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3.過ぎゆく日々の中で ―3― [吹きゆく風と、沈む夢【完結】]

 安値の乗り合い馬車は酷く揺れる。初めてこれに乗った者はたいてい酷く酔うもので、ラティアも例外ではなかった。しかし、リルカの町を出る頃にはだいぶ慣れたようで、馬車の中でルフィとはしゃぐ程になっている。
「ぱぱ。みて」
 ラティアに結ってもらった髪を示しながらルフィがそう言った。はずんだ声音と、上気した頬がとても可愛らしい。
「おぉ、可愛いなぁ、ルフィ」
 頭の頂点近くで二つに結んだ髪に結んである朱色のリボンを見つめながら、アスエルが言う。
「鼻の下伸びてるぜ? おっさん」
 娘の姿にだらしなく相好を崩しているアスエルの隣で、高く足を組みつぶれきったクッションにもたれたリギアが呟いた。ルフィがラティアの傍から離れようとしないために、隣を取られ男二人で並ぶ事になったのである。小型の馬車だけに大変狭苦しいのだが、文句も言えず二人は大人しく座っていた。
「ぱぱ。ルフィね、次のまちについたら、お姉ちゃんにドレス作ってもらうの」
 満面に浮かべた嬉しそうな笑みに、父は思わずそうかそうかと自らも嬉しそうに首を振る。しかし、頷いてからはっと我に返り、大慌てで両手を振りまわした。
 そんな様子を見ていて、ラティアがくすくすと飲み込めない忍び笑いをもらす。
「ドレスと言っても、古着屋さんで綺麗な服を買ってバラして作るだけだから大丈夫」
 作る過程を考えているのだろう。ラテイアの表情も楽しげだった。大きく安堵の息を吐いて、アスエルは軽く頭を下げる。
「ならば、頼むよ」
 笑顔で放たれた言葉の終わりにかぶさるように、異変が起こった。
 大きく馬車が揺れた後、馬の嘶きがあがる。酷く怯えた様子のその声は、何事かが起きた事を物語っていた。
「きゃぁっ!」
 突然の事に踏ん張りきれなかったラティアが、幼い少女を腕に抱いたまま馬車の側面に身体を打ちつける。そのまま倒れて転がりそうになるところへ、リギアが腕を伸ばしてルフィごと抱きとめた。
 義娘の無事を横目で確認しながらアスエルは馬車の扉に手をかけ、錠をはずすと同時に大声で叫ぶ。
「何があったのか確かめる。リギア、二人を頼むぞ!」
 その間にも、馬車はその速度を増して行った。今にも壊れてしまいそうにぎしぎしと響く木造りの馬車の音を聞きながら、リギアは首を横に振る。
「無茶だ!」
「このまま行けば、もっと大変な事になるだろう。出来ると自信があるから行くんだ。黙ってろ」
 扉が開いた瞬間に流れ込んでくる風の強さに、一瞬、息が詰まった。この速度では、地面に叩き付けられただけで命の保証はないだろう。
 ぞっとして、もう一度止めようと口を開きかけた時には、もう彼は外へと飛び出していた。二人を固く抱き締めて、祈る事だけが今のリギアに出来る精一杯だった。
 誰も何も言わない。ただ、木の軋む音と、馬の蹄の音。そして、不気味なほどの風の音だけが流れて行く。
「馬を放す! 衝撃に備えるんだ!」
 轟音に混じり聞こえてくる声に従い、リギアはきつく歯を食いしばった。腕と足に力を込めて、衝撃を堪えるために身構える。
「歯を食いしばれ」
 震えている少女と何が起きたのか理解できないでいるラティアに忠告し、彼は腕の力を更に強めた。その瞬間、大きな衝撃が疾り、馬車は今まで進行していた方向とは逆へ飛ばされる。
「くっ……」
 二人に傷などを負わせぬように、リギアは背と足をつっぱった。完全に揺れが収まるまでその体勢を守り、落ち着いたところで仰向けに倒れた姿勢のまま、力のみを緩め大きく息を吐く。
 その気配が伝わったのかどうか、突然ルフィが大声で泣き出した。様子を見に来たアスエルが、慌てて彼女を抱き上げなだめている。
「ラティア?」
 いつまで経ってももう一つの重み――ラティアが動かない事に気付いて、彼は怪訝そうに眉を寄せながらそっと首をもたげた。
「どうした?」
 視線の先で彼女は微動だにせず、小刻みに震えている様子だ。手を伸ばし、ラティアの額に触れると、彼女は大きく肩を揺らした。
「大丈夫か?」
「リギア」
 呟いて、ラティアは彼にしがみつく。
「こわかった」
 言葉と共に涙が溢れて、ラティアはしゃくりあげながらそう言った。リギアがふと目線を上げると、義娘をあやしているアスエルと眼が合う。彼は微苦笑を浮かべて、視線を返して来た。
「お互い苦労するみたいだな」
「俺は、こいつの保護者じゃないんだけどな」
 諦めにも似た響きは闇へと吸い込まれ、リギアはひどく虚しい気分になった。


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