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4.残酷な記憶 ―5― [吹きゆく風と、沈む夢【完結】]

 申し訳程度に扉を叩く音がする。それとほぼ同時に扉が開いて、重い靴音が響いた。その気配から訪れた相手を察し、扉に背を向けていてたリギアは億劫そうに寝返りを打った。
 起き上がる気力はない。色々と考えを巡らせていたせいもあり、熱があがったようなのだ。ぼやけた彼の視界に、長身の男が映りこむ。
「熱がぶり返したようだな?」
 これが、彼の本来の口調なのだろう。力強く、有無を言わさぬ雰囲気を孕んでいる。
 彼は、冷たいようなそれでいてどこか暖かい眼差しをリギアに向けた。
「昼に食事をとった後、もう一度薬を飲んだほうがいいな」
「いや、いいよ。あの薬、高いだろ? 本来なら俺なんかが口にすることはない類のものだ」
「気にする程でもない、黙って飲んでおけ。これでも多少の負い目は感じているのだ」
 言葉とは裏腹な口調で、胸を張ってそんなことを言う。リギアは彼に気取られぬよう、こっそりと嘆息した。
「それで、用事は何だ?」
 訝るような視線をリギアに向け、リイルアードは眼を細める。
「ああ。俺は機を見て姿を消そうと思っている。だから、その後のことを頼む。けれど……あと少しだけでいい。もう少しだけ、あいつの傍にいたいんだ」
「急がせるつもりはない」
 ぽつりと呟いてから、はっとした様子でリイルアードは曖昧に微笑んだ。
 リギアが去る事はラティアを傷つける事と承知している。彼と行かせるわけには行かないが、彼女を傷つけたくはない。その矛盾した想いに、リイルアードは苛立ちを覚えていた。
 彼女を連れ帰ることは、必至だ。
 ラティアに反逆者の汚名を着せない為に。エヴァランス公爵家を守るために。そして、王国の均衡を守るために。
 当然の事をしているという自負はある。しかし、何故か後ろめたい思いもあった。
「婚礼の準備に間に合えば、それでいい」
 確かな気遣いを彼の声音の中に聞き、リギアは眼を見開いた。それからゆっくりと唇に笑みを刻む。
「あんた、供もつけずにほっつき歩いていいのかよ。ラティアが失踪したって騒ぎになったと言っていたが、あんたが失踪するほうが騒ぎになりそうだ」
 からかうような調子を含むその声に、リイルアードはにやりと笑みを返した。
「問題ない。信頼の置けるもの一人だけに、置手紙をしてきたからな。今頃はやつが必死になって、私の不在を伏せているはずだ。こんな時は、王族が滅多に人前に姿を見せないという我が国の習慣を便利に思う」
 口調から察するに、リイルアードが置手紙一つで姿を眩ますことは珍しくないのだろう。リギアは面識もない、王子の側近達に軽く同情を覚えた。
「何を考えているか、手に取るようにわかるぞ、リギア」
 憮然とした面持ちでリギアに声を掛けてから、リイルアードは小さく独白する。
「このような事が許されるのも、私が『王子』である今だけだ。即位した後は、全くの自由を奪われた生活を覚悟している。だからこそ、やつらも私の愚行を見逃している」
 言葉に出してしまってから、彼は不思議そうに眉をしかめた。
「何故、貴様にこのような話をしているのだろうな」
 己のした事ながら腑に落ちぬと首を傾げているリイルアードに、リギアはおもむろに真剣な眼差しを向け口を開く。
「リイルアード。あんた、ラティアのことが好きか?」
「ああ。それは、間違いない」
 即座に返って来た言葉に、リギアは微笑み頷いた。
「ずっと傍にいてやってくれな。俺にはもう、出来ないことだから」
 その言葉の重さに、リイルアードは怪訝そうに眼を細める。けれども、深く訊くことはしなかった。……否、訊けるはずもないのだ。
「何者からも彼女を守る。この剣にかけて、誓おう」
 だからこそ、彼はただ、それだけを口にした。

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