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5.凍てつく予感 ―3― [吹きゆく風と、沈む夢【完結】]

「ラティアのまっすぐな瞳に見つめられて、俺は自分の中の違和感に気付かされた。ラティアを大切に思うようになって、自分が犯した罪の重さを感じるようになった。俺が殺した奴を、愛していた人もいるんだ、必ず。俺は憎まれている。俺がしてきた事は、人と魔族の隔たりを広げていたんだ。新たな憎しみを生み出しただけで、他には何も出来ていない。奴らが、俺に何かしたわけではないのに。俺が本当に憎かったのは、俺自身だったのに!」
 アスエルは沈黙したまま彼の手を取り、己の両手で包み込む。
「この瞳で普通に暮らしていく事が怖かった。他人に拒絶されるのが嫌だった」
 涙に詰まった声でそう吐き出し、リギアは身を起こしてアスエルにしがみついた。
「最初はただ、それだけだった。あそこにしか、俺の居場所はないって。切り拓こうとしなかったのは俺なのに!」
 嗚咽を堪えるように飲み込んで、リギアはゆっくりと息を吐き出した。堰を切ったように、積み重なる後悔の念があふれ出して止まらない。
「ラティアに出会って気付いていたのに、俺はギルドから抜けることが出来なかった。居場所を失うのが怖かったんだ。ラティアの心を受け止めると決めてからは、せめて、ギルドから距離を置くようにしていた。半ば、離反したような状態だった。――けれど、ラティアが突然姿を消してしまった後、俺は自暴自棄になった。そして、愚かにもギルドに戻ったんだ」
 自嘲的な笑みが、彼の唇にこびりついていた。語る自分の行いの情けなさに、言葉を進める度、自身が打ちのめされる。
「ラティアに再会して、今度こそと心を決めた。クルスに向かう馬車、襲われただろ? あれは、あんたに対する警告じゃない。多分、俺に対するものだ」
 アスエルから離れ、肩を落としたリギアは表情を消して自分の両手を見つめた。
「俺はラティアを守りたかった。彼女の傍にいる事を許される人間になりたかった。でも、もう駄目だ。身勝手な俺に下された罰なんだろう。ラティアとは、離れないと駄目なんだ」
「どうしてだよ。ラティアの勘違いなんだろ? あいつの親を殺したの、おまえじゃないんだろ?」
 訝るような表情のアスエルを見つめ、彼は力なく首を横に振る。
「俺、だったんだ」
 吐き捨てるようにリギアは言った。
「あいつ、エヴァランス公爵の娘なんだってよ。俺もあいつも、互いのことを偽り続けていたって事だ。なぁ、アスエル。俺はさ、貴族や商人なんて、皆、同じだと思っていたんだ。けれど、あいつの両親は……。結局、俺は、理解者を……っ!」
 自嘲的に笑う彼の表情が大きく歪む。リギアはアスエルに、リイルアードの事やラティアこそが彼の婚約者である事などを話した。
「確かに、ラティアの両親を殺したのは俺だった。けれど、誓って兄は狙っていない。エヴァランス公爵夫妻が別荘にいるところを狙ったんだ。何故、あいつの兄がそんな事を言ったのかわからないが」
「誰かが名を語ったのか? 紫眼の暗殺者、リドルの名を」
 リギアの唇に、ふと苦い笑みが漏れる。
「あんた、そこまで知っていたのか。それで何故、黙っていたんだ?」
「おまえの事は、最初から気付いていたんだ。ラティアは貴族か豪商の娘にしか見えなかったし、暗殺者と標的だろうと思っていた。関わるつもりもなかったさ。けれども、ラティアの言葉を聴いて、ラティアを守りたくなった。それから、何かを迷っている様子のおまえを見て、手を差し伸べてやりたくなったんだ」
「アスエル……」
「俺はソリティアと呼ばれていた。おまえも、名前くらいは知っているかもな」
 リギアは記憶を辿るように眼を細めた。
「聞いたことがある。いい腕をしていたと」
「だからこそ、今、生きているんだよ。ギルドの差し向けた刺客なんかに殺られてたまるかってな」
 にやりと笑ったアスエルはそこまでを不敵に言い放つが、ふと表情を引き締め目線を落とす。
「でも、ルフィまで狙われたくないだろう」
 それが、この男がバルゼへ向かう理由なのだろうと訊くまでもなく理解できた。二人が無事バルゼに辿り着けることを、心の内で強く願う。
 不意に眼を伏せて、それからリギアは虚ろな瞳で薄暗い部屋の天井を見つめた。嘆息まじりに吐き出される彼の言葉は、暗く沈んでいる。
「俺は、何て、虚しい行為を繰り返していたんだろう」
 その呟きを耳にとめ、アスエルは短く嘆息してリギアの背を軽く叩いた。昂っていた感情が不思議と鎮まって行くのを感じ、リギアは大きく息を吸い込む。
「もう、大丈夫だ」
 深呼吸を繰り返していると、大きな手で乱暴に頭を撫でられた。二十代後半の男に対して酷い子供扱いではあるが、何故か悪い気はしない。リギアは瞳を閉じ、アスエルの肩に己の額を押しつけた。
「リギア、共にバルゼへ来ないか? 暗殺者の追手も振り切れると思うんだ。バルゼは大陸の中で、一番魔族差別が弱い国だと言うしな」
 気遣いの篭った口調でアスエルに問われ、僅かに相好を崩しながらもリギアは首を縦には振らなかった。
「まだ、やらなきゃならない事がある。ラティアの身が心配なんだ。公爵夫妻の暗殺を依頼した奴を調べたい。ラティアに危険があるようならば、影からでも守りたいんだ」
「だったら、それからでも遅くはないさ。終わったらバルゼに来いよ。独りでいるよりはずっといいはずだ」
 穏やかな声に、リギアは小さく頷いた。
「そのときは、よろしく頼むよ」
 唇の端を、ほんの少しだけつりあげて小さく笑う。無理の残る笑顔だったが、アスエルは微かに眼を細めた。
「まだこの先、道のりは長いんだ。こんな所でへこんでいたら、残りの人生が勿体無いぜ?」
「ああ」
 おどけたようなアスエルの口調にリギアは笑みを深める。
「でも、どうしても思ってしまうんだ。どうせなら、こんな事になる前に……」
 ふと、真顔に戻りリギアはそう呟いた。
 胸を突かれるような思いでアスエルはその言葉を聞く。そして、心の中で小さくため息をついた。
(けどな、リギア。こんな事にでもならないと、気付けないんだ)
 それが、『世界に属する』ということなのだ。善悪の区別などはひどく曖昧なものにすぎない。物心つく頃に属していた世界が、自分にとって絶対的に正しいものになってしまう。
「そうしたら、今は、未来は、変わっていたのかな」
 消え入りそうなその声に、アスエルは答えない。それは、彼自身が見い出すべきものであるからだ。そして何よりも、リギアが答えを望んでいないことをわかっていた。
 黙して。彼はただリギアを抱きしめた。

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