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3.過ぎゆく日々の中で ―5― [吹きゆく風と、沈む夢【完結】]

 力強い男の腕に抱きすくめられて、ラティアは呆然としていた。
 クルスの町に辿り着いた翌日の事。この先の旅路に馬車を望むこと難しい故、旅支度を整えようと、宿屋を出た途端の出来事だった。真っ昼間の往来で、まさかこんな目にあうとは思いもよらず、ラティアは見事に硬直していた。
 後から出て来たリギアがあからさまにムッとした表情で男を引き剥がし、それを見てアスエルが楽しそうに笑う。その後ろで、ルフィがきょとんとして義父を見上げていた。
「ラティ! 久しぶりだね。こんな所で会えるなんて、思ってもみなかった!」
 引き剥がされても周囲を気にする様子もなく、男はラティアの手を己の両手で包み込む。
「えぇ、と」
 困惑の表情で、ラティアは男を仰ぎ見た。
 男はリギアには劣るものの、かなりの長身である。簡素な厚手の旅服だが、その布地はとても高価なものに思えた。髪は銀に近い色素の薄い金色で、瞳は深い青。冷徹そうに見えかねない容貌だが、今は優しくラティアを見つめている。
「んん、と」
 顎のラインで綺麗に切り揃えられ、さらさらと揺れる男の髪を見つめながらラティアは眉を寄せた。しばらく唸りながら悩んだ後、あっと叫んで小さく笑う。
「リールよね。思い出した」
 嬉しそうににこにこと笑いながら、ラティアは彼の手を握り返した。大きく嘆息して、その男は小さく首を傾ける。その芝居がかった動作にリギアが嫌悪感をあらわにした。
「たったの二年で忘れてしまうなんて、ひどいなぁ。僕は、一日も君を忘れた事はなかったのに」
「ううん、忘れたわけじゃないのよ。ただ、ちょっと、んー」
 ごまかそうとしてしかし良い言葉が思い浮かばず、言葉を濁す。小気味よさそうにリギアは笑みをつくろった。
「俺なんてたったの一年で忘れられたんだ。二年でゴタゴタ抜かすなよ」
「ち、違うわ! リギア、忘れたんじゃないんだってば。だいたい、あなたのは、あなたが髪切っちゃうからいけないんでしょ!」
 顔を真っ赤にして理不尽な抗議して来る彼女を、楽しげに眺めていると「リール」と呼ばれた男が手を差し伸べてくる。怪訝そうな表情で見返すリギアに、男は手を差し伸べたまま笑いかけた。
「リギアだね? 彼女の屋敷にいるのを何度か見かけた事があるよ」
「俺は、あんたを見た事はないな」
「僕は君とは違って、長居はしていないからね。彼女に聞かせるものもないし」
 気のせいだろうか、リールの言葉はひどく棘々しい響きを含んでいた。
「リール、とか言ったな? あんた、俺に何か恨みでもあんのか?」
 その棘を敏感に感じ取り、リギアは薄い水色の目を可能な限り鋭くして凄んでみせる。しかし彼は、微笑んでそれを受け止めた。
「別に、何もないよ」
 興味なさげにそう言いのけて、自然な動作でラティアの肩を抱き寄せる。娘を抱き上げたアスエルが、頬をひきつらせて言葉を飲み込んだリギアの耳元に小声で囁いた。
「あいつ、絶対にラティアちゃんの事好きだぞ?」
「言われなくてもわかる」
 苦虫を噛み潰したような顔とは、かく言うものか。嫌悪感を剥き出しにして唸りながらリギアは小さく嘆息する。
「けど、奴は」
 呟きかけた時、少し前を歩いていたラティアが振り向いた。満面の笑みを浮かべながらリギア達を手招きしている。
「あのねぇ。リールはうちの屋敷に出入りしていた行商人なの。今はお休み中で、旅をしているんですって。でもね、いいお店知ってるって言うから、連れていってもらいましょう?」
「おお。いいな、それ。安くなるか?」
 思わず我を忘れて身を乗り出すアスエルを、リギアが恨めしそうに見つめた。
「仕方ないだろ。俺は金無しなんだ。背に腹は変えられないんだ」
 ばつが悪そうに頬をかきつつ、開き直ってアスエルが目を反らす。諦めたように溜め息をついたところで、リールの声が耳に入って来た。
「ところで、ラティ。こんなところにこんな人達といて、大丈夫なのかい? リンヒルの君のお屋敷の人達は心配しているんじゃ……」
 ラティアの表情がたちまち硬くなり、リールははっとして口を噤む。
「あの、ね。今は王都のほうへ戻っているの。大丈夫。誰も心配したりしないわ」
 強張った表情のまま、声を潜めるように言うラティアの髪を撫で、リールは小さく詫びた。
「悪かった。何か理由があるんだね? 言いたくないのなら、訊かないよ。けれども、これだけは、譲らない。僕も、君と一緒に行くよ」
「リール。でも、お仕事は?」
「休暇中だといったろう? 長期休暇なんだ。僕は南に下るところだったんだけど。ラティは北へ?」
 問われてラティアは首を傾げる。訊かれてみれば、自分は進路を知らなかった。今どの辺りにいて、これからどこへ行くのかも曖昧にしかわからない。
「進路を決めているのはリギアよ」
「北へ行くのかい?」
 二人の傍に近づいて来たリギアに問うと、彼は無愛想に頷いた。
「そう言うわけだ。おぼっちゃんは、さっさと南へ行けよ」
 何気なく二人の間に割って入り、更に何気なくラティアの肩を抱き寄せながらリギアが言う。剥き出しの敵意に構う事なく、リールは口許だけに笑みを貼り付けた。
「僕は、ラティと共に行くと決めたんだ。誰が何と言おうとついて行くぞ。いいよね? ラティ」
「え? あ、うん。別にかまわない、けど……」
 唐突に話題を振られ、思わず頷いてしまってからラティアはリギアの顔を見上げた。窺うような素振りのラティアと、眼も合わせずにムスっとしている。
「決まりだね。じゃぁ、行こうか。ラティ、リギア。……ええと?」
 勝ち誇った表情でリギアを一瞥してから、彼は二、三歩離れて立っている親子に視線を移した。
「俺はアスエル。流れの剣士だ。娘はルフィと言う」
「僕はリールだ。ラティの紹介通り、行商人をしている。よろしくな。アスエル、ルフィ」
 リールはアスエルが抱いている少女の手を取り、甲にそっと口付けをする。その動作の優雅さに、アスエルは己の目を疑った。
「ぱぱ。あたらしい、お友達?」
 無邪気に訊いてくる娘に頷いてみせてから、今は黒い娘の瞳の色を見破られぬようにせねばと、彼は思う。
 悪意のなさそうな笑顔を浮かべ、歩き出すリールをきつく睨みつけながら、リギアが一人、足を止めた。
「誰が、行商人だって? この大嘘つきが……」
 誰にも届かぬような声で、低く唸るように呟いた。


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