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天と大地と精霊と… 魔族編 ブログトップ

第1章 1.プロローグ [天と大地と精霊と… 魔族編]

 新緑がちらほら目につくようになってきた。
 さわやかな日の事である。
 平均寿命が六十五歳前後。平均婚姻年齢が十五歳前後であるこの大陸。
 『クシュア』に春が訪れようとしていた--。


 王立学院ハウゼート。
 クシュア大陸の東方に位置する王国、バルゼ国内において最も優れた学院とされている。この王国の士官になるためには、ハウゼート学院を卒院することが絶対条件である。
 そのために、国内でも選りすぐりの頭脳、剣や魔術の資質を持った者のみが入学を許可される。早い話が、エリートを集めた学院なのだ。
 年の始めの進級試験をストレートにパスすることが出来れば、卒院までは五年間。
 しかし、四、五学年への進級試験、加えて卒院試験にストレートで合格する者は皆無に等しかった。
 魔術科、剣術科、神学科、と三つに分けられた学科があり、どの科も等しく難解ではあるが、入院・卒院の双方共が特に難しいとされているのは魔術科である。

 その魔術科の五学年生であるイーシェン=ファウリス=アークライトは、深々と溜め息をついていた。
 艶やかな黒の長髪に、濃い紫の瞳の美少年だ。
 九歳の時に入院し、現在十四になる。進級試験を難なくこなし、学院始まって以来の秀才と噂される少年であった。
「こんなところに、いたくないなぁ」
 整った唇から漏れる言葉が表すように、イーシェンは好きでこの学院にいるわけではないのだ。幼い頃の彼の夢は、魔術師と称される人に魔術を教えてもらう事だった。
 こんな所に来たかったわけじゃない。
 ただ、侯爵である父が、勝手に入学の手はずを整えてしまっただけなのだ。類まれなる才能の持ち主として、学院から是非にと強く薦められたために。
 自らも子爵の位を授かっている少年は、その美貌を曇らせて歩む速度を落とした。
「イーシェンったら、また言ってる」
 左隣を歩む、同じ五学年の生徒であるノエルが苦笑した。彼女は庶民の出身で、今年で十七になる。いわゆる結婚適齢期を少しばかり行き越しているが、当人は勉学の方が大事なのだと気にも掛けていない。
「最近、大陸の外の人間、こないよなぁ」
 二人の会話を聞いているのかいないのか、イーシェンの右隣を歩く四学年の生徒ファダは、抱えている本を落とさないように気を払いながら全く違う話題を口にした。彼も庶民の出身で、今年で十八だ。
「仕方ないよ、ファダ。僕が他大陸の者だったら、こんなきな臭いところには近付かないと思うもの」
(いますぐ、出て行ってしまいたいくらいだ)
 イーシェンは心の中でそう付け足した。
 大陸に八つある国の中で、優位とされる国は三国。その三国の内、最も強国とされているのがバルゼ王国だ。
 しかし、最近になって残り二王国が同盟を結んでいる。
 バルゼ王国を攻めるためであろうか。そんな憶測も飛び交う中、最南の国ファルク王国では謀反の末に王家の血筋が途絶えたとの話も伝わっていた。
 今は、この大陸全体に不穏な空気がたちこめている。同盟を結んだセフトとラーヤに、いつ攻め込まれてもおかしくない。この状況には、バルゼ王国で暮らす一般市民ですら怯えているのだ。
「イーシェン君」
 背後から呼ばれて振り返ると、白髪の男がそこ立っていた。
 イーシェン達が歩いていたのは、学院の学び舎から寮までを結ぶ簡素な石造りの渡り廊下だ。男は、その途中にある教職員達にあてがわれた部屋へ向かう別の廊下から現れた。
 年の頃、五十前後。くたびれた様子の男だが、この学院の長である。
「私に、何か御用ですか?」
 表情を強張らせて、イーシェンはそう返事をした。
「話がある。応接室まで来てもらえるだろうか」
「応接室ですか? わかりました」
 嫌な予感がして、イーシェンは眉間を僅かに寄せる。それから諦めた様子でファダに荷物を預け、学院長と共に応接室に向かった。


 椅子をすすめられて腰掛けたものの、何故だか居心地が悪かった。
 来客の折に使われるこの応接室は、イーシェン達が日頃生活している寮や学び舎とは大きく赴きが異なっている。
 王族縁の使者達も訪れるためだろうか、壁際には高価な調度品が飾られていたし、絨毯も無駄と思えるほどに毛足が長い。
 壁に掛けられている絵画は、彼の趣味嗜好とは全く異なっていたが、それでも高価なものには違いなかった。
 自分が腰掛けた椅子も凝った彫刻が施された木製のもので、座る部分には手触りの良い布地が使用されている。彼と来客の男の間に置かれた四足の机はやはり木製で、椅子と同様の模様が彫刻されていた。
 窓の方に視線を馳せると、分厚い良質な朱色の布が明かりを遮るために用いられているのが見て取れる。布は窓の両脇に充分な余裕を持って結われ、今は窓からの暖かな日差しが室内を照らしていた。
 そっとと滅多に入ることのない部屋の様子を観察してから、イーシェンは正面に視線を定める。
 学院長の隣に座っている身なりの良い男は、何者なのだろう。三十前後に見える男で、眼光が異様に鋭く発する気が只者ではないと語っている。かなり、剣の腕がきれそうだ。
「イーシェン君」
 そんな事を思いながら男を見つめていると、学院長がにこやかに話しかけてきた。
 正直なところ、話をしたい気分ではなかったのだが、無視するわけにもいかない。学院長に目線を合わすと、彼は手に持った書類に視線を落としながら口を開いた。
「先日、提出してもらった、卒院後の進路希望調査についてだが」
 そう切り出されて、イーシェンはあからさまに顔をしかめた。「またか」という気持ちを隠しきれない。
「君は、腕のたつ魔術師の下で修行を積みたいそうだね」
「何度言われても同じです、学院長。私には王城に勤めるつもりは全くありません」
「しかしね。それでは、困るのだよ」
 学院長は、密やかにしかしわざとらしく眉を寄せて見せた。
「実はね、イーシェン君。こちらの方は、王城からおいでになった使者の方なんだ」
 イーシェンは黙したまま学院長の隣に座っている男に目線を戻す。こちらを見ずに目を伏せているため、その男の表情は計れなかった。
 城から来た使者。
 それが何を示しているのか、イーシェンは不意に悟った。
「無理です。私はまだ、学生の身です。何よりも未熟者で……」
 堰を切ったように言葉を並べようとするイーシェンを、学院長が冷たく遮る。
「君は当院創立以来の秀才だよ。我々よりも、遥かに優れている。はっきり言ってしまえば、君に教えることはもう何もない。先日の口頭試験も全て満点だったと聞いている。来年始めの卒院試験も首席で合格するだろうな。おまけに、君は未知数の力を有している。」
 イーシェンは、頭の中が真っ白になっていくのを感じていた。
 これ以上、人間と交わっていたくない。それが彼の望みだ。この学院を出たら、晴れて自由の身になれる約束だったのだ。
 無意識に彼は、椅子を蹴るようにして立ちあがっていた。
「嫌だ! 僕は……僕は、もう、これ以上は耐えられない! 人と離れて、静かに暮らしたいんだ! もう、嫌なんだ!」
 心の叫びを。そのまま口にするイーシェンに、使者が冷たい眼を向ける。
「イーシェン=ファウリス=アークライト子爵」
 そして、そう声をかけた。空気を震わすような、冷たい声だった。
 言葉を飲み込んでそちらを見ると、使者は羊皮紙を広げて見せている。
「これは、王よりの正式な召喚状。逆らう者は、反逆の意ありとみなされます」
「そんな、反逆なんて……。僕はただ、一人で静かに……」
 不満そうに言葉を返すイーシェンを、男は更に冷えた瞳で見つめた。
「イーシェン子爵。あなたの軽はずみな言動が、御身は勿論、御父上ザンディア侯爵にも害を及ぼすということを、お忘れなきよう」
 イーシェンは黙して、唇を噛みしめた。それ以上、彼は語るべき言葉を持たなかった。
 それを見た使者は満足げに頷いて、羊皮紙を差し出してくる。
≪我々とて、おまえのような魔物を城内へ入れたくはないのだ≫
 彼と手が触れたその瞬間に、イーシェンの中に相手の意識が流れ込んでくる。きつく手を握りしめ、イーシェンはそれに耐えた。


―明朝、城へ参上されたし―
 たったそれだけの言葉が、羊皮紙には記されていた。
 自室に戻ったイーシェンは、それを燃やしてしまいたい衝動にかられながら、机の上に羊皮紙を投げつける。
 簡素な木の机が二つに、二段になった木製の寝台。寮の二人部屋の内装はあくまでも質素だ。各々が持ち込んだ荷物は綺麗に整頓され、収まるべき場所に収められていた。
 同室であるファダは、今は居ない。何処へ行っているのかと頭の片隅で考えたが、今は一人になりたい気分だったので居ない事がありがたかった。
 壁に備え付けてある鏡の前に立ち、イーシェンはそこに映る己の姿を見つめた。その瞳に、次第に絶望のような諦めのような表情が混じってくる。
 紫の瞳。忌み嫌われる力。人の遺伝子の内に、突然現れる魔物の血。一様に紫の瞳をもつ魔族。
 人には考えられぬほどの絶大な魔力を有し、特殊な能力を持つ者も多く存在する。イーシェンの場合、それは頭脳であり、触れた相手の心を感じ取ることであった。
 そして、この大陸に住まう多くの魔族がそうであるように、瞳の色が紫であるという事実だけで云われのない差別を受けて来た。
 紫の瞳が、彼が当然得られるはずであった多くの幸福を奪っていったのだ。
「もう、嫌だ。人間の中で暮らしていくなんて。それも、王城だなんて」
 五学年生に進級した頃から、卒院後の進路について学院長を介して王城へ勤めるようにと再三言われて来た。けれども、父との約束はこの学院を卒院することのみであったはずだ。故に、イーシェンはその薦めを無下に断って来たのである。
 今回も、出来る事ならばそうしてしまいたかった。
 しかし、イーシェンは侯爵家の一人息子なのである。いずれ、アークライト侯爵家を継がなければならない。
 父がこの学院に、自分を入院させた本当の理由は知っている。差別に負けるなと、いずれ、他の貴族達と渡り合って行くために、確固たる実力をつけろということだ。
 確かにイーシェンは、既に皆に認められた存在ではある。けれども、それで差別が収まるかと言えば、それはまた別の話なのだ。
「嫌だ。いや、だ……」
 イーシェンは唇を震わせながら、そう呟いた。
 紫の瞳であることの引き換えのように与えられた美貌。そんなもの、いらなかった。そう、イーシェンは思う。
 何故なら、その美貌は人外のものであり、ある種の禍々しさを感じさせる。彼を、魔性の存在と見せる役割を強めているに過ぎないのだ。
「誰か」
 紫の瞳から、堪えきれぬ涙が零れ落ちた。
「僕を、助けて」
 風が吹いているわけではない室内のこと、彼の長い黒髪がふわりと揺れる。
(お願いだから)

――ボクを助けて――


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