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2.湖畔の出逢い ―6― [吹きゆく風と、沈む夢【完結】]

「大丈夫か? だいぶ疲れているようだが」
 星々の輝く夜空を馬車の小窓からぼんやり眺めていたラティアは、はっとして声の主を見た。時が経つにつれて口数を減らしていく彼女を、心配そうにアスエルが見つめている。その膝の上では、馬車の揺れなどをものともせずにルフィが規則的な寝息をたてていた。
「大丈夫よ。珍しいものがいっぱいで、慣れていないし、少しはしゃぎすぎたみたい」
 顔の前で小さく両手を振り、無理に笑顔を見せる彼女に対して、アスエルは小さく肩を竦める。
 眼を閉じて物思いに耽っていたリギアが口を挟んだ。ラティアの虚勢が、幼い頃の彼女のそれと重なって見えたのだ。
「昔っからそういうとこ変わんねぇなぁ、おまえ。無理すると、また、身体壊すぞ?」
 隣からあきれたような口調で言われ、ラティアは小さく嘆息して肩を落とした。
「小さい時の事知ってる人って嫌ね! そうやってすぐに昔の事言い出すんだもの」
 眉間に小さく皺を寄せながら、視線を反らし拗ねる様子も昔と変わっていない。安堵のような苛立ちのような、形容しがたい感情がリギアの胸を満たした。
 幼いラティアと過ごした時間。彼はその平穏な時間を留めてしまえれば良いと、半ば本気で思っていたのだ。
 想いを振り切るように一度瞳を閉じ、リギアは窓から星の位置を確認した。
「あと一、二時間でリルカに着く。それから二、三日は馬を休ませるはずだからな。俺達も休もう。ああ、それと、アスエル」
 改めて呼ばれ、怪訝な顔をするアスエルに、彼は薄く笑ってみせる。
「あんたの娘に魔術をかけてもいいか? 傷つけるものじゃない。リルカは差別が激しいんだ。宿とるのに、ふっかけられないですむように」
「傷つける以外のものだったら、そりゃ、構わないが」
 頷いてリギアは手を伸ばし、指先をそっと少女の額に触れた。アスエルは怪訝そうな表情のままで、気遣わしげにその手を見つめている。指先に力を込めたところで、彼はラティアが眼を大きく見開いたまま硬直している事に気がついた。
「どうしたんだ?」
「リギア、魔術なんて使えたの? 私、知らなかった」
 詰問するような口調に、彼は眉を寄せて首を傾ける。
「話した事なかったか? 使えるって言っても、ちょっとした子供騙しなんだけどな。この位の小さな子なら、瞳の色を変えるくらいはできる。十歳を越えると、もう俺の力じゃ難しいけどな」
「話してくれてないよ、初耳」
 軽く唇を尖らせるラティアを、彼は呆れた様子で見やり嘆息してみせた。
「どうでもいいじゃないか、そんな事」
 ひっこめていた手を再びルフィの額に触れ、精霊語で何事かを小さく呟く。「どうでもよくないよ」と恨めしげに呟くラティアを黙殺し、リギアは指先に力を込めた。
 その指先に集まった光が、静かに吸い込まれるようにして少女の額に消えていった。優しくルフィの前髪を撫でつけてから、彼は口元に笑みを浮かべる。
「黒にしといたよ。余程の怒りや憎しみの、魔力の暴走に繋がるような感情を持たない限りは大丈夫だと思う」
「礼を言う。それにしても、おまえ、随分詳しいんだな」
 この大陸で息を潜めるようにして暮らす魔族達は、大抵の者が瞳の色を変えて生きているのだ。紫の瞳を隠さずに生活している者は、協力者のいない幼い子供、魔族として生は受けたが魔力には恵まれなかった者。そして、身に宿す魔力があまりにも強く、隠す事の出来ない者。それだけだ。
 感嘆の溜め息と共に吐き出された言葉に、リギアは曖昧な笑みを返し、竪琴の弦に指をかけた。
「ガキの頃、この身に魔力があると知って一度は魔術師を目指したんだ。一応色々と勉強して、努力はしたんだが……あんまりぱっとしなかったんだよ。まっ、その代わり、俺にはこういう才能が備わっていたわけだが」
 細い指先が奏でる旋律は、深く切なく胸に響く。一節を眼を閉じて聴き、悪戯な笑みを唇に刻んでラティアが小声で呟いた。
「ほんっとにね。ガサツで粗野なリギアが奏でる旋律とは思えないわ」
「あぁ? 何か言ったか?」
「誉めてあげただけよ」
 魔術が使えるのだと、聞かされていなかった事にヘソを曲げているらしい。つんっとわざとらしく顔を背けて窓の外へと視線をやり、しかし次の瞬間にラティアは嬉しそうに歓声をあげた。
「リギア! みてみてみてっ! 雪が降ってる!」
「何だよ、雪か。……寒いはずだよなぁ」
 外を覗きながら、リギアが嫌そうに眉を寄せる。
 月光の下、舞い降りる銀の欠片に、眼を細めうっとりと見入っていたラティアは、それを聞きとがめてくるりと振り返った。その表情は益々不機嫌そうだ。
「リギア。あなた、吟遊詩人のくせにそんなことでどうするのよ! この美しい景色にって即興詞の一つでも奏でるのが、詩人ってものでしょう?」
「ははっ。おまえ、それは物語の読みすぎ。仕事は仕事だ、日頃からそんな歯の浮いた事ばかり言ってられっか」
 鼻先で笑われて、彼女はむっとした表情のまま窓の外へと視線を戻した。
「でも、雪は、嫌いじゃない……。白くて、穢れがなくて」
 ラティアの横顔を見つめながら、囁くようにリギアは独り呟く。
「何もかも。罪も、憎しみも、哀しみも。全てを覆い隠してくれるんだ」
 どこか遠いその声に、アスエルがはっと顔をあげた。訝るようにそっとリギアの表情を窺う。
「穢れを、全て……一時、消し去ってくれる」
 低く、悲しく、その声は心に溶けていった。己を見つめるアスエルの眼差しに気付いて、リギアの表情が険しくなる。薄い水色の瞳と茶の瞳が、空中で交わり空気がぴんと張り詰めた。
「おまえは……」
 呟きかけて、アスエルは嘆息し首を小さく横に振る。一瞬だけ鋭い光を見せていたリギアの眼が、ゆっくりと和み再び静かな色を取り戻した。
「今、幸せか?」
 独白のようにアスエルが問いかける。青年は微かに、しかし力強く頷いてみせた。


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