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4.残酷な記憶 ―3― [吹きゆく風と、沈む夢【完結】]

 途切れることなく溢れ出す涙を拭いもせず、ラティアは弱く微笑んだ。その表情はあまりに危うく、彼は言葉を詰まらせる。
 己の保身のために重ねてきた発言が、どれほど彼女を傷つけていたのかを彼はようやく悟ったのだ。
 いつでも己に向けられていた、心を映したかのような清廉な眼差し。それが、打ちひしがれた様子の彼女に重なる。
「ごめん、リギア。もう、変なこと言わない。だから、いなくならないで。たまには、吟遊詩人として、家に来て。もう、困らせたりしないから」
 眼を合わせることも出来ない様子で、言葉が終わる前に彼女は踵を返していた。
 扉に向かう後ろ姿に、わけもなく彼の胸が締め付けられる。
「これでいいんだ」
 そう呟きながら、言葉とは裏腹に彼の腕は動いていた。自分では意識しないままに、去ろうとする彼女の腕を掴んだのだ。
 ラティアは身を竦ませ足を止めるが、泣き顔を見られたくないのか振り返ろうとはしなかった。
「違うんだ。おまえのほうこそ、わかってねぇよ。俺が、どんな想いでいるのか」
 そう言うリギアの表情に、一瞬、後悔の念がよぎる。
(俺は大馬鹿者だな。せっかくうまく行きかけたってのにな)
 けれど、もういい。きっと、心は偽りきれない。その証が、今、彼女の腕を掴んでいる己の手だ。
 そう思い直し彼は自嘲的に頬を歪め、ラティアを引き寄せ背後から抱きしめた。
「認めたくなかった。ぬくもりなんて、俺には必要ない。俺は一人でいい。優しさを知ってしまったら……約束を交わしてしまったら、二度と一人では生きて行けない。俺は、とても弱い人間なんだ。どうしようもなく弱いことを自分でわかっているんだ。他人のぬくもりを手に入れたら、きっと離せなくなる。けれど、永遠に変わらないものなんて皆無に等しい。ならば、俺は何も要らない。何も望まない!」
 背中に伝わるリギアの鼓動が、僅かに速い。それが、何故だかわからないラティアの鼓動もつられたように速くなる。
「ラティア、俺は、おまえのことが好きなんだ」
 リギアの腕の中で硬直していたラティアは、唐突に告げられた言葉に目を見開いた。
「いつからかなんてわからない。気がついたら、いつも思うのはおまえだった。もしかしたら愛情とは違うのかもしれない。おまえが、俺の心の内にある闇を埋めてくれるからなのかも知れない」
 ラティアは微かに震える彼の声を聞きながら、息苦しさを覚えるほど強く自分をかき抱くリギアの腕に身を委ねる。背中に彼のぬくもりを感じながら、ゆっくりとまばたきし大きく息を吸い込んだ。
「俺がおまえを想うのと、おまえが俺を想うのは、違う形だと思っていた。おまえは、いつか必ず俺から離れて行くだろう。だったら、初めから拒絶したほうが楽だ」
 いつの間にか涙は止まっていた。頬に残る雫を払うラティアの耳元に、身を屈め唇を寄せてリギアは独白を続ける。彼の言葉と共に吐き出される吐息が、彼女の髪を揺らし耳朶を撫ぜた。今までにない程、近くに彼の存在を感じてラティアの頬が上気する。
「でも、今、思い知った。離れて行かれるのは嫌なんだ。離さない。離れないでくれ」
 ラティアは静かに身じろぎし、己を抱き締める彼の腕に手を添えた。
「私の想いは、私だけのものよ。いくらリギアにだって、決めて欲しくない」
 僅かに天井を仰ぐように顎を上げながら、彼女は双眸を閉じる。唇から零れ落ちた言葉は、弱々しく掠れていた。
「憧れなんかじゃない。リギア、あなたが好きよ」
 微笑と共に告げられた言葉に、彼女を抱き締める腕に力がこもる。
「ラティア。傷つけて、すまない」
「もういいよ。大丈夫。リギア、本当のこと言ってくれたもの」
 瞳を開き、静かにラティアが答えた。リギアはやや乱暴に少女の髪を撫でながら、喉元だけで笑い声をあげる。
「早く、大人になれよ」
 その調子には、先ほどまでの重苦しさはなく、全くいつも通りの彼だった。頬を上気させリギアの腕を振り解いたラティアが、唇を尖らせながら身体を反転させる。
「それ、どういう意味? 昼間は、もう嫁に行く年なんて言ってたくせに」
 見上げる先に、楽しそうなリギアの瞳があった。怒りを込めた視線を保ちたいラティアだったが、優しく細められたその瞳につられて破顔してしまう。
「世間一般では嫁に行く年だろ。でも、俺はもうちょっと育っていたほうがいい」
「ひどいっ」
 頬を軽く膨らませたラティアを改めて抱き締め、彼は小さく笑った。その背に、ラティアもそっと腕をまわす。
「私、そろそろ帰るね」
 ああ、と応じたはずのリギアの腕が、いつまでも彼女を解放しない。ラティアは困惑したように小首を傾げ、すぐ近くにあるリギアの瞳を仰いだ。
「もう少しだけ、このままでいてくれないか?」
 見つめ返しながらそう囁くと、たちまちラティアの頬が朱に染まる。
「う、ん」
 紅潮し、熱をもった頬を隠すように、彼女は俯いてリギアの胸に額を押し当てた。


 夢に見るのは、幸福なかつての残酷な記憶。
 熱に浮かされ、無意識に戻りたいと願った日々の断片。
(おまえは俺を憎むだろう。もう二度と、俺に笑いかけることもないんだろう)
 ゆっくりと意識が覚醒していく中、彼の頬に冷たい雫が幾筋も零れ落ちていった。


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