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3.過ぎゆく日々の中で ―6― [吹きゆく風と、沈む夢【完結】]

 青白い月明りの下で、金の髪をもつ男が竪琴を爪弾く。雪でも降りそうな凍える寒さの中でも、彼の指は止まらない。積雪に反射する光を受けて、金の髪が銀に染まる。
 身を包むローブが雪にまみれしっとりと濡れてしまうのも構わずに、彼はそこにいた。静かな凍れる空間に、澄んだ弦の音を響かせていた。
「リギア! ……リーギアっ」
 時間さえ止まっているかのような静寂が、遠くから彼を呼ぶ少女の声によって破られる。彼は指を止めないまま、少女がやって来るのを待ち受けた。
「リギアってば!」
 寒さのためか走って来たためか、頬と鼻を赤くして息を荒げた少女――ラティアが彼の前に立つ。防寒用のマントの上に、更に毛布を頭から被っている……その姿には、さすがにリギアも弦を弾く指を止めて吹き出した。
「何よ、だって、寒かったんだもん」
 唇を尖らせて言いながらも、彼女の頬は先程よりも赤くなっている。
「雪、降りそうだもんな」
「うん、二月だものね。このくらい北に来れば当たり前かも。ヤーグなんてもっと凄いんだよね? でも、リンヒルはここと同じイーシュ湖畔なのに、あんまり雪降らなかったなぁ」
「そりゃそうだろ。あっちは海沿いで、こっちは内陸だからな」
「ふーん?」
 わかっているのかいないのか、一応そう相槌を打ってから、ラティアはその場に座り込んだ。
「こら、そんなところに座ったら濡れるぞ」
「リギアは?」
「俺はいいんだ」
「じゃあ、私もいいよ。宿に帰って乾かすもの」
 くすくす笑いながら近くの雪をかき集めている彼女を、あきれたように見やってからリギアは竪琴を布にくるむ。
「そんな格好してまで来たんだから、何か用だったんだろ?」
「ん。特に何も。何だか、今日一日慌ただしかったでしょ。今ね、アスエルがルフィをお風呂に入れてて。で、リールは自分の宿に戻ったし。リギアはいつも外で竪琴弾いてるから。この辺にいるかなぁって思って」
 かき集めた雪を丸く固めながら、顔を上げずにラティアが言った。
「あのね、リギア。リールは悪い人じゃないの。ただ、少し変わってるけど」
「ああ、悪人じゃない事はわかる。ま、俺とは少し波長が合わんだけだろう」
 不本意ながらもそう言ってやると、ラティアは嬉しそうに笑う。そして、丸くした雪玉を二つ、縦に重ね合わせた。
「良かった。リールは私にとって、お兄様みたいな人だから。だから、リギアがリールを嫌いだったら悲しいもの」
「兄様ねぇ……。多分あっちはそう思ってないぜ」
 独白のように吐き出された言葉は、案の定ラティアの耳には届いていないようだ。重ねた雪玉の上にほうに、小さな窪みを作っている彼女の姿を横目で確認し、彼はこっそり嘆息した。
「みてみて、リギア! ユキダルマ」
「はいはい。言われなくてもわかるよ」
 もはや苦笑いするしかなく、リギアは投げやりに答えを返す。
「ね、リギア」
 ラティアは己の手指に息を吐きつけながら、甘えるように彼の腕に寄りかかった。無意識に肩を抱き寄せるリギアの顔を、じっと覗きこむようにする。
「あのね。私、あなたに言いたかったの」
「何を?」
「私、一年前に王都に戻る時にね。あなたのこと、諦めたつもりだった。このまま婚約者と結婚して、それで一生を終えるんだって思ってた」
「ああ」
「でもね、リギア。こうやって一緒に旅をして。リギアの色んなところ見て。あなたのこと、もっともっと好きになってしまったの」
 言葉を切って沈黙するラティアの髪を、己も沈黙したままでゆっくりと撫でた。それに促されるように、彼女は俯いたまま言葉を紡ぐ。
「もう、王都に帰りたくない。リギアの傍にいたい。リギアと一緒にいたいよ。もう、離れたくないの! だから、お願い、リギア」
 感情の昂りと共に、次第に大声になっていく彼女の口をリギアの手が塞いだ。
 彼女が言いたい事はわかっている。それは、自分が胸に抱えている想いと同じものだ。だからこそ、先に口にされたくなくて思わず遮ってしまったのだ。
 けれども、彼女はそれを違う意味にとったようで、大きく瞳を揺らし勢い良く立ち上がった。今にも泣き出しそうな表情で、身を翻す。
「待てよ、ラティア!」
 慌てて立ち上がったリギアは、手を伸ばしてラティアの腕を掴んだ。
「違うんだ。誤解すんな。先に言われたくなかっただけだ。この旅が終わったら……この国を出て、バルゼに行こう。アスエル達がバルゼに行くんだってよ。だから、彼らと一緒に、な? そうすれば、ずっと一緒にいられる。国を出てしまえば追手も来ない。俺はこの竪琴一つとおまえさえ居ればいい。どこに行っても暮らしていける」
 驚いたように振り返るラティアを抱きしめて、彼はその耳元に小声で言葉を落とす。
「一年前、おまえが消えた時。俺は諦めざるを得なかった。諦めたくなんかなかったのに。離さないと誓っていたのに。だから今度こそ、もう離さない」
「リギア……」
 彼の名と共に短く息を吐いた途端、ラティアの瞳から大粒の涙が零れ落ちた。
「ありがとう」
 一度、きつくリギアにしがみついてから、腕を突っ張って身体を離す。
「嬉しい。でも、何だが照れくさいな。こんなこと言う気、全然なかったもん。なんか、顔、見てられないから、帰るねっ」
 早口にそう片言で言いきってから、彼女は素早くリギアの頬に口付けて身を翻した。
「明日ねっ!」
 頬を朱に染めたラティアが、少し離れた場所で両手を大きく振りまわしている。彼女の頬を彩る朱の色を、美しい色だと感じながらリギアは相好を崩していた。


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