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1.始まりを刻む時 ―2― [吹きゆく風と、沈む夢【完結】]

 瞼の向こう側で光が揺れている。
 ゆらゆらと実態のない場所を漂うような感覚を覚えながら、彼女はそう思った。同時に、ゆっくりと意識が覚醒していく。
 そっと瞳を開けると、見慣れない天井が目に入った。まだぼんやりとする頭で、「ここはどこだろう」と考える。
 考えているうちに、ようやく昨夜の事を思い出した。自身に掛けられている毛布を、跳ね除けるようにして飛び起きる。
 それと同時に、彼女は小さく悲鳴をあげた。
 何故かはわからないが、頭が痛い。金属の棒か何かで殴られたらこんな感じだろうか--。自分が置かれた状況を確認する事すら考えられず、彼女はその場に身体を丸めた。
「二日酔いってやつだな。大丈夫か?」
 不意に、背後から笑いを含んだ低い声がかけられる。
 反射的に声の聞こえた窓際へ眼を向けると、金色の光が眼に飛び込んだ。
 眩しいのと頭が痛いのとで眼を細くしている彼女に歩み寄り、声の主は大きな手の平で彼女の髪を撫でた。
「いい薬になったろ? あんな場所で、あんな奴らに勧められたもんを素直に飲むんじゃねぇよ」
「……」
 頭痛により遠のいていた不安が蘇る。しゅんとして俯く彼女の頭をぽんっと叩き、その男は小さく笑った。
「大丈夫だ。おまえが倒れた時点で俺がおまえを引き受けたから」
 何が大丈夫なんだろうか。理解できずに彼女は男を見上げ、まじまじと見つめる。
 長身の広い肩。その肩よりも少し長い、揃えられていない金色の髪。整った眉目に華を添える薄い水色の瞳が、優しく、そしてもどかしそうにこちらを見ている。
「あ……」
 怪訝そうに彼を見つめていた彼女の表情が、緩やかに綻んでいった。
「リギア」
 囁くように呼んだ彼女に、彼はわざとらしく溜め息をついてみせる。
「ひどいなぁ。一年会わなかっただけで忘れられちまうのか」
「ち、違うわよ。何だかね、あなたの雰囲気が、少し違くて。それに眩しくて、良く見えなくて」
 途切れがちに言い訳を呟いて、首を傾げながら彼女はそっと手を伸ばし男の頬に触れた。
「元気そうで安心したよ、ラティア」
 優しく微笑み、リギアと呼ばれた青年は、頬に触れている彼女の手を握りしめる。
「あなたも。リギア、気になっていたの。その……何も告げられなくて。とても」
 眼をあわそうとしないで謝罪の言葉を並べる彼女……ラティアの背に腕を回し、軽く抱きしめてから彼は朱色の丸薬を差し出した。
「飲むか? 少しは気分がすっきりするはずだ。水、なくても飲めるだろ?」
 小さく頷き、薬を受け取るラティアを横目に見ながら、彼は寝台の端に腰を下ろす。
「もう、二度と会えない。そう思っていた」
「そう、ね。……うん。私も、そう覚悟していたわ」
 俯いたまま、申し訳なさそうにラティアが呟いた。口許にわざと意地の悪い笑みを浮かべ、リギアは口を開く。
「急にいなくなったもんな。館に訪ねていっても『お嬢様は王都へお戻りになられました』って言われるだけだったし。あぁフられたんだなって思ったよ。それとも……おまえを恋人だと思っていたのは俺だけだったのか?」
 その言葉に、ラティアは頬を高潮させた。
「何よ! だって、あなた、いつ来てくれるのかわからなかったし。すぐに戻らなくてはならなかったの。それに……始めの頃、私のこと全然相手にしてくれなかったのは、あなたの方でしょうっ?」
 大きな声を出したせいで頭が痛む。その腹いせも兼ねて彼を睨み付ける。そんな彼女を呆れた様子で一瞥し、リギアは深く嘆息した。
「そりゃ、おまえ……。初めて会った時、俺十七で、おまえ九歳だろっ! それで興味持ってたら、俺、変態じゃないかよ」
「それは、まぁ、そうなんだけれど」
 バツが悪そうに口ごもるラティアを、睨むフリをしている彼はとても優しげな表情をしている。そんなリギアを申し訳なさそうに見やり、彼女は小声で呟いた。
「あのね、私、本当は婚約者がいたの。知っての通り幼い頃は身体が弱かったから、療養の為に田舎の別荘に住んでいたのだけれど、もう待てないからって呼び戻されちゃったの。身体の具合はずっと前に良くなっていたし」
 この国の一般的な女子の婚姻年齢は十五、六である。ラティアは今年で十九。適年齢をかなり行き越しているのだ。
「騙すつもりではなかったの、ごめんなさい」
 うな垂れるラティアの髪を撫ぜ、リギアは微笑んだ。
「大丈夫。婚約者は当然いるだろうと思ってたさ。大きな商家だって言ってたしな。ラティアが婚約者や将来のことまで考えていなかったのはわかってる」
 久しぶりに触れる彼女の黒髪が、手に馴染んで心地良い。懐かしい気持ちがこみ上げてきて、リギアは破顔した。
 そうしてから、我に返ったように肩を落とす。
「一年前に戻ったって事は、もう、結婚しちまったのか……」
「ううん。まだよ。今は正式な婚約期間で式は一年後。相手の家名は知っているけれど、お顔を見たこともないわ。でも、もういいの。もう、……みんな、どうでもいいの」
 不意に、彼女が濃い影を纏った。
 その様子は、彼の知っている過去の少女とはまるで異なっている。思わずリギアは唾を飲み込んだ。彼の強張った表情に気付いたのか、明るい瞳に戻ったラティアがからかうような笑みを浮かべる。
「リギアは? そんな年になるのに、まだ奥さんとかいないの?」
「いないよ。俺は流れ者だから、待っててくれるヤツなんていないんだ。……おまえもいなくなっちまったしな」
「うん。……ごめん」
 小さく謝って、彼女はリギアの顔を覗き込んだ。
「許されるならば、ずっとあなたの傍にいたかったの。一度もお会いしたことのない婚約者の許へ行くために、あなたと離れなければいけないなんて考えたくもなかった」
 声の調子を落として訴える姿は、見ているリギアの胸を締め付ける。瞳を細めたリギアにつられるように、ラティアも微笑んだ。


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