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2.湖畔の出逢い ―3― [吹きゆく風と、沈む夢【完結】]

 急いで仕度をしたにも関わらず、その乗り合い馬車は予定時間を数刻上回って到着した。安値の馬車には良くある事なのだと説いたものの、ラティアは納得がいかない様子だった。すっかり機嫌の悪くなった彼女をなだめながら、馬車に乗り込むリギアは先行きを思いやって暗いため息だ。
 乗り合い馬車には先客がいた。薄茶色の髪を短く切り揃えた四十前後に見える男と、その膝に抱かれて眠る幼い少女の二人連れだ。
 男の身をとりまく昏く冷たい空気と、少女のあどけない無垢な寝顔が釣り合わない。父娘なのだろうと推測できなくはないが、何かが妙である。リギアは眼を細め、その胡散臭い男を見やった。
 勿論そんな事を考えていたのは彼だけで、ラティアは簡素で飾り気のない馬車の中を珍しげに眺めている。悪かった機嫌もすっかり戻っているようだ。
「何か、言いたそうだな」
 向かい合った席に座るリギアに、男の方からそう声をかけて来た。しかし、男の視線は窓の外に固定されたままだ。
「言いたい事があるならば、言えよ。失礼な奴だな」
 続く言葉は、刺々しい口調になっていた。落ち着きのある低い声に、半ば腰を浮かせるようにして視線を彷徨わせていたラティアも正面を向く。
「失礼なのはお互い様だろ? 独り言じゃないなら、こっちを見ろよな」
「ああ、言われてみれば。失礼した」
 薄く笑みを含んだ声で答え、彼は首を動かしリギアの眼を見据えた。男の容姿は平均的で印象が薄い。特徴をと訊ねられたら、返答に詰まるだろう。けれども、ただ一つ――色素の薄い茶の瞳だけがぞっとする程冷たい輝きを放っていた。
「で? 俺に何か言いたい事でもあるのか?」
「別にない。ただ……胡散臭い奴だと思っただけだ」
 瞬時、躊躇ったあとリギアがきっぱりと言い放つ。一瞬、あっ気にとられ口を半開きにしたまま固まった男だったが、次の瞬間には小刻みに肩を揺らして笑い出した。ラティアは慌てた様子でリギアの腕を掴み揺さぶる。
「何て失礼なコト言うのよ! リギアっ」
 延々と文句を言い続けそうな彼女の口を無造作に片手で塞ぎ、リギアは眼を細めた。薄い水色の瞳がにわかに鋭い輝きを帯びる。
「だってそうだろ? この馬車はリルカ経由でクルスまで行く。もうすぐ雪も降りそうだって季節に、どこの親がそんなチビ連れて北へ向かうって言うんだよ。しかも、そんな軽装で。荷物も少なくて。どう見てもあんたは北側出身には見えないし」
「まぁ、そうだろうな」
 唇は笑みの形のままで軽く頷いてから、男は顎で壁に立て掛けてある長剣を示した。
「俺は流れの剣士だよ。軽装なのは金がないからだ。それとな、北へ向かってるわけじゃなくてな、国境を越えてバルゼ王国に行こうと思っているんだ。……胡散臭いと思った理由はそれだけか?」
 訊いてくる男の語尾が、からかうような調子になっている。むっとして眉を寄せながら、リギアは金の髪の少女を示した。口元に曖昧な笑みを浮かべ、男は少女の緩く波打つ髪を撫ぜる。
「似てないか? 当然だな。血のつながりもないし、拾ったのも二年前だ。それよりも……」
 男の口元に張り付いた笑みを見て、リギアは眉間の皺を深くした。嫌な感じのする笑みだと、彼の直感が訴えている。
「俺にはあんた達のほうが余程胡散臭く思えるね。普通旅行には選ばない北の山側に、旅をする明らかに育ちの違う男女。駆け落ちでもしてきたのか?」
 真っ赤になって言葉を失ったラティアから手を放し、彼は小さく息を吐いた。そういえば、一年後に結婚する予定だと彼女は言っていた。この状況は、駆け落ちと言えない事もない。
「ま、そんなもんだ」
 言葉を濁して彼は背後の壁に寄りかかった。仏頂面で窓枠に肘をかけるリギアと、頬を染めて俯くラティアを見比べて、男はにやりと笑う。
「なるほどな」
 くっと、喉の奥を鳴らした男の膝の上で、少女が煩そうに眉をしかめて小さく身じろぎした。
「むぅー」
 ころんと転がって、男の肩へ手を伸ばす。
「ぱぁぱ」
 薄く瞳を開いた少女の顔を大きな手で覆い、男は小さな声で少女に囁いた。その声は、今までの会話が嘘のように優しい。
「まだ、つかないよ。もう少し眠っていなさい」
「やぁだ。パパ。何か、おはなしして?」
 子供らしい舌のたらない声で、少女がそうぐずっている。男の膝に頭を擦り付けるようにもがくので、当然のように髪が絡んだ。
「あ、髪の毛。……くしゃくしゃになるわよ?」
 整えようと手を伸ばしたラティアに、男がきつい眼差しをよこした。たじろぎながらも、ラティアは更に手を伸ばす。
「大丈夫だ。俺がやる」
 少女の顔を自分の胸に押し付けながら、男はそう拒絶した。そして、乱暴に少女の髪を撫でつける。
「あら、だめよ。この子の髪、細くて巻いているから。そんな風にしたら、切れてしまうわ」
 リギアは意外に強引なラティアに驚いたが、それよりも何故それ程に、子供に触れるのを厭うのかが気に掛かった。


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