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1.始まりを刻む時 ―3― [吹きゆく風と、沈む夢【完結】]

「リギア……助けてくれて、ありがとう」
 先ほどの丸薬が効いてきたのだろうか。頭痛が少し和らいできている。リギアが居合わせなかったらどうなっていただろう。そう考えてから、ラティアはその思考を振り払った。考えるだけでも、恐ろしい。
「どういたしまして。これからは気をつけろよ」
 子供をあやすように頭を軽く叩くと、その扱いが不服なのか彼女は軽く頬を膨らませる。
「なぁ、ラティア」
 彼女の肩を抱き寄せて、リギアはふと真顔になった。「なに?」と言いかけたラティアだったが、その語尾を放り出してすっとんきょうな声を上げる。
「わかったわ、リギア! どうして感じが違うのか! ……髪の毛よ。切っちゃったのね? 長くて綺麗で好きだったのに!」
 ラティアの記憶の中での彼は、腰まで伸ばした金の髪をゆるく三つ編みにしていた。その姿の他を見た事がないのだ。何となく感じが違う。
「ん? ああ、一、二ヶ月くらい前にな」
 話を遮られた形のリギアは淡々と答えてから、先の言葉を続けた。
「ラティア。もし、家出でもして来たのなら、俺と一緒にいろよ。もう、戻らないのなら、そうしろよ。俺は、旅ばっかしてて安住の地はないけれど、共に来れるのなら……一緒に」
 ラティアは嬉しそうに笑ったが頷く事はしない。しばらくリギアの顔を見つめ、それから眼を反らして小さく溜め息をついた。
「そうしたいな。とても幸せそう。でも……私には、やらなければならない事があるから」
 消え入りそうな呟きに、リギアは昨夜の出来事を思い起こす。
「ああ……。そう言えば、おまえ、何で暗殺者ギルドなんか探してんだ?」
 何気なくそう問うと、ラティアの表情がみるみる強張っていった。何度か唇を開閉し、一度唇を噛み締める。
「人を探しているの。リドルと言う暗殺者を……殺す為に」
 覚悟を決めたように言葉を吐き出す彼女を、影が再び包み込んだ。
 一年前に別れる前は、明るいばかりの少女だった。何が彼女を変えてしまったのか。このように昏い影を負わすのか。そう考えると何故かリギアの胸までが苦しくなる。
「リドル? 暗殺者? どうして、そんな」
 おまえには関わりのない世界だろう。そう言いかけて、リギアは言葉を失った。少女の淡緑の瞳の奥底に、揺らめく炎を見てしまったのだ。
 全ての光を拒絶するかのような昏い炎を。
「両親を殺されたの。リドルという暗殺者に」
「どうしてそれがリドルだと? 暗殺者は処刑される時以外に名前は出ないだろう?」
「兄が一緒だったの。事件があったのは二ヶ月前で、兄は奇跡的に助かったの。けれど、精神的にまいってしまったので、つい最近まで田舎で休養していたの。その兄が、帰って来て言ったのよ。紫眼の暗殺者リドルにやられたって。だから、私……その人を探しているの」
 何かを堪えているように、強くそして切ない声でラティアは言う。
「しかし、リドルと言ったら……有名な暗殺者じゃないか。そんなヘマするか?」
「違かったらそれでいいの! リドルを探して、とにかく確かめるのよ! そうしないと駄目なの!」
 悲鳴のような声で叫び、彼女はリギアにしがみついた。
「ずっと。ずっと、小さい時から私は王都じゃなくてリンヒルで育ったわ。身体が弱くて、王都では暮らせなかった。忙しい両親が訪ねて来て下さる事も滅多になかった。物心つく前に定められた婚約すら果たせそうになかった私を、両親は、疎む事なく見守ってくれていたの! 大切な人達だったのに、私は何も恩を返せなかった。だから、私は両親を殺したと言う暗殺者を……」
 ラティアが掴んでいる腕に、彼女の爪が食い込んでいる。鈍い痛みに眉を寄せながらリギアは呆然としていた。
 皆まで言えずに言葉を切った彼女が、額を押し付けている己の胸が熱い。膝の上に冷たい雫が落ちて、彼はラティアが泣いているのだとようやく悟った。
「ラティア」
 鳴咽を堪え、肩を震わせている少女の背に腕を回し、抱きしめ耳元で囁く。
「だったら俺が一緒に探してやる。って言ってもどうすればいいのかわかんねぇけど。でも、おまえみたいに無鉄砲に名を聞き歩いていたら、間違いなく殺される。とりあえず、暗殺者が多いと言われているところへ行こう。おまえさえ嫌じゃなかったら。な?」
「リギア?」
 不思議そうに首を傾けて、ラティアは彼を見上げた。
「詳しいの?」
「吟遊詩人を名乗って旅を続けている身だからな。人よりは詳しいつもりだ」
 彼女の頬を濡らしている涙を拭ってやりながら、リギアは薄く微笑む。
「でもリギア。私、あなたに何も言わないでいなくなっちゃったのに? 許してくれるの?」
「まぁ、裏切られたって言えばそうなんだが」
 裏切ったつもりじゃ、と口ごもるラティアの髪を撫で、彼はくすりと笑った。
「俺のような流れ者と違って色々と事情があるだろ? 仕方ないさ。それよりも今は……また会えて嬉しい。ただ、それだけなんだ」
「リギア」
 薄い水色の瞳を細めて、不安そうなラティアの淡緑の眼を覗き込む。
「俺の気持ちは変わっていない。もう、一年近く経ったけれど、今でも変わらずにおまえが好きなんだ」
 低く囁かれた、その言葉の意味を飲み込んだ途端。ラティアの頬が赤く染まった。嬉しそうに照れくさそうに、微笑んでリギアを見上げる。
「それとも。ラティアの中で、俺はもう過去になった?」
「そんな事、ない」
 慌てて首を横に振り、ラティアは彼の両腕を掴んだ。澄んだ瞳を大きく見開いて訴える。
「今も、あなたのこと、好きよ。会えて嬉しいのは私も一緒よ? 過去なんかに、なってないっ!」
 そこに一年前と変わらぬ少女の姿を見出して、リギアは眼を細めた。
 必死になって言葉を連ねるラティアは、昔と全く変わっていない。初めて会った日から。明らかに、恋とは違う憧れの眼差しで自分を見ていた日から。そして、互いに魅かれ合った頃から変わっていない。
 純粋で無垢すぎる瞳。あまりにも澄んでいて、壊すことの出来ない大切な人。
「リギア? どう、したの?」
 自分を見つめているようで、しかし何も見ていないような。彼の遠い瞳に気付いたのか、ラティアがそう訊いてくる。
 リギアは我に返り、曖昧な笑みを浮かべた。そっと頬に手をかけて、彼女と瞳をあわせる。
「何でもない」
 ラティアは小首を傾げて微笑んだ。

 不思議そうに彼を見上げる少女の額に、口付けが降りて来る。
 部屋の窓から二人を照らす光は、優しい真昼の太陽が放つもの。

 始まりは、暖かな秋の日。


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