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5.凍てつく予感 ―4― [吹きゆく風と、沈む夢【完結】]

 落ち着かない様子で、物珍しそうに辺りを見回していたラティアが大きく一つ溜め息をついた。
 イルクを出てしばらく北上した所に位置する、地図には記されていない村でのことだ。表向きは農業を生業としている者だけが暮らしているとされている。広大な拓けた土地を利用しての畑や、果樹などが茂り、一見は長閑な情景と思えた。
 しかし、村の外れの一角。古びた酒場付近の空気だけが異質であった。その界隈の裏路地に佇む者が発する気も、奇妙なまでに尖っている。
「何か、気味が悪いね」
 その空気を肌に感じているのか、ラティアは隣を歩くリギアの腕に自らの腕を絡めながらそう呟いた。
「ああ。ここに暮らす奴らはごく普通の人間だろうけどな。あの一角に出入りしている奴らがまともじゃないな。気を抜かないほうがいい」
「ルフィを置いてきて、良かったね」
 益々リギアに身体を寄せながら小声になる少女に、涼しい顔のままリギアは頷いて見せる。
 危険だからと言ってルフィを置いて来たのは本意だが、それだけが真実ではなかった。暗殺者ギルドと繋がる酒場が存在するこの村に、アスエルを連れて来ることは避けたかったのだ。
 リギアの顔を知っている人間はギルドの中でも数える程のはずだが、アスエルの顔は結構知れている。ギルドから『裏切り者』の始末を命じられる暗殺者は一人の『裏切り者』に対して数名で、それ以外の者はアスエルが離反したことすら知らないだろう。だが、万が一ということもある。面倒な事態に陥ることは極力避けたいリギアだ。ルフィの安全のためにと説得しイルクへ残して来た。
 リイルアードについては「戦う力なんてないんだから、ここに残るべき」とラティアが言い張った。これはリギアにとってはありがたい言葉だった。王子である彼を、村へ連れて行くわけにはいかない。当然、王子の顔を知っている者もいるはずだった。「仕事以外での手出しを禁ずる」とはギルドの掟だが、所詮はならず者の集まりだ。何が起きるか予測することは出来ない。
 いかにも不服そうに反論しようとしていたリイルアードであったが、「ラティアにバレてもいいのか?」と言うリギアの囁きに沈黙した。そんなわけで、現在はリギアとラティアの二人で行動をしている。
「ねぇ、リギア。リドルはここにいるのかな?」
 沈黙に耐え切れなくなったラティアが、声をひそめてそう訊いてきた。肩を竦めて見せながら、リギアは出来るだけ唇を動かさないようにして答える。
「さぁ? ここの酒場は拠点の一つに過ぎないって話だしな。それに腕のいい奴ってのはたいてい外に出てるだろうし、幹部連中はそもそもギルドにはいない。こういった場所に常駐してるのは下っ端だけだ……って聞いたことあるぜ?」
「だったら、これからどうしたらいいの?」
「とりあえず、今日のところは下見だけだ」
 表情を変えないよう心がけながらそう言葉を吐いたが、叶わずにリギアの唇が僅かに歪んだ。彼女がリドルを必死に探したところで、見つかることはないだろう。自分の隣に立つ男こそが、リドルなのではないかと彼女が疑わぬ限り。
「村を一回りして、様子を見て帰ろう。それでな、ラティア。良く考えるんだ。リドルとやらを探し出したとして、果たして自分が敵う相手なのかどうかを」
 彼はラティアの気が済むように、この村に連れてきたのだ。決して復讐を遂げさせてやるためにではない。この村外れに漂う空気は、異質のものだ。農業を営む村民達は暗黙の了解のようにその場所を避け、自ら近付こうとする者は皆無だった。そんな空気に触れ、彼女の眼が醒めればいいとリギアは思っていた。暗殺者は、戦う術を持たぬ娘が復讐など出来る相手ではないのだ。その現実を見てくれれば良いと思っていた。
「敵うとか敵わないとか、そういうことじゃない。リギア、私はただ……そうでもしないと、駄目なだけなの。私なんかがその人に敵うなんて、最初から思っていないわ」
 しかしラティアは、眼を伏せてそう言った。その瞳には、諦めのような不吉な色が混ざっている。
「何を馬鹿なことを! それは死にに行くようなものじゃないか!」
 思わず激昂して彼が叫ぶと、少女は身を竦ませ唇を噛み締めた。
「だって……他に、私が出来ることなんて何もないのよ!」
 唇を引き結び沈黙した後、瞳にうっすらと涙を浮かべてラティアが声を荒げる。リギアは、まるで心臓を掴み圧迫されているような胸苦しさを覚えた。
 愛しいと思う少女の涙も、切羽詰った復讐に逃れる心も。全ては、己がもたらしたものなのだ。全ては、己の罪なのだ。
「ラティア。そんなことじゃ、命がいくつあっても足りない。何のつてもなくリドルを探して、そこに辿り着くまでにどれ程の危険が伴なうか。わかってるか? リドルを見つけ出す前に、おまえが殺されてしまう可能性の方が高いんだよ」
 苦い思いを噛み砕きながら、彼は訴えるように出来るだけ平静に言葉を紡いだ。
「おまえに出来ることは、復讐なんかじゃない。ラティア、おまえの両親がきっと望んでいたように、幸せになることだ。誰かを傷付けては……誰かの血に染まった手では、決して幸せにはなれないんだ」
「例えそうだとしても、納得できない。このまま生きていくことは出来ないの。馬鹿げているかもしれないけど」
 呟いて、ラティアは無理矢理に微笑を浮かべた。泣き笑いの形相になり、細めた瞳から溜まっていた涙が零れ落ちる。
 それを優しく拭ってやりながら、リギアは深く嘆息した。
「そこまで分かっていて、それでも進むしかない。俺にもその気持ちは良くわかるし、止めてくれと言う権利なんてない。……でも、今日はもうイルクへ戻ろう」
 「何故?」と問うように首を傾げるラティアに、彼は曖昧な笑みを向ける。このまま彼女の傍に留まることは不可能だと、そうリギアは感じていた。これ以上、共にリドルを探すことは出来ない。その想いを抱えながら、先程までとは一変し不穏な空気を放つ酒場周りの様子を見ろと、押し殺した声で囁いた。
「叫んだり泣いたりしていたから、すっかり注目をあびている。このままここに居座るよりも、出直したほうが利口だとは思わないか?」
 囁くリギアの薄い水色の瞳が、鋭く尖っている。ラティアはこれまでに一度も、こんなにも冷たい彼の瞳を見たことがなかった。背筋が寒くなるような感覚を覚え、彼女はゆっくりと息を吐いた。
「本当だ。何だか私達、見られているみたい」
「だろ? だから、今日は」
「うん。そ、だね。今日はもう戻る。暗くなる前にイルクに着きたいし。ね?」
 まっすぐに見上げてくる、自分のことを信頼しきった大きな瞳が心に痛い。泣き出してしまいたいような気持ちを押し隠し、リギアは小さく微笑んだ。
「ああ。そのとおりだ」
 いつまでたっても、胸の苦しさが和らぐことはない。それどころか、刻々と大きく深くなっていく。
(もう駄目だ。離れなくてはならないんだ)
 涙の痕を残しながら、けれども優しい表情で己を見つめる少女の肩に、彼はそっと腕をまわした。壊れ物に触れるように、優しく抱き寄せる。
「リギア?」
 行こう。と、促すその人の手がひどく震えていて、ラティアは不思議そうに眉を寄せた。思わず盗み見たリギアの顔には表情が無く、感情を読み取ることは出来ない。けれども、何故だか言い知れない不安に胸が揺さぶられ、彼女の鼓動が早くなる。
 喩えようのない不安と、そして焦りのような感情が、彼女の心をゆっくりと満たしていった。

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