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3.霧の谷 -5- [虹色の花、緋色の草]

 しん……と、冷え切った空気が流れていた。
 そこは、ケムンという名をもつ山の麓だ。ケムンは左手に。右手には山というには低すぎる丘がある。
 人々からは、『霧の谷』と呼ばれているその場所は、冬のこの時期により付く者もなく、ただ静かに時を刻んでいた。
「怖いくらい、静かなとこだね」
 ハインの手を借りて馬を降りたレフィアは、地を踏みしめる己の足音にすら戦慄を覚えるほどの、今までに経験したことのない静けさを感じている。
 静寂に耐え兼ねて吐き出された言葉すら、澄み渡る空気をひととき震わせただけで、遠くへ消えていった。吸い込まれるように――と、表現するのが正しいのかもしれない。
「まぁ、こんな時期にここを訪れる物好きもなかなかいないからな」
 馬の手綱を近くの木に結わえながら、ハインが無愛想に言った。
 アルフィラ王国は大陸の北側に位置するわりには暖かい国で、滅多に雪も降らない。けれども、森の中は街場とは違い冷え込んでいるのだ。街を出て来た旅服のままでは、いささか肌寒い。
 王都を抜け出してから、およそ一日。辺りは夕暮れをとっくに行き越し、夜闇に包まれようとしている。そんな時刻だから、なおのことだ。
 ハインは、己のマントを脱いで少女に被せた。神殿暮らしの長い彼女には、この寒さは堪えるだろうと思ったのだ。
 レフィアは微かにみじろぎしたが、それを拒絶はしなかった。微かな声で礼を呟き、ハインに頭を撫でられる。
 それに対しては抗議の声をあげながら、彼女はそっとハインの袖を掴んだ。
「なんか、まっくらで何も見えないよ?」
「大丈夫、ちゃんと灯りを用意してきてるから」
 そう言って、彼はランタンに火を灯した。彼自身は夜目が利くので、必要のないものではある。
 しかし、同行者であるレフィアは、何の訓練も受けていない神官なのだ。
「泊まるのは、もう少し下ったところにある小屋だ。風呂とかはないけれど、勘弁してくれな」
「そういうのは、先に言ってよ……」
 僅かに膨れながらレフィアはそれでもハインの袖を離さない。
「もっと、下るの?」
 聞きたくないことを聞くように、彼女が呟いた。
「いや、もう少しだけだ。谷底まではおりないから」
「そっか……」
 ハインにとっては、何度も行き来のある道だ。それゆえに、踏み出す足に迷いもない。しかし、レフィアにとっては始めてのこと。ランタンの灯りを頼りに、ハインに縋りながら歩くのだが、どうしても足がもつれる。
 それでも、その気丈な性格故か、照れくささからか「抱えてやろうか?」というハインの申し出は、無下もなく断った。
 そんなわけで、やっとの思いで小屋に辿り着いた頃には、彼女はすっかり体力を消耗することになった。

 ハインが焚いた火の傍で、乾き物の食事を摂り、少量の酒で身体を温める。思いのほか、疲れていたのか、レフィアはすぐにうとうとし始めた。
 話のひとつも出来ないのかと苦笑しながら、ハインは持って来た毛布を彼女にかけてやった。
 彼女はハインにマントを返し、いそいそと毛布にくるまってしまう。そして、ころりと横になった。
「ハイン。……ねぇ? 見せたいものって……なぁに?」
 半分は寝言のように、彼女が呟く。答えようとハインが口を開きかけるそのそばから、彼女は安らかな寝息をたて始めた。
 微笑ましいような想いでそんな姿を見詰めながら、彼は酒を煽る。

「疲れたのかな……」

 どれほどの時間が過ぎただろうか。
 ポツリと、彼が呟いた。
 火の爆ぜる音だけが響く中で、人の声はひどく異質に聞こえる。
「レフィア」

 ――何をおいても守ると誓うから。
 ――自分の傍にいてくれないか?

 その言葉を、何度、飲み込んで来ただろう。
 それを告げるには、少女の瞳が映す心があまりにもはりつめていた。
 彼女が、内に抱え込んでいる何か。それが、その言葉を阻んでいた。
 屈託のない笑顔の中に、時折、見せる昏い影。
 原因はわかっている。それが拭いようのないことだとも、わかっている。

『別に、いつ死んだってかまわない』
 出会った時に、彼女が囁いたその言葉。
 咄嗟に聞こえないふりををした言葉の裏側に、彼女の傷の深さを見た。
 心の奥で淀みきった、捌け口のない昏い感情を見た。

 ルメアが彼女を見つめながら時折見せる形容し難い表情は、きっとそのためだ。
 自分がレフィアの傍にいることを許されたのも、ルメアの希望なのだろう。
 その闇を拭えるのか。そう、言外に問われている気すらしていた。

「そんなのは俺の、一方的な思い違いかもしれないけれどな」
 口許に自嘲的な笑みをはりつかせ、彼は声にならない程微かな声でそう呟く。


 ……刻々と、夜が更けていく。


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3.霧の谷 -4- [虹色の花、緋色の草]

 夜明け前。
 大神殿の門から、黒毛の馬が駆け出した。
 騎上の人は、全身――頭部までを黒色のマントで覆い隠しており、いかにも人目を忍んでの出発と見えた。ハインとレフィアの二人である。
 ルメアに事情を話すと、彼女は二人の旅行を快諾した。それは拍子抜けをする程にあっけなく。
 しかし、レフィアは聖巫女になろうという人物である。通常であれば、そのような振る舞いは許されない。そこで、ルメアはレフィアを軽い病だと公表し、大事をとるためと称し面会の謝絶を命じたのである。
 出発は夜明け前に。神殿の見張りの交代の時間に、隙をついて脱出する。それを決めたのもルメアだ。
 その、過剰なまでに協力的な姿勢に、ハインは何か釈然としないものを感じたが、レフィアとの外出が許されたことのほうが重要であったので、あえて詮索はしなかった。
 少なくとも、ルメアがレフィアの敵にまわることはない。そうであるなら、自分がレフィアを守ろうとする以上はルメアも自分を悪いようにはしない。
 そんな確信もあった。

「なんだか、駆け落ちみたいだね」
 手綱を握るハインの前に座ったレフィアが、無邪気にそう呟いた。そして、身を捩ってハインの顔をのぞきこもうとする。
 彼女に他意はない。それは、もう充分すぎるほどわかっていた。
 けれども、胸が傷む。
 ハインは軽く目を伏せて、殊更に平静な口調で彼女に告げた。
「黙って大人しく乗ってろ。舌を噛む。しまいには……落ちるぞ」
 レフィアは不服そうに頬を膨らませたものの、黙って彼に従った。馬上はひどく揺れたし、落ちるのは怖かったからだ。
 ハインは小さくため息をつきながら、そんな彼女の背中を見つめた。
 残された時間は、あと僅かだ。
 聖巫女就任の儀。
 それまで。それまでに、彼女を、振り向かせねばならない。
 レフィアが聖巫女になってしまったならば。もう、今までのように彼女に接することは出来ないだろうから。いかにルメアの支持があろうとも、彼は一介の剣士にすぎず、聖職者でさえも滅多に会うことの叶わぬ人物に話し掛けることは愚か、会うことすら許されない。
 一生を捧げたいと、思った彼女だから--。
 彼女は、暗闇を彷徨うような彼の心にさした一条の光だから。
 だからこそ、何をおいてもこの腕の中にかき抱きたいのだ。この先の、未来を生きていくために、彼にとって必要な存在だから。
 けれども。
(どれだけの確率があるのだろう)
 そう、彼は思う。
 レフィアが、彼に好意を抱いていることは、もうわかっている。しかし、その好意がどれほどのものなのかはわからないのだ。
 聖巫女として生きる事を捨てて、神殿を追われることを受け入れてくれるか否か。それは、とても難しいことのように思えた。
 少なくとも、今のレフィアには……。
(ま、……やれるだけのことを、やるだけさ)
 あと、一ヶ月はあるんだ。そう、ハインは心に呟く。
 それで駄目だったら、どうしようかな。そんなことを、チラリと思った。
 思った端から、彼の唇がくっと歪んだ笑みを作り出す。

 決まっている。
 どんなことがあろうと、彼女を手に入れると決めたのだ。
 手に入らないならば、攫うまで--。


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3.霧の谷 -3- [虹色の花、緋色の草]

「いつもながら……」
 諦めにも似た嘆息を吐きながら、ハインは頬に落ちかかる薄茶の短髪をかきあげた。アルフィラ人の特徴である赤銅色の肌に、良く映える彼の濃青の瞳が呆れたような色を含んでいる。
「なんだって、あんたはたかが買物にこんな時間をかけるんだ」
「そんなにかかってないでしょ? それに何よ、たかが買い物って」
 頬を膨らませながら、レフィアはそう応じた。
 ブローチを買いたい。そう言って護衛であるハインを伴いこの市場にやってきてから、小一時間が経過している。
 この時間を短いと判断するか長いと判断するかは、人それぞれだろう。しかし、ハインにはハインの思惑があり、彼女が買物を済ませる時間が途方もなく長く感じられたのである。
 このところ、レフィアの私的な買物にハインがつきあうのは恒例の事となっていた。大勢の護衛が付き従うのを彼女は嫌がっていたし、ハインの腕の程が神殿の神官騎士に保証されたこともあって、遠出をするのでなければ護衛はハイン一人で構わない。という、いわばお墨付きをもらったのである。
「ごめんね、毎回付き合わせて。でも、ハインの他の護衛の人とじゃ、買物来てもおもしろくないしさ」
 その言葉はハインにとって、嬉しいものだ。緩みそうになる表情をひきしめて、なんてことのない表情を繕ってはいたが。
「いいけどね。どうせ、俺も暇だからさ。エダールが、しばらくこっちには来るなって言ってるもんでな」
「え? どうして?」
「そりゃぁ、やっぱりな。神殿に部屋まで与えてもらっている俺が、盗賊団のアジトから通っているのはまずいだろうし。それに、おまえを狙っている奴らに、俺の素性がわれたりしたらやばいだろう?」
「まぁ、そうだけれど。でも、ハインは寂しくないの?」
 真剣に問われて、ハインは苦笑した。
「あのな……。ガキじゃあるまいし。おうちが恋しい年でもねぇよ」
「うぅ。そういう意味で言ったんじゃないもん」
 頬に思い切り膨らませて、レフィアが唸る。「じゃあ、どういう意味だよ」と言ってやりたい言葉を飲み込んで、ハインは眼を細めてみせた。
「馬鹿にしてる?」
 それをどう解釈したのか、少女は益々頬を膨らませている。
「破裂するぞ、そのうち」
 そう、冷たく言ってから、ハインは軽く彼女の髪を撫ぜた。
「なによぅ」
 完全に拗ねきった様子でレフィアが呟く。
「それよりも、今日はレフィアに頼みがあってな」
「頼み?」
 完全に想定していなかった彼の言葉に、レフィアは目を見開いて首を傾げてみせた。
「なぁに?」
「ん。二,三日でいいんだけれど、俺につきあってくれないか? 見せたいものがあるんだ。幸い、儀式も一段落しているし、後、一週間程は、神殿の予定は何もないだろ?」
「うん。ないけれど」
 レフィアは思案顔になって、俯いた。
「二,三日って、遠いところにあるの?」
「まぁ、そこそこ。ケムンって山があるだろ。そこの近くに、小さな丘があってさ。ケムンと挟まれた場所を『霧の谷』って呼んでいるんだ。目的地は、そこ。馬を借りて行くつもりだから、二,三日」
「わたし、馬なんて乗れないよ?」
「心配すんな。俺が、乗っけてやるさ」
 穏やかに笑っているハインを上目遣いで見つめながら、レフィアは小さく唸っている。
「行ってみたい気もするんだけれど、神殿がいいって言わないよ。こうやって、買物にくるくらいならば、いいって話になっているけれどさ。流石に、何日かっていったら、絶対に駄目って言われるよ」
「知ったこっちゃないって。ルメアさんにだけ断って、ルメアさんにだけ許可してもらえば大丈夫だろ。いざとなったら、攫ってくから。俺は、レフィア自身が行きたいのか行きたくないのか知りたい」
「だから、行ってみたい気もするって。でも、見せたいものって何なの?」
「それは、見てのお楽しみだな。実際、口じゃうまく言えないんだ。でも、レフィアに見せたい。見て欲しい」
 そう言うハインの瞳は、かつてない程に真剣で。レフィアは思わず息を止める。
「…………」
 吸い込まれてしまいそうだと、心の片隅で思った。更に、ハインが見せたいと言うものを、自分の眼で見てみたい、と。
「行ってみたい」
 思わずそう答えてしまってから、レフィアは両手でばっと己の唇を押さえた。
「うわ、あのね、でも、ルメアおばさんが、いいって言ったらだよ!」
 慌てたようにつけたすと、ハインはにやりと笑ってみせる。
「いいって、言うさ。それよりも、あれだ。泊りがけで出かけるのいいって言ったんだから……俺の女になるってのも、承知したってことか?」
 言われている意味が理解できずに、レフィアはしばし黙り込んだ。それから頬を真っ赤に染めて、ハインを睨み付ける。
「そういうこと言うなら、行かないから」
 ふいっと反らした彼女の顔をのぞき込み、彼は苦笑した。
「冗談に決まってるだろ」
「だったら、いいけど」
 実際は半々で吐き出された言葉だったが、それは胸にしまっておくことにする。
 すぐさま尖らせた瞳を和らげて屈託のない笑顔になるレフィアを、ハインは形容し難い表情で見つめていた。


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3.霧の谷 -2- [虹色の花、緋色の草]

「何かね、気持ちが落ちつかないの。傍にいたりすると、ざわざわする感じ」
 ハインについて彼女がそう語った時、思わずルメアは相好を崩してしまった。そして、我に返った後、怪訝そうに自分をうかがう少女に曖昧な笑みを返す。
「どうしちゃったんだろ、わたし」
 ぼんやりと吐き出された言葉を、きかなかった事にして何も答えず、ルメアは黒眼を細めた。彼女の発言は、決して聖巫女として望ましいものではなかったけれども、ルメアにとっては望ましい言葉だったのである。
「傍にいて欲しくないのかしら?」
 わざと、そう訊いてみる。少女はルメアの思った通りに、大きく首を横に振った。
「ううん。どっちかっていうと、傍にいて欲しいって思うよ」
 これといって仕事のない、緩やかに過ぎる午後のひととき。
 レフィアは高司祭ルメアの私室を訪れて、紅茶を振る舞われていた。お茶菓子として共に出された焼き菓子は、香ばしくて微かに甘みのあるレフィアの大好きなものだ。その焼き菓子をかじりながら、レフィアは溜め息をついた。
 窓から差し込む日の光は、冬だとは思えない程に明るく暖かい。そんな光に手をかざしてみても、もやもやした心はどこまでも晴れないままだ。
「ハインは、何か不思議な人なの。傍にいると、何だかほっとするんだ」
 盗賊なのにね。と、レフィアは心の中だけでつけたした。
 そんな思いが、口元に悪戯っぽい笑みとなって現れている。小悪魔のようなその微笑に、ルメアは苦く笑った。
「何を考えていたの?」
「ん? 別に、なんにも」
 自身の、そんな悪戯な表情には気付かないまま、悪びれずにレフィアが答える。
「彼といる時のあなたは、とても楽しそうよ」
「うん。楽しいよ。ルメアおばさんといる時、神殿のみんなといる時。楽しい。ハインといる時も、そんな感じ。何だろう。わたしのこと、わたしとしてみてくれる人といるのは、とっても楽しいことだから」
 ルメアは、ふと胸が痛むのを感じた。
 幸せそうなレフィア。けれども、彼女はきっとその胸に宿った想いが何であるのか気付いていないのだ。
 その感情が芽生えてくれる事を、ルメアは心待ちにしていた。けれども、既に手後れなのだ。ほんの少し、遅かった。
 レフィアが、その想いを強くもつほどに、彼女は心を痛めることになってしまう。
 還俗を許されず、その一生を神に捧げる『聖巫女』。
 彼女が誰かと想いを遂げる事はあってはならない。レフィアの想いは叶わないのだ。たとえ、お互いに想い合っていたとしても。
 だから、願わずにはいられない。淡すぎる想いのまま、彼女がその心に気付かないでいてくれることを。
 しかし、同時に望んでしまうのだ。彼女が添い遂げられればいいと。
 矛盾以外の何ものでもないその二つの思いが、ルメアの胸を締め付ける。
「ルメアおばさん?」
 己の思考の中に沈んでいたのだろう。戸惑うような声に呼びかけられて、はっと顔をあげると、大きく瞳を見開いたレフィアが顔を近づけていた。
「なんでもないわ」
 穏やかにそう答え、彼女は笑顔を繕った。
 最近のレフィアは、歳相応な表情を浮かべていることが多くなった。それだけで、充分とも言えるのではないだろうか。そんなことを、思いながら。
「レフィア。……今、あなたは幸せ?」
 ふと、そんな言葉が零れ落ちた。少女の瞳を見つめながら、ルメアは答えを待つ。
「うん」
 頷きながら、何故かレフィアは涙を堪えるように忙しなく瞬いた。そして、ルメアの首にきつくしがみついて、俯いてしまう。
「すごく、しあわせ……」


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3.霧の谷 -1- [虹色の花、緋色の草]

 盗賊団のアジトからレフィアを神殿に送り届けたハインは、流れの用心棒を騙った。
 前の主人との契約を果たし職を探し王都へ向かう途中、ならず者達に担がれているレフィアをみかけた。気にかかったものの、軽い気持ちでその一行を行き越して街道を進んで行くと、先程担がれていた少女の護衛かと思しき者達が地面にのされていた。
 これはと思ったハインは慌てて道を引き返し、ならず者達の隙をついてレフィアを助け出した。
 そして、レフィアの意識が戻るのを待ち、神殿に送り届けた。そんな筋書きである。

 勿論、ハインに胡散臭そうな目線を向ける者も少なくはなかったが、レフィアが懐いているからという理由でルメアは彼を歓迎した。
 そして彼の望むまま、ハインを特別に『聖巫女』就任までの間レフィアの護衛としたのである。
 レフィアを攫われてしまったという事実と、ハインが犯人の顔を見ているという事実。そして、ルメアが大神殿の中で発言権の高い高司祭であるという事から、表立ってそれに反意を唱える者はいなかった。
 しかし、ハインに対してあからさまに嫌悪を現す者や、疑いの眼差しを向ける者。疎んじる者も、当然いた。
 厭味などは言われない日がないほどであったが、ハインはそれら全てを聞き流していた。決して暖かい環境とは言えなかったが、彼の持ち前の明るい(軽いとも言える)性格のおかげか否か、神殿にやってきてたいした間も置かず、彼はその場に受け入れられ始めていたのである。


 そろそろ、一月も終わりに近づこうとしていた。寒さはこれからいっそうの強まりを見せ始める。
 レフィアは三月上旬に控えた儀式の準備や、就任の為に自らが受けねばならない儀式の為に、王都を中心としてアルフィラ国内を飛び回るような生活をしていた。
 その傍らには聖職者のみが踏み入れることの出来る聖域を除いて、いつもハインが付き添っている。

 フェン湖のほとりに存在する王都の、ちょうど湖を挟んだ位置にある中規模の街ルイガ。
 現在、レフィアは護衛数人と共にそこに滞在している。明日にはルイガで執り行われている儀式も終わり、ようやく王都に帰れるのだ。
 ここしばらく、まともに自室で休む日がなかったため、レフィアにはそれが待ち遠しくて仕方ない。二月に入れば大神殿での儀式が中心になるので、これほどに外出が続く事はもうないはずなのだ。
「あぁ~やっと終わる~」
 宿として提供されたルイガの神殿の一室で、レフィアは長々と嘆息しテーブルの上に上体を投げ出していた。
 それを傍らで見守りつつ、ハインが微苦笑する。
「行儀悪いぞ、聖巫女様」
 そして、ややからかうような口調でそう言った。
「だってさぁ」
 椅子に浅く腰かけて、上半身全ての体重を小さな木製の机に預けた格好のままで、器用に顔だけを横向ける。
「疲れたよぅ。もう、たくさん」
 視線だけでハインを見やり、彼女はもう一度大きく嘆息した。
「お前が望んだことだろうに。言っておくが、一生これが続くんだぜ? お前の選んだ道は」
「そうなんだけれどさぁ。でも、聖巫女になってしまえば、大神殿から離れることは滅多にないもの。大神殿にいるんなら、わたしは平気なんだ。他の場所に行った時の、みんなの眼とか何か疲れる」
「…………」
『魔族の両親から産まれた人間の娘』
 彼女には、その称号が否応無しについてまわるのだ。まるで、見えない烙印のように。
 何とも言いようがなく、ハインは沈黙した。この所、レフィアから愚痴めいた言葉を投げかけられる事が増えている。それは、彼女に自覚がなくとも、自分に心をゆるし始めている証拠のように思えて、彼には心地良いことに感じられた。
 けれど、レフィアの心はとても遠い。
 身体は隣りにあっても、その心はどこかとても遠くにあるように思える。
「まぁ、明日には王都に戻れるんだし」
 元気づけるように、ハインは彼女の肩を軽く叩いた。
「うん。明日、船、乗っけてくれるってね~。ちょっと楽しみなんだ」
 王都からルイガまでの往路は、他の町に用事もあったため、ぐるりと陸路を来た。復路は二月の始めに行われる祭礼にレフィアが参列することもあり、フェン湖を船で渡ることになっている。
「私ね、船に乗るのって初めてなんだ」
 両手を机につっぱって上体を起こしながら、レフィアは満面の笑みを彼に向けた。
「だから、凄く楽しみ」
「船っていったって、小さなもんじゃないか。海を渡るようなもんじゃなし」
 無愛想にそう返すと、彼女は不服そうに頬を膨らます。
「何よぅ、夢がないわね。っていうか、ハインは乗った事あるの? 船」
「そうだな、明日乗る予定になっているほどの大きな船には乗った事ないな。ちょっとした川の渡りに使うような小さな舟になら、あるけれど」
「じゃぁ……わくわくしたりしないの?」
 真っ直ぐに見詰められて、ハインは戸惑った。どうでも良いような事を、この少女は真剣になって訊いてくるのだ。
「ねぇ、ハインったら」
「少しはするけれどな。どんな感じだろうって思ったりもするけれどな。そんなはしゃぐほどには思わないよ」
 己を見つめる澄んだ水色の瞳に敗北して、彼はそう答えた。飾り気のない、本心だ。
「素直じゃないなぁ」
 レフィアはふわりと相好を崩して微笑んだ。その無防備な笑顔に、ハインは思わず視線を反らす。
「なぁに?」
 ふいっと横を向かれて、レフィアは怪訝そうに首を傾げた。
「いや。明日の儀式って早いんだろう?」
「うん。日の出前だよ」
「じゃぁ、もう、今日は休めよな。俺はもう、でてくからさ」
 ぽん、と彼女の頭に手を乗せて、ハインは立ち上がる。そして、木製の扉に向かって大股で歩いた。
「ハイン」
 自らも立ち上がり、ハインの後を追うようにしてレフィアも扉に歩み寄る。
「ん?」
 扉に手をかけたところで、ハインはゆっくりと振りかえった。
「おやすみなさい」
 彼の服の袖口に、そっと指先だけを触れながらレフィアが呟く。ハインは微かに目元だけで笑み、小さく頷いて見せた。
「おやすみ。ゆっくり休めよ」
 やがて扉が閉じられて、ハインの足音が遠ざかって行く。
「ハイン……」
 レフィアは閉ざされた扉に額を押し付け、我知らず消え入りそうな声で彼の名を呟いていた。


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2.破片 -6- [虹色の花、緋色の草]

「変わってるよね」
 雪の積もる山肌を歩きながら、レフィアはぽつりと呟いた。少し前を歩くハインが、怪訝そうに足を止めて振り返る。
「あ?」
 つられたように足を止めて、彼女は小さくひとつ溜め息をついた。
「あなたも、エダールも変わってるよねって」
「あぁ……。そうでもないとは思うんだがなぁ。俺達は結局どこかはみだし者だからな」
「ううぅぅんっ」
 どこか投げやりに吐き出された言葉に、レフィアは慌てて首を振って見せる。
「そうじゃなくて、そうじゃなくって……。珍しいから。魔族を特別視しない人って。擁護派の人でもさ、何となく恐ろしがってたり、自分に何か利益をもたらしてもらおうってみえみえだったり。あなた達からは、そういう感じがしないなぁって思ったの。それで、変わってるなぁって」
「なるほどね」
 喉の奥で、少しだけ笑って見せて、ハインは空を仰ぎ見た。
「俺達は、そんなん期待してるわけじゃないからな。言ったろ? 仲間内に魔族が多いってさ」
「うーん。そういえば、聞いた」
 彼の視線を追うように、レフィアも空を見上げる。
「けどさぁ、ハインもエダールも、素敵な人だって思ったよ。きっと、盗賊団の他の人もそうなんだろうね」
 そういって微笑むレフィアの頭に手をおいて、彼は眼を細めた。
「惚れた?」
「ん~ん。まさかぁ」
 さりげなくその手を払いのけ、彼女は笑う。けれども、一瞬だけ真剣な色をその瞳に覗かせた。
「でも、好きだと思うよ。ハインのこと」
 そう、言われて、ハインの頬が僅かに緩む。
「だったら、試しに俺のものになってみろって。……本気なんだぜ?」
「って言ってもさぁ。わたし、二ヶ月後には『聖巫女』になっちゃうんだよ?」
 現実を突きつけてみるが、ハインは一向に気に留める様子もなくへらへらと笑っている。
「気にすんなよ~。いざとなったら攫ってくからさ」
「思いっきり気にするわよ」
 呆れ果てて、レフィアは声の調子をおとした。ぶすっとして、力いっぱい雪を踏み固めながら歩き出す少女の後ろ姿にむかって、ハインは小さな声で語り掛ける。
「俺は本気だよ」
 誰に聞かせるわけでもなく吐き出された言葉は、辺りを覆う白に吸い込まれて溶けていった。
 彼の表情に笑みはなく、恐ろしいほどにその瞳は真っ直ぐだ。
「ハイーン、何してるのよ!」
 視線の先の少女が勢い良く振り返った。その瞬間に、彼の口元には元通りの笑みがはりつく。
「あぁ。……あんまり急いでいるから、こけねぇかなと思ってな」
 そんな風に、軽口を叩きながら、ハインは歩き出した。


 手に入れたい。
 これから先、ずっと俺の隣にいて欲しい。他の誰でもなく、おまえに。


 頬を膨らませて「ひどーいっ」と抗議する少女に、更なる軽口を投げかけながら。彼は心の中でそう呟いた。


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2.破片 -5- [虹色の花、緋色の草]

 辺りがシン……と静まり返った。
 レフィアは居心地悪く身じろぎする。
(もしかしたら、この盗賊団は魔族蔑視の過激集団なのかもしれない)
 そんな事を思った。
 それほどまでに、異様な静けさだった。
「この状況で何の反応もなく放っとかれるのは、ちょっと、怖いんだけどなぁ?」
 我知らず小声になりながら、彼女は上目遣いにちらりとハインをみやった。
 言いながら少しも怯えた様子に見えないレフィアに、苦笑を含んだ笑みを返してから、彼はエダールに視線を向ける。
「だって、よ」
 黙ってないでなんとか言ってやれ。その視線にそう促されて、エダールは濃茶色の瞳を和ませレフィアに向けた。
「ああ。誤解しないでくれ。俺達は別に……魔族蔑視の集団とか、そういうんじゃないから」
「なんだ」
 ほっと息をついて、レフィアは肩の力を抜く。
「てっきりそうなのかと、思った。だって、なんか……怖いくらい、だったよ」
「少し、驚いたんだよ。そんなにあっさり答えるとは思ってなかったし、それに、魔族の気配がしないからな、あんた」
「どうせ、わたしが産まれたスラムに行けばわかることだし。隠しても仕方ないじゃない? それに、わたしは彼らの子供であることを、恥じているわけじゃないもの」
 そう言って胸を張る少女の横顔を、美しいとハインは思う。生来与えられた容貌だけではない。内面から滲み出る、何かがそう思わせるのだ。
「それと。さっき、ハインも同じようなこといってた。魔族は、魔族の気配を感じる……だったっけ? 何のことなの? わたし自身が魔族だとか、そう思ってる?」
「いや、それはない」
 両手を大きく動かして、エダールはそれを否定した。
「ただ、微塵も力を受け継いではいないんだな、と思っただけだよ」
「確かに、わたしには魔術の才能とかもないけれど。でも、わたしの両親だってね、何の力もなかったの。ただ……凄く、すごく、二人とも綺麗だった。紫の瞳だった。ただそれだけだよ。他には、何も……」
 優れたその容貌。ただ、それだけ。
 せめて、魔術が使えたならば……今は変わっていたのかもしれない。そんな想いが胸中をかすめ、胸が傷んで涙が零れそうになる。
 レフィアはくっと頬に力を入れて、それを堪えた。当人は何でもない表情を繕っているつもりだが、他人が見ればその様子が余計に切なさを感じさせる。
 ハインは思わず手を伸ばして、少女の頭を軽くぽんぽんと叩いた。
「なぁ、早く、済ましてやれよ」
 そして、エダールを促す。
「おまえ、本当にその娘に、惚れたのか?」
 別にからかうつもりでもなく、彼は訊いた。ハインは声には出さず、ただ肯いてみせる。
「そうなのか。では、質問の続きだ。大丈夫か? レフィア」
「何よ?」
 頭の上にあるハインの手を払い除けながら、彼女は小さく首を傾げた。
「おまえは、魔族を仲間と思えるか?」
「……は?」
 意図の掴めぬ問いに、彼女はあからさまに眉を顰めて見せる。
「あぁ……言い方が悪かったかな」
 エダールは、僅かに瞳を細めて少女に顔を近づけた。
「おまえは、魔族をどう思っているんだ?」
「別に……」
 戸惑ったように首を傾げ、レフィアは言葉を探す。
「どうも、思ってないよ……?」
 そして、迷った末に、正直な気持ちをそのまま言葉にした。
「魔族でも人間でも、一緒だよ。好きな人のことは好きだし、嫌いな人は嫌いだもん。魔族だからって無条件に庇ったりもしないけれど、人間だからって優遇するものしない。みんな、同じだよ」
「へぇ……」
 軽く眼を見開いてみせて、エダールはハインに笑いかける。
「なるほどな」
 まっすぐに自分を見詰めてくる水色の瞳には曇りがなく、ハインが彼女に魅かれたわけもわかる気がした。
 けれども--。
(想いは、報われないぞ? ハイン。彼女は、聖巫女になる娘なんだから……)
 そんなことを思う。それを彼に言ったならば、報われずとも良いのだと、あっさり答えが返ってくるだろう。
 ハインはそう言う人間だった。
「ねぇ……それで、何なのよ」
 しびれを切らせて、棘を含んだ調子でレフィアが問う。あぁ、悪かったな……と、全く悪びれずに答え、エダールはにやりと笑って見せた。
「まず、乱暴な真似をして悪かったな。どうしても、確かめたいことがあったんでな」
 拉致してきた非礼を形だけ詫びてから、彼はその場にいる者達を見回す。皆、一様に無言だったが、小さく彼に頷き返していた。
「おまえを攫ってきて欲しいという依頼は、蹴ることにする」
「なんですって?」
「依頼してきた奴等はなぁ、まぁ、いわゆる魔族蔑視の団体でな。おまえが『聖巫女』に就任することを快く思っていない連中なんだ。両親が魔族のおまえが、神殿の中枢に入り込む……それを恐れているんだ。もしも、おまえが魔族に有利な法を提案でもしたら、彼らは大変困ることになるからな」
「…………」
「そして、俺達に依頼があった。聖巫女を攫って欲しいと。自分達の手に引き渡して欲しいと。一応その依頼は保留にしてある。あんたに、会って、あんたの考えを知りたかったんだ。もしも、あんたが、ほかの人間と同じように、魔族蔑視の心を持つなら、引き渡そうと思った。それから……あまりにも、魔族に偏りすぎた視野の持ち主でも」
 エダールが一旦、口を閉ざす。
 不思議そうに首を傾けたレフィアに、ハインが説明を補った。
「どちらかを優遇するような人物に、象徴的なものとはいえ、国の中枢にはいりこんで欲しくなかったんだ。特に、聖巫女なんていう、誰しもが傅くような地位に」
 それでもなお、彼女の怪訝そうな表情は崩れない。しばらく視線を彷徨わせてから、レフィアは盗賊の頭目に視線を固定した。
「それで、あなた達の目的ってなんなの?」
「あぁ……」
 ハインとエダールは眼を見合わせて、微苦笑する。
「俺達の盗賊団には、魔族が多くてな。みんな、何をしたわけではないのに、世間からはじかれた者や、捨てられた者ばかりさ。だから、そんな理不尽をなくしたいと思っていた。ただの一盗賊団が、何を出来る……そう思うだろう? けれど、何もしないよりはましだとおもわないか? レフィア」
 そう言って、己を見つめてくるハインの濃青の瞳が、射るように強くて。
 レフィアは思わず息をのんだ。それから、ややあって、間の抜けた返事を返す。
「う、ん。……えっと、でもさぁ、どぅして、わたしが魔族に偏っていても駄目だったの?」
「あぁ……だって、それじゃ、駄目だろ」
 再び、二人は眼を合わせて苦笑した。
「人間が優遇されても、魔族が優遇されても、いけないんだよ。同じじゃなきゃ意味がないんだ。思わないか? 同じ命を持つ者なのに、どちらかが優れていてどちらかが劣っているなんてことあるはずないだろ?」
「うん、それは、わたしも思ってるよ」
「だからだよ。俺達は魔族優位の世界を築きたいんじゃない。あくまでも、両者がうまく共存できる世界が、望みなんだ。だから、聖巫女となる人物の--レフィアの気持ちを確かめたかった。何かと、曰く付きの娘だったしな」
 曰く付き。
 それが何を指す言葉なのか、嫌でも分かってしまってレフィアは苦く笑う。
 魔族の両親から産まれた娘。魔族であるが故に殺された両親。魔族でないが故に生命ばかりは奪われなかった娘。人間から受けた手酷い虐待。
 さぞかし、人間を怨んでいるに違いない。きっと、誰しもがそう思う。
「あのね」
 口元の苦笑いを消して、彼女はエダールとハインを交互に見つめた。
「わたし、別に人間を憎んではいないよ。辛かったこともたくさんあって、それは許せないって思ってる。けど、わたしを救ってくれたルメアおばさんや、受け入れてくれた神殿の人達には感謝しているもの。彼女達は人間でしょ? 魔族だとか人間だとか、そういう垣根はなしで、好きな人は好きよ。嫌いな人は嫌い。だから、誤解しないで欲しいの。別に、人間に対する復讐とかそんなの考えてないよ。多分、わたしのこと知ってる人が案じているのは、そういう事でしょう?」
 何故だか彼らには知っていて欲しくて、レフィアは想いを言葉に紡ぐ。ハインがふっ……と微笑して、少女の頭を軽く撫ぜた。
「あぁ、わかっているよ。それとな、皆が案じているのはそれだけじゃない。今まで、魔族を憂さ晴らしの道具のように扱っていた人間共は、法が強化されてしまうことを恐れている」
「それは、わたしが聖巫女にならなくても……。今までだって、神殿は魔族擁護の立場をとってきたし」
「けれど、これといった効果は見られなかったろ」
「うん……確かにね」
 溜め息とともに俯くレフィアの肩に手を置いて、ハインは微苦笑する。
「おい、エダール。そのくらいにしとけ。依頼を蹴ることにするなら、そろそろ帰さないとまずいだろうし」
「あぁ、そうだな。レフィア、すまなかったな、責めているわけじゃないんだ。ただ、あんたが聖巫女になることで、不都合が生じる人間もいる。様々な思惑もある。そんなことが、言いたかった。俺達はあんたに期待してるしな」
 沈んだ表情で途中までを聞いていた彼女だが、最後の一言にぱっと表情が明るくなった。
「うん。ありがとう。聖巫女なんて本当はただの飾り物だから……何が出来るかなんてわからないんだけれど。でも、精一杯やるよ。みんなが、同じ権利を持って暮らして行けるように」
 ぐっと両手を握り締めて言い切る少女に、笑顔を向けてからエダールは何かを考えるように眉をよせる。
「俺達は依頼をけるが、もしかしたら、別の奴等があんたにちょっかいかけるかもな。一応、神殿の奴にもそういう動きがあるってことを、知らせておいた方がいいだろう。ハイン。彼女を送りがてら、そう伝えておいてくれるか?」
 ハインは声には出さずに、軽く頷いて見せた。
「もし俺達の方でそういう情報が掴めたら、すぐに神殿に知らせるからな。……俺達の全力をもって、あんたを支えてやるよ」
 エダールは戸惑ったように瞬きするレフィアに視線を向ける。そして、不敵な笑みを浮かべながら、力強くそう言い切った。


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2.破片 -4- [虹色の花、緋色の草]

「ようこそ、と言っておこうかな」
 どことなく、人をからかっているかのような口調で、その男は言った。当然のことながら、レフィアはむかっとして眉をしかめる。
 それでも、彼女が男にくってかからなかったのは、彼の周りを固めている見るからに手強そうな集団のせいだった。
「そんなに怯えることはないんだよ。お嬢さん」
 あくまでも人をくったような笑顔で、彼はそう言葉を続ける。
「別に、怯えてたりするわけじゃないわよ」
 面白くなさそうに、レフィアは呟いた。ちょっと、気圧されただけ。それだけだ。
 それから、この人はハインに似ている……と思う。容姿や声は全く違うけれど、どことなく、似通った雰囲気があるのだ。
「んで、どうするんだ?」
 彼は濃茶色の瞳を笑みの形にして、レフィアの背後に視線を向けた。
「あぁん? 俺に聞くなよ、そんなこと」
 ハインは大袈裟な身振りで肩を竦めてみせる。濃青の瞳が、底光りするようで、振り向いていたレフィアは慌てて前を向いた。
「ああ。その前にな、レフィア。こいつが、さっき話した頭目だ」
「あー。……なるほどねぇっ」
 聞いた瞬間に思わずもれたような、緊張感の欠如した彼女の感想に、その場に居合わせた者達はあっけにとられて言葉を失う。
「なるほど、って、なんだよ」
 怪訝そうに訊いてくるハインに、何故か勝ち誇ったような笑みを向けながら、彼女は根拠を述べてみせた。
「だって、似てるんだもの。あんた達。さっき、言ってたじゃない? 兄弟みたいに育ったんだって」
 筋肉質なわけではないが、がっしりとした体格で、美丈夫といって何ら問題のないハイン。対して、頭目と言われた男は、ごく平均的な容貌に痩せ気味で、男性としては少々筋肉が足りないように思える。顔の表情も、二人それぞれに異なり、共通するところを見出そうとする方が難しいのだ。
 それなのに、どことなく似通ったものを感じたのだ。不思議に思ったのだが、兄弟同然に育った仲なのであれば、納得できる。
「へぇ……」
 いつの間にか、レフィアに向けられる頭目のからかうような視線が、値踏みするような視線に変わっていた。
「なんか、感じ悪いよ。人のこと、じろじろ見ないで」
 眉をしかめて、レフィアが吐き捨てる。すると、彼は身体を仰け反らせてからからと笑い出した。当然ながら、レフィアは面白くない。
「いや……悪い、悪い。あんたが、あんまり変わってるんでな」
 笑い過ぎて目尻に滲んだ涙を指先で払いつつ、彼は二、三度咳こんだ。そして、勢い良く立ち上がり少女の前に歩み出る。
「俺はエダールだ。よろしくな、『聖巫女』レフィア様」
 握手を求めて、右手を差し出したエダールに、レフィアは冷たい一瞥を向けた。
「わたし、まだ聖巫女じゃないわ。早く帰して欲しいの。こう見えても、暇じゃないのよ」
 エダールは困惑の表情で幼馴染みのほうに、視線を向ける。
「度胸がいいのかい? それとも、状況がわかってないのかい? ……もしくは、ただの馬鹿か?」
「何よ、馬鹿って!」
 声を荒げる彼女を無視して、ハインが答えた。
「馬鹿ではないと思うんだが、状況はいまひとつわかってなさそうだな。そうだな、度胸は、いいと思うぜ」
 何かを企むように、唇の左端だけをあげてエダールが笑う。
「度胸がいいのは肝心なことだよな」
「別に、盗賊やるわけじゃないから、あんまり関係ないだろ」
「まぁ、それもそうか」
 和やかに会話が進み、ひとり取り残されて苛々がつのるレフィアに、かなりの間があってから頭目の視線が戻された。
「それで、な。お嬢さん」
「その呼び方、やめて」
「じゃぁ、聖巫女様」
「まだ、なってないっていってるでしょ」
「……レフィア様?」
「普通に、ただ、レフィアって呼んでくれればいいわよ」
 呆れたように言い放つレフィアに、周囲の者達は好奇の目を向ける。
 この少女と話していると、自分の感覚を乱される。そんなことを思いながら、エダールは言葉を続けた。
「じゃぁ、レフィア。単刀直入に訊くがな、おまえが『魔族の両親から産まれた人間の子供だ』という噂は本当なのか?」
 ハインは苦笑しながらレフィアの表情を見守る。先程、自分が同じ質問をした時に彼女が見せた、あの凍てつくような瞳を思い起こしながら。
 しかし、意外にも彼女は表情を変えず、大きく溜め息をついてみせた。
「まぁた、それなの? さっき、ハインにもきかれたわよ。変なことを、大切なことのようにききたがるのね、あなた達。これで、『俺の女になれ』なんて、あんたまで言ったら笑うか--」
「レフィアっ!」
 慌てたようにハインが手を伸ばす。そして、彼女の言葉を遮ろうとして手の平で口をふさいだ。
「おまえ、そんなこと、言ったのか?」
 肝心な言葉は吐き出されてしまった後で、微笑とも苦笑ともつかぬ表情のエダールが呟く。
「あはは……」
 あからさまに笑ってごまかすハインを軽く睨み付けてから、彼は一つ咳払いをした。
「そうだな。ハインと俺は昔から女の好みが似ていたからな。レフィアのことを深く知れば、俺もそう言うかもしれないな。それで……、質問に答えてもらってもいいか?」
 レフィアは、表情に影を落としながら口元に笑みを張り付かせる。
「ええ……」
 一度俯いて言葉をため、何かを堪えるように両手を固く握り締めてから、彼女は顔を上げた。反らすことなく、エダールの濃茶の瞳をまっすぐに見つめる。
「本当よ。わたしの母と父は、魔族だったわ」
 そして、低い落ち着いた声でそう言った。


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2.破片 -3- [虹色の花、緋色の草]

「そう。……本当のことよ」
 小さく囁いて、レフィアはにこりと笑ってみせた。
「わたしの、両親は魔族だった。だから、殺されたの。女になれなんて、もう、言いたくないでしょ」
 ごく、軽い調子で何でもないことのように装う。そこには先程までの凍てつくような雰囲気は、微塵も残っていなかった。
「いや。そんなことはない。でもおまえは、全然魔族の能力を引き継いでないんだな」
 興味なさそうに、ハインが呟いた。
「……?」
 意味がわからず、きょとんとする少女に、ハインは苦い笑みを向ける。
「魔族は魔族の気配を感じるだろ」
 更にわけがわからなくなって、レフィアは眉間に深い皺を寄せた。
「何でもないよ。それからさ、おまえの顔が綺麗なのは、おまえのおかげだ。どんなに綺麗な顔してたって、性格歪んでたら、顔も歪む。卑下する事はないと思うぜ?」
 次々と投げかけられる言葉に、眼を見開いたまま彼女は時間をとめている。これまでに、こんな台詞を言われた事はなかったのだ。
「ハイン」
 どうして良いかわからなくなって、レフィアは彼の名を呼んだ。ハインは小さく首を傾げてみせてから、芝居がかった仕草で大きく腕を広げる。
「なによ?」
「泣くか? 泣くなら、来いよ。肩を抱いてやるから」
 レフィアはムっとしながら、一歩後退った。
「泣かないよ、変な事言わないで」
「そうか? なんか、泣きそうに見えたんだけどな」
 彼は曖昧な笑みを口元に浮かべて、行き場のない手を素直に下げる。唇の左端に笑みを貼り付けたその表情からは、それまでの真剣な表情が既に消え失せていた。
「良くわかんない人ね、あんたって」
「誉め言葉と受け取っておくよ」
 軽く睨み付けられながらの言葉に、さらりとそう言い返してハインは少女に手を差し伸べる。「何?」と言わんばかりに首を傾げるレフィアに、曖昧な笑みを向けたまま説明ともつかぬ言葉を並べた。
「あんたを迎えに来たんだ。頭目のところへ連れて行く。あんまり待たせると、あいつ短気だからさ。そろそろ行かないとな」
「とうもく?」
「ああ。俺達の、リーダーだよ。俺の、幼馴染みって言うか、兄弟みたいな奴でさ。……あぁ、俺は赤ン坊の頃に山道に捨てられててな、前の頭目に拾われたんだよ。だから、もの心ついた時から、ここにいるわけ。んで、今の頭目は、前の頭目の実子だからな、当然、奴もここで育ったわけだ」
「ふぅん?」
 いま一つ、話を飲み込めていないような表情で、それでもレフィアは曖昧に返事をしてみせる。
 何せ、馴染みの全くない世界の話だ。スムーズに理解しろと言うほうが難しい。それを心得ているのか、それとも理解させようという気もないのか、
 ハインは黙りこくってしまった少女の手を無理矢理に掴んだ。そして、ぐい……と引き寄せる。
「ガラの悪い連中ばかりだからな。気を付けろよ。……でも、悪い奴等じゃないんだけどさ」
「そんなこと、盗賊のあなたが言ってもちょっと信用できないよ?」
 苦笑しながらレフィアが呟く。
 掴まれた腕も、痛いほどではない。加減してくれているのだと、十分に理解できる。だから……きっと、それほどに悪い人ではないのかもしれない。
 そんな事も思った。
 けれども。
「早く帰してくれないと、困るんだよ。聖巫女になるのに、色んな儀式が必要なんだもの。あと、二ヶ月しかないんだよ? 忙しくて、大変なの毎日」
 ここに来てまで自分の立場を理解していないレフィアを、既に呆れたような瞳で見つめながらハインは微苦笑した。
「あのなぁ……。まぁ、いいけどさ。とにかく、あんたを帰すのか依頼を受けるのか、決めるのは頭目なんだよ。あんたの返答いかんってヤツだ。早く帰りたいなら、早く頭目の所に行くこったな。ほら……行くぞ」
「うぅ。何か、あなたのその企んでいるような笑顔見てると、自分が騙されているような気がするよ……」
 なおも言い募るレフィアの腕を、先程よりも力を込めて引く。
「じゃぁ、騙されてんだろ」
 そう言い放ち目線を反らすと、諦めたのかレフィアは素直に足を進めた。
 粗末な木の扉を開けて、薄暗い廊下に出る。しばらく黙して進んだ後に、歩調はそのままでレフィアが訊いた。
「ねぇ、ハイン」
「あぁ?」
「どうして、『女になれ』なんて言ったの?」
 ハインは一旦は冷たく「さぁな」と答え、それから気が変わったのかぴたりと足を止めて彼女を振り向く。
 身を竦ませて思わず後退るレフィアの手を放さずに更に引き寄せ、彼は低く囁いた。
「あんたにどうしようもなく惹きつけられたからだ。どうしてかは、俺にもわからねぇから、聞くなよ? もしかしたら、あんたの持っている孤独感みたいなものが、俺の孤独を癒してくれると思ったのかもな」
「孤独なの? ハイン」
「さぁ……孤独だと感じる時は、人間誰にでもあるんじゃないのか?」
 あからさまにはぐらかすような答えに、むっとしながらもレフィアはそれ以上を問う事が出来ない。

 再び歩き出しながら、ハインは口許にほんの少しだけ優しげな笑みを浮かべた。
 背を見つめる形になるレフィアからは、見る事が出来なかったが。それは……、確かに彼女に向けられたものであった。


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2.破片 -2- [虹色の花、緋色の草]

 むすりとした表情で、レフィアは粗末な寝台の上に膝を抱えて座り込んでいた。
 彼女が放り込まれたこの部屋には、窓がない。したがって、暇つぶしに遠くを眺める事も出来ない。弱々しいランプに照らされて浮かび上がる陰気な部屋の様子など、眺めていても憂鬱になるだけだ。
「せめて本でもあったらな」
 未だ、己の立場に対する自覚が乏しい彼女は、呑気にそう呟いた。
 ここにきて、どのくらいの時間が経過したのだろう。そう思いながらあくびをかみ殺す。
 その時、軽く扉がノックされた。勿論、それは形式的なものに過ぎず、返事をする前に扉は開け放たれている。レフィアは眉間にシワを寄せて、部屋に入ってきた青年を睨み付けた。
「もし、わたしが着替え中だったら、どうするのよ」
「んー。そうだな、心の中でこりゃいいやって思いながら口ではわりぃって謝るかな」
 冗談とも本気ともつかない口調で、青年はそう答える。
「最っ低」
 声を低くして吐き捨てると、彼は悪びれずに笑みを浮かべた。
「あんた、何か、巫女っぽくないなぁ」
「仕方ないでしょ? わたしは五年前まで貧民街の更に路地裏で生活していたんだから。他の子達みたいに、楚々となんかしていられない。儀式の時とかは、そりゃ、必死で繕うけどね」
 レフィアは、己の生まれを隠そうとしたことがない。隠す事で何か利が得られるわけでもなく、どのみち調べればすぐにわかることだからだ。
「あぁ。それは、知ってるけど」
 気まずそうに視線を泳がせて、男は右の小指で己の右頬をかいた。
「ねぇ、名前、なんて言うの?」
 唐突に、レフィアが問う。青年は驚いたように眼を見開いて、まじまじと彼女を見つめ直した。
「なぁに?」
「いや、別に。ちょっと驚いただけだ。名前な……ハインだよ」
「ハイン?」
「あぁ」
 レフィアは微かに口許を緩めて微笑んだ。それが、人の好意を得るために非常に有効な手段であることを彼女は知らない。
 青年--ハインは微苦笑を浮かべ、レフィアをみつめた。
「いい名前ね。わたし、好きだなぁ」
 微笑みながら、彼女が言う。容貌の整った少女の、冷徹な印象が和らぎ、まるで華が咲いたように柔らかくなる。
「レフィアだって、いい名前だろう?」
 ハインがぽつりと呟いた。
「幻の花の名だ」
「知って、るの?」
 水色の淡い瞳を可能な限り大きく見開いて、彼女は声を震わせる。
「ああ。虹色の花、だよな。辺りが一面雪で覆われた、寒い日の夜……満月の下にしか咲かない、虹色の花」
「わ、何か凄く意外! そうなんだよ。見た人が少ないから、しかもすっごく寒い時にしか咲かなくて、アルフィラはわりとあったかいから。幻って言われるんだよね。見た人だって、寒さにやられたんじゃないかとか、言われるもんね。でも、とっても綺麗な花だって聞いた事があるの」
 表情豊かに、そう語る。ハインもまた意外そうに彼女を眺めた。そうすると、彼女はひどく幼い印象になるのだ。
「あんたも、綺麗だけれどな」
 何でもない事のように言われ、その言葉の意味を理解するまでに多少の時間が必要だった。理解して、レフィアは薄く頬を朱に染める。
「ありがと。でも、あんまり綺麗って言われるの好きじゃないの。わたしが、この容姿なのは、わたしのおかげじゃなくって、死んだ母さん達のおかげなんだから」
 魔族だった両親。
 二人共、平均的に美しいと言われている魔族の中でも、上位に入るであろう美貌だった。けれども、二人に与えられたものは、その容姿のみで。
 その他には、突出したものを何も持っていなかった。魔力すら。
 故に、彼らは殺されたのだ。
「なぁ」
 ハインは小さく微笑みながら、少女の頬に指先を触れる。
「あんたさ、俺の女になれよ」
「はぁ?」
 一瞬、凍り付いて。それから、耳までも真っ赤に染めて、レフィアはその瞳を更に見開いた。
「な、何いってんのっ? だいたい、あんた、わたしを攫って来たんでしょう? 冗談も休み休みいいなさいよ!」
「ああ、だから、さっきも言ったろ? 俺達はまだ正式に依頼を受けたわけじゃないからな。確かめたい事がいくつかあるんだ。それを確かめてから、依頼を受けるか蹴るか決めるのさ。だから、俺の女になれよ」
「話が良くわからないよ……」
 レフィアは呆れたように眉をしかめる。それから、ふと表情を暗くして小さな声で呟いた。
「わたしを、殺してくれるなら……いいよ」
「はん? 意味ねぇじゃん、それ」
 唐突な答えに面食らって、彼は右眼だけを眇めてみせる。
「でしょ? だから、無理!」
 くすくす笑いながらレフィアは、からかうように瞳を細め彼を見上げた。
「おかしな奴だなァ、あんた」
「そぅ? そうかも。たまに言われるわ」
 軽く言い切って、彼女は足を伸ばす。
「ねぇ、降りるからどいて?」
 そして、寝台の前に立っているハインにそう声をかけて、素早く床に足をついた。
「おまえさ……」
 レフィアは大きく伸びをしながら、「ん?」と言うように首を傾げる。
「魔族の両親から産まれた人間の子供って噂、本当なのか?」
 その問いが、少女の耳に届いた瞬間。彼女の表情が、にわかに硬くなった。
 凍てつくように冷たい瞳で、ハインをみつめる。何気なく聞いてみたつもりのハインのほうは、その過剰な反応に驚きを禁じ得ない様子だった。


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