き抜いた。その動作はとても手馴れたものに見える。彼が剣を帯びていたことすら知らなかったラティアは、愕然とその様子を見守った。
「ラティア。おまえの周囲だけでいい。物理結界を張るんだ」
 短く言い放つ彼の表情が厳しい。ラティアは戸惑いを隠せず眼を瞬かせた。沸々と、押しつぶされそうに重たい不安が胸中に広がっていく。
「早く!」
 苛々とした声に促されて、ラティアは神聖魔術の呪文を口にした。それに応え、彼女の周囲が淡く輝き、光に包まれる。
「安心しろ、出来るだけ庇うから。それは、もしもの時の御守りだ」
 ラティアに笑顔を向けてから、彼は静かに深く息を吸う。
「リギア。だって、あなたは吟遊詩人なのに! どうやって戦うの? いくら魔術が使えるからって無茶よ」
 ここは逃げましょうと懇願する様子のラティアに視線すら向けず、リギアは突き放すように言った。
「こいつらから逃げることは出来ない。どんな手を使っても追って来るからな。それに、ラティア? おまえはそういう連中を相手に喧嘩を売ろうとしているんだぞ?」
 ラティアは言葉に詰まって、両手を握りしめる。今まで実感することのなかった『暗殺者』という言葉の響きに、恐怖が湧き上がった。それと同時に、不意に疑問が頭をよぎる。
(どうして、そんなに詳しいの?)
 先程のリギアの言葉は、伝聞調ではなかったのだ。村を出た時に感じていた違和感が、次第に大きくなっていくのが自分でもわかる。疑念の先に辿りついてしまうことが恐ろしく感じられて、彼女は気持ちを振り払うように大きく首を横に振った。
「出て来いよ、隠れたって無駄だぜ?」
 必死に自身の思いから意識を反らせようとしている彼女の様子には気付かず、リギアは街道をはずれた林の中へと目を向ける。
「はっ。なかなか、勘が鋭いじゃないか」
 口許に薄い笑みを張り付かせた数人の男達が、彼の視線の先から姿を現した。
「だが、あんた吟遊詩人だろ? 怪我したくなかったら逃げちまいな。俺達の狙いはそこのお嬢さん一人だからな」
 リギアの正面に立った男が、そう言ってにやりと笑う。狙いは自分だとばかり思っていたリギアは、一瞬、顔色を失った。
「狙われるような、覚えがあるか?」
 しかし、次の瞬間には唇に意地の悪い笑みを浮かべ、目線だけを背後に巡らせる。ラティアは困惑した様子で眼を伏せ、俯いた。
「本当は『リドル』の仕事なんだがな、裏切った奴にいつまでも眼をかけてやる上が気にいらねぇ。だから俺達が代わりに任務を遂行して、二度と奴が戻れないようにしてやるのさ。ま、おまえなんかには、わからねぇ話だろうけどな」
 短剣を弄びながら、その男は言葉を続ける。こちらを怯えさせようとしているのか、生来の性格なのか、彼は勿体つけるように短剣の刃を見せ付けていた。
(馬鹿だな)
 他人の仕事を横取りした人間が、どういう仕打ちを受けるか彼は知らないのだろう。そう考えると、彼を哀れにさえ思う。それよりも、「リドルの仕事」という部分が気に掛かった。しかし、ラティアの前でその詳細を訊けるはずもない。
「生憎とな」
 仕方なく唇の端に冷笑を刻み、リギアは無造作に持っていた短剣を腰の高さでしっかりと構えた。
「てめぇらの戯言を聞いてやれる程、暇じゃねぇんだよ」
 冷たいばかりのその口調を、彼の後ろで聞いていたラティアは思わず身震いをする。
 いつもとは違うリギアの、いつもと違いすぎる冷たい顔と冷たい言葉。理由もなく胸が苦しい。それは、ラティアにとっては一つの予兆だった。

←5.凍てつく予感 ―4―5.凍てつく予感 ―6―→
目次へ


人気ブログランキングへ
↑ランキング参加中です★

nice!(0)  コメント(0) 

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。