So-net無料ブログ作成

2.湖畔の出逢い ―5― [吹きゆく風と、沈む夢【完結】]

「来てくれたんだ! 良かった。もう、来てくれないのかと思ってたの」
 寝室に通された少年の顔を見て、少女の表情がほころんだ。具合がよほど悪いのか、半身を起こす事も出来ずに横たわったままの姿勢である。頬は蒼白く、疲れと諦めが表情に滲み出ていた。彼女の顔を見るのは一年ぶりであったが、胸の奥を衝かれたような息苦しさをリギアは覚えた。
「話したりして、大丈夫なのか?」
「大丈夫よ。起きられなくてごめんね。今日は寒いからちょっと苦しいだけなの。でも、リギアが来てくれたから大丈夫だよ。だから、ここにいて? お願い」
 そう訴えるラティアは、また一段と痩せたように見える。
「本当はもっと早く顔を見に来たかったんだけれどな。遠くに……南の国境の方まで出かけていたんだ、悪かったな」
 申し訳なさそうに俯くリギアに、少女は微笑みかけた。
「ん。気にしてない。ただ、凄く、長かったよ……もう、会えないかと思った」
 言葉の最後は、消え入りそうな声になっている。あまりの弱々しさに、リギアははっとして少女の顔を見つめた。
「ね、リギア。旅の話してよ。少しは長く居られるんでしょう?」
 重くなってしまった雰囲気を取り繕うとするかのように、ラティアは明るい声を絞り出す。彼は少女の頭にぽんっと手を乗せて溜め息をついた。
「ああ、二、三ヶ月はここにいる。だから、話は明日にしような。今日は静かな曲を聞かせてやるから……とりあえず、寝ろ寝ろ」
 今年で十一になるはずのこの少女は、あまりにも儚く、弱々しい。同じ年頃の他の子供と比べても、明らかに身体が小さく痩せていた。
 けれども、その表情だけは類を見ずに豊かなのだ。基本的には明るく、ころころと良く変化する。苦しげな、こんな時にさえ彼女は笑っている。
「うん。ありがとう」
 寝台の近くに椅子を寄せ、小脇に抱えていた竪琴を構えるリギアを見ながら、少女は素直に頷いた。幸せそうに笑いながら双眸を閉じるラティアを見て、彼は何とも言えない気持ちに心を揺さぶられる。
 純粋に自分を見上げてくる淡緑の瞳は、どこか悲しげで切ないのだ。彼女の無垢な瞳に宿るものは、幼い恋とすら呼べない憧れで、当然彼には応えようもない。
 大切な、妹のようなものではあっても、恋愛対象とはなりえないのだ。
(ま、こいつだってな。もっとでかくなれば、別の男に本気で惚れるんだろうけどな)
 今、これ程に自分に懐いているのは、他に深く関わりあう相手がいない故にだろう。いずれ、彼女が本当に恋する相手が現れるまでは傍で見守ってやってもいい。そんな事を思いながら、リギアは竪琴を爪弾いた。
 やがて眠りについた少女の頬に触れ、わずかに眼を眇めて呟く。
「あんま、ムリしてんなよ。おまえ、まだガキなんだからさ。まだまだ、甘えていい頃だぞ? 周りの奴らだって、皆、心配してる」
 彼は口元に微かな笑みを浮かべて、少女の髪をそっと撫でた。
「ラティア……せめて夢の中だけでも、おまえが心から笑えるように」
 リギアはそう囁きながら、少女の額に指先で六芒星を描く。イセナーダに古くから伝わる悪夢除けの呪いだ。
 夢の中だけでも、彼女の願いが叶うよう。望みが叶うよう。祈りの込められた魔法陣の力なのか否か。静かに眠るラティアの横顔は、穏やかで幸せそうに見えた。


←2.湖畔の出逢い ―4―2.湖畔の出逢い ―6―→
目次へ


人気ブログランキングへ
↑ランキング参加中です★

nice!(1)  コメント(0) 

nice! 1

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。