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3.過ぎゆく日々の中で ―2― [吹きゆく風と、沈む夢【完結】]

 竪琴を爪弾きながら、リギアは大きく息を吐いた。冷え切った空気が震え、月明かりに息が白く色をつける。
 あの時、ねだられたのは確かこの曲だった。拒絶され、ラティアはとても傷ついた顔をしていた。眼を閉じ、遠い記憶を思い起こしながら、彼の指先は弦を滑っていく。
 ふと、違和感を感じて双眸を開くと、目の前に旅の連れとなった男が棒立ちになっていた。
「よぅ。隣いいか?」
 リギアが己の存在に気づくのを待っていたようで、アスエルはそう声を掛けてくる。
「好きにしろよ」
 竪琴を奏でる指を止めて乱暴に言い捨てると、明るく礼を言いながらリギアの隣に腰を下ろした。
 宿から少し離れた空き地の中央である。薄く雪の積もった大気はひどく冷たく、地面に触れている尻からぬくもりを奪われるようだ。
「凍えるぞ?」
「別に、平気だ。慣れてるから」
 小さく身を震わせたアスエルに冷たい一瞥を投げて、彼は平然と答えた。嫌ならば宿に戻ればいいという態度が見て取れる。
「何、してたんだ? こんな所で」
 それを黙殺して怪訝そうに問うと、リギアは仰のいて月を見上げた。
「自然に。この地の恵みに感謝を捧げる為の曲を」
「こんな、寒いところで?」
「ああ。落ち着いて弾けるから。一人でこういう所にいるのは、好きなんだ。わりと」
 言いながら、膝の上に広げてある白い布で竪琴を包む。
「ルフィは? ついていてやんなくていいのか?」
「あー。ラティアちゃんが面倒見てくれるってさ。ルフィもすっかり懐いちまって。俺は部屋から叩き出された感じだよ。父親としては淋しい限りだが……まぁ、女の子には女性との交流も必要だろう」
「あいつもたいがいガキだけどな」
 言いながらリギアは、彼女の怒った顔を思い浮かべて唇を笑みの形にした。ちらりと横目でそれを見ながら、アスエルは真剣な表情になる。
「なぁ? おまえはいくつなんだ? あの娘は? おまえら、本当にただの駆け落ちなのか?」
 リギアはゆっくりと彼に視線を向けた。この男はこれが聞きたくて、この寒い中を歩いてきたのだろう。ご苦労な事だと思いながら、口を開く。
「俺は二十七になる。あいつは……確か、十九だ。駆け落ちとは、少し違うかもな。俺とラティアが昔好きあっていたのは確かだけれど、再会したのはつい最近だし。放っておく事が出来なくて、一緒にいるんだ」
「あの娘が時折放つ影、か」
 言われて、リギアは軽く眼を見張った。アスエルが気づいていた事が意外だったように。
「ああ、昏い影だ。両親を暗殺者リドルに殺られたんだってよ。ただ一人生き残った兄からそれを聞いて、仇を討つ為にリドルを探しているんだそうだ。あまりに危なっかしくて見てらんねぇから、一緒に行く事に……どうした?」
 ラティアの影に気づいているのならばと、一気に事情を語っていたリギアは、表情を強張らせたアスエルに気付き、眉を寄せる。
「リドルって、あの……紫眼の暗殺者とか言われてるアレか?」
「ああ」
「そんな馬鹿な! リドルは標的以外に接触する事は絶対になく、過去にしくじった事もないって話じゃないか。そんな奴が、あの娘の兄を逃したってのか? ありえないだろ、そんなことは」
 その言葉に頷いて同意を示し、リギアは溜め息をついた。
「あいつはさ。そんな、誰もが知っているような事すら知らなかった」
「それは……確かに心配だな」
「おそらく、あいつの両親を殺ったのはリドルじゃない。だから、本当に手を下した奴を探し出して、俺が殺してやる。あいつの手を、汚したくない」
 軽い口調で言うリギアの眼は、ぞっとする程に冷たい光を宿している。すぐに消え去ったその光には気づかないふりで、アスエルは彼の肩を軽く抱いた。
「そういう事情ならば、その日までつきあってやるぜ。吟遊詩人の細い腕じゃ、暗殺者相手には心もとないだろ?」
「あんたには関係のない話だ」
 腕を邪険に振り払い、その申し出を断るリギアの眼に、真剣な薄茶の瞳が映り込む。アスエルはまっすぐに彼を見つめていた。
「本当に初めてだったんだ。あんなまっすぐな澄んだ瞳で、娘を人として扱ってくれた人は」
「確かに珍しいよな。豪商や貴族なんて連中は、一般人の事すら人として扱ってない奴が多いし」
 その瞳の強さに圧倒されて、それをごまかすようにリギアは右の小指で頬を掻く。
「そんな教育をあの娘にしていたという、両親を殺した暗殺者は許せない。リドルだろうが、なんだろうが一矢報いてやるさ」
 決意に満ちた眼差しでそう言いきるアスエルに、彼は返す言葉を持たなかった。
「それに、リギア。おまえは吟遊詩人なんだろう? その手でどうやって暗殺者と対峙するつもりでいるんだ」
 言葉を失ったところを、そう畳み掛けられる。悔しげな様子を見せる事も癪で、リギアは唇に笑みを張り付かせてみせた。
「好きにしな」
「言われなくとも」
 我が意を得たりとばかりに笑いながら立ち上がるアスエルに、妙な違和感を覚えリギアが眉を寄せる。
「なぁ。あんた、何者なんだ?」
 怪訝そうに自分を見つめる青年に、アスエルはどこかぎこちない動作で顔を向けた。
「昔、罪を犯した。決して償う事の出来ない深い罪だ。二年前に道端で、泥まみれのあいつを拾ったのは、その罪を、少しなりとも償えるのならと、そう思っていたからなのかもな」
 もの問いたげなリギアの視線から顔を背け、アスエルは悔恨の念を込めて苦く笑った。「その罪が何であったかは、まだ言うわけにはいかん」
「言えないものは、無理には聞かないさ」
 誰にだって触れられたくない過去はある。泣きたいような笑いたいような、複雑な思いでリギアは唇を歪めた。
「ああ。礼を言う」
 アスエルはゆっくりとリギアから視線を反らし、振り返らないままその場から立ち去って行った。


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