So-net無料ブログ作成

2.湖畔の出逢い ―2― [吹きゆく風と、沈む夢【完結】]

「いつまで寝てんだよ」
 苛立った声と共に掛け布団をはぎとられ、ラティアは薄く眼を開けた。まだ醒めきっていない彼女の瞳が、声の主に向けられる。
「リギア?」
 薄い水色の綺麗な瞳。彼の整った眉目に、ただ憧れていた幼い頃を思い出す。優しくて強く見えた、掴み所のない不思議な人。彼が傍に居てくれるだけで良かった。リギアさえ居てくれるのならば、他には何も望まないと思っていた。
「リギア、大好き――」
「……寝惚けてんのか?」
 ため息をつきながらも相好を崩し、もごもごと呟く少女の額を指で小突く。
「おい、起きろ。ラティア」
 軽く肩を揺さぶると、ようやくラティアの瞳がはっきりと開いた。むくりと起き上がり、彼女は眠そうに眼をこする。それから己の状況を把握しようとするように、ゆっくりと左右を見渡した。
 昨晩、眠りについたままの宿の部屋だ。角の削れた四角い机に、質素な調度品。自分が身を起こしている寝台には、上質とは言えないものの綺麗に洗濯された寝具用の布が使われている。そして『太陽の香りがする』と思っていた掛け布団はリギアの腕の中だ。
「急がないと乗り合い馬車が来ちまうぞ? 乗り遅れたらもう今日はないんだから、さっさと支度をし」
「い、やぁぁぁっ!」
 説教じみたリギアの言葉が終わらないうちに、ラティアは大音響で悲鳴を上げた。同時に後手で枕を掴み、彼の顔面へと投げつける。
 彼女の行動があまりにも唐突で、リギアは避ける事を忘れて驚愕した。当然、枕はリギアの顔面を直撃して床へと落ちる。
「何すんだ、いきなり、何を!」
 この場合、声を荒げた彼を誰も責める事は出来ないだろう。リギアはこめかみをひきつらせながら、彼女に一歩近づいた。普段の彼女からは想像も出来ないような素早さで、ラティアは彼の腕から掛け布団をひったくる。そして、頭から布団を被った。
「リギアの馬鹿! 女の子が寝ている部屋に入ってくるなんて最低よ!」
 厚い布越しに投げかけられるくぐもった声に、リギアの唇がみるみる笑みの形に歪んでいく。笑いを堪えながら呆れた口調を繕い、ラティアに語りかけた。
「あのなぁ、そういうのはな? 扉越しに声をかけられて起きられる奴が言う台詞じゃないのか? おまえ、何回声かけても起きてこなかったんだぜ?」
「…………」
「ほっといたら馬車の出発時間が過ぎちまうと思ったから仕方なく起こしに来てやったのに。そんな事言われたら、たまんないよな」
「…………」
 ラティアから返事はない。ばつが悪くなったのか、まだリギアの言葉などお構い無しに怒ったままのか、掛け布団に包まってひとつの固まりになっている彼女からはうかがい知る事が出来なかった。
「じゃ、俺は外で待ってるからな。とっとと仕度して来いよ?」
 そう言って背を向けると、背後でごそごそと音がする。
「あ、あの、ねっ」
 振り返ると、ラティアが掛け布団から顔だけを覗かせていた。
「ごめん、なさい」
 謝るラティアの頬が朱に染まっている。とうとう堪えきれずに吹き出したリギアは、憮然となる彼女の頭を乱暴に撫ぜてやった。
「子供の時と大して変わってないよな」
 その言葉に怒るかと思ったラティアは、懐かしむように眼を細めている。遮光のための布も掛かっていない窓に視線をやり、彼女は唇を笑みの形にした。
「夢、見ていたのよ」
「夢?」
「そう。久しぶりにリギアに逢ったからかな。夢を見たの。リギアと、初めて逢った時の」
 ラティアの横顔を眺める彼の瞳にも、彼女が浮かべるのと同じ表情が浮かんでいる。
「もう……十年も前の事なんだよな」
 彼女の目線を追うように、リギアは窓の外へ視線を向けた。この部屋を訪れた時より更に高くなっている日を見て、はっと我に返る。
「さ、支度しろ支度。俺は先に出て待ってるから」
 もう一度、優しくラティアの頭を撫ぜ、彼はその部屋を後にした。


←2.湖畔の出逢い ―1―2.湖畔の出逢い ―3―→
目次へ


人気ブログランキングへ
↑ランキング参加中です★

nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:blog

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。