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4.残酷な記憶 ―2― [吹きゆく風と、沈む夢【完結】]

 窓辺に身を寄せ、冴えた月を仰ぎながら、青年はひとつ大きな息を吐いた。部屋の明かりは消してある。蒼白い月明りだけが、室内と彼とを照らしていた。
『私じゃ、あなたの心を癒せないのかな』
 昼間、彼女が言った言葉だ。
 腹立たしいような思いで、彼はそれを反芻していた。あの少女は、何故こんなにも無防備にこのようなことを言うのだろうか。いつかきっと、彼女は彼女に相応しい相手の許へ嫁ぐのだろうに。
 言葉を遮った後、ラティアは一言も口を利かなかった。傷つけてしまったことは承知している。
 リギアは軽く息を吐いて、思いを振り切るように首を振った。
 ラティアを改めて見つめた時、彼は彼女に囚われてしまった。幼い少女であったはずの彼女は、いつの間にか変貌を遂げていた。あまりに近しい場所にいたためだろう、彼は緩やかに変わり行く彼女に気づかなかったのだ。
 そして、確かな変化は突然のように彼の眼に映った。彼女の浮かべた少女らしい笑みに、彼はひどく狼狽した。
(自分が傷つかないための、予防線をはっただけだ。ラティア、俺は、そういう男なんだ)
 心の中で呟いて、リギアは大きく窓を開け放った。春先のやわらかく快い風が流れ込み、彼の長い金髪をなびかせる。
「リギア!」
 己の名を呼ぶ小さな声が聞こえ、リギアは目を見開いた。紛れもなくその声の主はラティアであり、その姿は見えないが近くにいる事はわかる。大きく嘆息しながら、彼は夜闇に向けて言葉を放った。
「馬鹿か、おまえ。年頃の娘がこんな時間に出歩くもんじゃないぞ」
「だって、色々考えていたら眠れなくて。どうしても、伝えたいことがあったし。このくらいの時間にリギアは良く竪琴を奏でているでしょう? だから、まだ起きていると思って」
 全く悪びれる様子もなく、ラティアが窓の下から顔を覗かせた。リギアのために用意された客室は一階にあるので、爪先立つような格好になれば地に立って覗き見ることも出来る。
「明日だっていいじゃないか。こんな時間に男の部屋に来て、変な噂でもたてば困るのはおまえなんだぞ」
「眠れなかったって言ったでしょ。胸の中、もやもやしてて駄目なの。リギアのせいでもあるんだからね! 話、聞いてもらおうと思って」
 ラティアの言葉を聞いていると、明らかにその前の彼の言葉が耳に入っている様子はない。リギアはこめかみの辺りを指先で押さえ、再度嘆息を漏らした。
 こんな時間にこんな場所で。話しているところを、誰かに見られるわけにはいかない。かといって、彼女を部屋に招き入れることもはばかられた。
 どうしたものかと暫し考えた後、彼は少女に手を差し伸べる。そして、周囲を素早く見回すと、軽々とラティアを抱きあげて室内に降ろした。
「少しは周りの目も、気にしろよ」
 我知らず、幼い子供を叱り付けるような口調になる。ラティアは素直に頷いて、小さく笑みを浮かべた。
「少し考えたの。だから、ね。寝間着で来なかったのよ」
 胸を張り、どこか誇らしげにも見える彼女が纏うのは、麻で作られた部屋着だ。実のところ、寝間着とあまり変わりばえはしない。
 大袈裟に溜め息をついてみせながら、リギアは窓を閉めた。ちらりと周囲に視線をはしらせるが、誰かがいる気配はない。
「影が映るから灯りはつけないぞ」
 少女の視線が部屋の中央にある小さなテーブルの上――燭台に向いたのを察し、彼は無愛想に言った。転ばないように手を貸しながら、ラティアを部屋の扉側へと促す。
 椅子を勧めるでもなく、立ち尽くす少女を見つめていたリギアだったが、俯いたまま動かない彼女が哀れになり話を促した。
「何なんだ? その、話ってのは」
 ラティアは勢い良く顔を上げ、大きく息を吸い込む。乏しい光の中でも、彼女の頬が紅潮するのが見て取れた。
「あの、ね。たいしたことじゃないの。ただ、ただね、リギアに知っていて欲しかったの。リギアが私のこと、どう思っていても構わない。でも、私の気持ちまで誤解されているのは嫌だと思ったの」
 彼の薄い水色の瞳を見つめて、ラティアがゆっくりと言葉を紡ぐ。
「私が今ここにこうしていられるのは、リギアのおかげよ。あなたに会う前は、次の冬なんて来なくていいって思ってた。でも、リギアに会ってからは、時が経つのがとても待ち遠しかったわ。次にリギアが来る時も、元気でいたいって。頑張れた」
「それは、おまえが頑張ったんであって、俺とは関係ないだろ」
「あるよ。きっかけをくれたのは、あなたなんだもの」
 彼を見上げる瞳はまっすぐで、穢れを知らぬかのように澄んでいた。
 答えを返せずに沈黙しているリギアを、ほんの少し悲しそうに見上げたあと、ラティアはきゅっと唇を噛みしめる。
「だからっ、伝えたかったのは、私の、心で」
 ふいっと目を反らすラティアの肩が、小刻みに震えていた。大きな瞳からは大粒の涙が零れ落ち、悟られまいと鳴咽を堪える様子が痛々しい。何故、心が伝わらないのかと、とても苛立っている心が手に取るようにわかった。
(違うんだ)
 リギアはその胸の内で、強く呟く。思わず彼女に手を差し伸べようとしている自分に気づき、リギアははっと我に返った。
 これでは突き放した意味がない。
 彼女の中で憧れが恋へと形を変えたことを、彼は知っている。けれども、認めるわけにはいかなかった。……彼が彼自身を保つために。
「でも! リギアには迷惑なんだよね」
 ラティアは彼女らしからぬ強い口調で、言葉を叩きつけるかのように放った。堪えきれぬ嗚咽が彼女の喉を震わせ、その頬には幾筋も涙の痕が残る。
 鋭い刃物で胸を抉られるような痛みを感じ、彼は唇を噛み締めた。
「違う。俺が言いたいのはそういうことじゃない。おまえのためなんだ。今、簡単にそんなことを言っちゃ駄目だ。後で絶対に後悔することになる」
 なだめるように言いながら、リギアの唇が次第に自嘲的に歪んでいく。
「そんなの、あなたが決めることじゃないわ! 迷惑なら、はっきり言って欲しかった。そうしたら、困らせたりしなかったのに」


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