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3.過ぎゆく日々の中で ―7― [吹きゆく風と、沈む夢【完結】]

 ラティアの姿が見えなくなったところで、不意に殺気のような鋭い気配を感じた。息を呑む間もなく、すぐ傍の繁みががさりと動く。
 はっとして振り返った先には、月の光を受けて銀に煌く髪を持つ男――リールが立っていた。濃青の瞳が、静かな怒りに揺らぎリギアを見据えている。
「おまえは」
 言いかけて彼は息を飲んだ。彼の雰囲気が昼間とは全く異なっている。まるで、別人のようにさえ見えるのだ。
「リギア。ラティアをどうするつもりなのだ?」
 話し方や声音すらも、昼間の彼からは程遠い。
「ふん。あんたこそ、何のつもりだよ」
 しばらくの間、面喰っていたリギアだったが、すぐに気を取り直してそう毒づいた。それに対して、リールは眉一つ動かさずにただ瞳を細める。
 その仕草だけで、辺りの空気がいっそう冷えて行くようだった。
「彼女は、私がお世話になっていた商会の娘御なのだ。貴様のような男と共に行動させるわけにはゆかぬ。元々彼女を連れ戻しにやって来たのだが、早急にせねばと思い直した。黙って彼女を置いて去れ。さもなくば、人攫いとして役人に突き出してやるぞ」
 微かに、金属音がした。
 リールから眼を反らさない範囲で、ちらりと腰に佩かれた剣を窺う。案の定、柄が僅かに鞘より浮いていた。
「はっ。いい加減にしろよ? 何だって俺があんたに命令されなきゃならないんだ!」
 思わず大声になるリギアを、蔑むように見つめながら彼は瞳を細めたままで笑う。
「王都でな、彼女の行方不明が人々の話題に上るようになった。婚礼まであと一ヶ月弱と言うこの時期にな。この失態は、彼女の一族にとってはさぞ大きいものになろうな」
「そんなこと俺の知った事か! 俺は、彼女を連れて」
「知っている。いや、悪いが聞かせてもらった」
 冷たい瞳に、冷たい口調。冷静と言えば聞こえがいいが、リールの場合はそれを通り越していた。
「リギア。忠告してやろう。それは君のためにも、彼女のためにもならない。例え、国外に逃げおおせたとしても、一生追手はつきまとうぞ」
 ラティアの婚約者とやらは、余程の大貴族なのだろうか。そんな事を思って、リギアは口を噤んだ。
「あんたも、あいつの事が好きなんだろ? 命令だか恩だか知らねえけど、そんなことして、ラティアが幸せになるとでも?」
「一生追い回されるよりはよかろう」
 きっぱりとリールは言い切る。リギアは皮肉げに唇を歪めて彼を見た。
「ラティアは両親を殺した暗殺者を探している。少なくとも見つけ出すまでは帰らないだろうな」
 唇を笑みの形にし、穏やかに彼は答える。
「それは、国がやる仕事だ。彼女のやるべき事ではない」
 危険な目にはあわせられない。静かに、しかし、他の意見を拒絶するようにリールが言い放った。
「私は、彼女を幸せにしたい。初めて彼女に出会った時、そう思ったのだ」
 微笑むその様子があまりにも幸せそうで、リギアの頭に血が昇る。心の中で繰り返し問うて来た答えを、無理やり目の前に突きつけられたような気持ちだった。
「俺といたら、あいつは不幸だって言うのかよ!」
「その通りだ。生涯、追手の影に怯え、満足な暮らしは出来ぬだろう」
「物質的なゆとりだけが、幸せって事じゃないだろ?」
「そうだな。しかし、彼女は豊かな階級で生まれ育った」
 淡々と言ってのけるリールを睨み付け、リギアは強く唇を噛んだ。そして、心の内にわだかまる一番の疑問を吐き出してみる。
「あんた、どういうつもりなんだ。誰が行商人だって? あんたが、行商人のわけがない! 俺は、王都であんたを見た事がある。あんたは、リイルアードだ。リイルアード=アーグ――」
 リールは意外な事を聞いたというように眼を見開いた後、表情を変えてゆっくりと微笑んだ。剣の柄から手を放し、穏やかな口調でリギアの言葉を奪う。


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