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3.過ぎゆく日々の中で ―1― [吹きゆく風と、沈む夢【完結】]

 差し込む影が濃くなって、少女は首を傾げながら仰のいた。見上げる先には、微かに笑んだ薄い水色の瞳がある。
「大丈夫か? 暑くないか?」
「ん。ありがと。大丈夫。……木陰はそんなに暑くないし、湖を渡る風は気持ちいいしね」
「なら、いいけど」
 熱でも出されたらたまらないからなと呟いて、青年は少女の隣に腰を下ろした。イーシュ湖の畔。夏の終わりのまだまだ厳しい日の光を、優しく遮る大木の根元である。
 湖岸に生い茂る植物の緑と、ただ広い水面に反射し光を散らす日差しがなんとも幻想的だった。この場所だけ、時間が切り取られているような錯覚に陥る事もある。
「初めて会ったの、この辺だった?」
 青年――リギアの肩にもたれながら、少女が小さく問うた。その肩を、決して抱き返しはせずにリギアはただ頷いてみせる。
「もう、六年も経つよ。早いなぁ」
「おまえの身体も随分回復したよな。十五って言ったら普通は嫁に行くような歳だろ。良かったじゃないか。間に合って」
 冷たくも聞こえるその言葉に、少女はきゅっと唇を引き結んだ。泣き出しそうな表情にも見える。
「良くないもん。ちっとも、良くない」
 彼に聞こえないように小さく呟いてから、ラティアは気持ちを切り換えるように笑顔を作った。
「ね、それより。実は、ちゃんと許可もらって外に出たのって初めてなの。侍女達がね、『吟遊詩人殿とデートですか?』って楽しそうに言うのよ」
「はぁぁっ?」
 裏返った声でリギアが呻く。何て事を吹き込んでいるんだあいつら。と心の中では大きなため息をついていた。
「そ、それで、さ。思ったんだけれど、リギアって、その……奥さんとか、恋人とかいないの? どう考えたって遅いじゃない?」
 眼を反らしながら頬を染め、精一杯平静を装って問う瞳に見つめられ、ひどく戸惑う。やがて、リギアは静かに息を吐き出しながら、ゆっくりと答えた。
「俺の闇を受け止めてくれる奴なんて、きっといない」
 ラティアとてもうじき自分から離れていくはずだと、そう思う。
 見知らぬ誰かの許へ、嫁いで行く。それを考えた途端、彼の胸がきりりと痛んだ。他の誰かの隣で、こうして微笑みを浮かべるラティアなんて見たくはない。
 唐突にその想いが強く沸き上がり、彼はきつく唇を噛みしめる。少女が自分に寄せる想いは憧れなのだ。決して、自分が抱くような感情ではないのだ。
 だからこそ。そう思うからこそ。リギアは決して彼女に手を差し伸べはしない。やんわりと突き放すだけだ。そうでもしないと、リギア自身の気持ちに制御が掛けられない程、彼の気持ちは強くなってしまっていた。
「リギア? 何か怖い顔してるよ?」
 そう言いながら顔を覗き込まれて、彼は我に返った。
「ああ……いや、悪かったな」
 表情を和ませながら答えると、ラティアは嬉しそうに笑う。
「ね、リギア。ずっと前に、ここで弾いてたの……ききたいな」
「あれは、人に聴かせるもんじゃない」
「じゃ、私、いないと思って」
 無邪気に、さらりと無理をふっかけてくる。ラティアはそんな少女だった。嘆息と共に、リギアは膝の上の竪琴を手に取る。
「おまえは……無理な事ばかり言うんだな」
 やんわりと文句を言いながらも、彼は竪琴を奏でてやる。もともと、この音色を気に入られ、雇われている身なのだ。
「リギア」
「ん?」
「私じゃ、あなたの心を癒せないのかな」
 唐突にそんな事を言われ、リギアは思わず竪琴を取り落とした。澄んだラティアの緑色の瞳を見つめて、微かに自嘲的な笑みを浮かべながら竪琴を手に取り直す。
「無理だ。ラティア? おまえは、いずれ俺から離れて行く。おまえの想いは、憧れにすぎない。いつか、それに気付くさ」
 ラティアはむっとしてリギアの胸元に掴みかからんばかりの勢いでくってかかった。誰だって、言われもなく己の感情を否定されれば苛立ちもする。
「そんなことない! リギア、何もわかってないよ! 私は、私は、本当に……」
 必死の想いで紡がれる言葉を終わりまで聞こうとはせず、リギアは勢い良く立ち上がった。彼は彼なりに、自制心を保とうと必死だったのだ。
「さぁ、そろそろ帰ろう。屋敷のやつらも心配し始める頃だ」
 ラティアはひどく傷ついた瞳で彼を見上げた。それから顔を背けて立ちあがり、ゆっくりと歩き出す。
 気遣って差し出されたリギアの手を、彼女は振り払って黙々と歩き続けた。


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