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白き羽根 ~Dripping of Tears~ -5- [短編]

 ライカが彼の後を追うために、困ることや迷うことは全くなかった。優しい銀の光が、彼の行った道筋を帯のように示していたからだ。
 光の帯は、森の奥へ続いていた。初めて彼の姿を見た、あの場所へ。何故、これほどに不安なのだろうと、ライカは思った。
 寝付けずに、散歩に出かけただけかもしれないのに。
 朝になったら、いつもと変わらず二人で朝食をとっているかもしれないのに。
「いかなきゃ」
 何故だろう。とても、気が急く。
 今、彼に追いついて。
 今、彼を見なければ。
 そうしなけらば、ならないように、気が急いた。
 それは、二年前にあの光を目にした時と同じように。理屈などなく「そこにいかなければ」とただ思う。
「ルーファっ!」
 何故だか溢れ出した涙を拭い、ライカは彼の名を叫んだ。


「来て、しまったんだね」
 彼女の姿をみとめた瞬間、彼はそう苦く笑った。銀色の光を全身に纏った彼は、ライカの藍色の瞳から驚きの色を感じ取り嘆息する。
「ぼくが、こわい?」
 そして、諦めにも似たような口調でそう訊いた。
「…………」
 ライカは答えることも出来ずに、彼をじっと見つめている。
「怖いか……それは、そうだよね」
 彼は自嘲的に唇を歪め、小さな声で吐き捨てるように呟いた。
「ち、違うよっ! 違う! そんなんじゃないっ!」
 酷く悲しそうなルーファに、彼女は慌ててしがみつく。
 怖くなんかない。ただ、あまりにあなたが綺麗だっただけで。そう、伝えたくて必死に彼の袖に縋る。
「いいんだ。仕方ないと思うよ、ライカ。ぼくの姿は、確かに……」
 小さく笑いながら、ルーファはちらりと自分の背後をうかがうような素振りを見せた。彼の背には、純白の水鳥の翼が揺れている。彼の背から突き出たそれが、魔術の賜物などではないことくらい彼女にも理解できる。
「違うのよ、ルーファ! ただ、本当に綺麗で……ルーファは綺麗で……」
 だから、こわくなんかないの。そう言って、ライカは己の額をルーファの胸に押し付けた。
「ぼくが何なのか、きかないの?」
 ルーファは、苦笑と共にそう言葉を吐き出す。
「聞いても、何も変わらないでしょう? 聞いたら、いいことがあるとかじゃないんでしょう? だったら、何も聞かないもん。ルーファが、傍にいてくれたら、それでいいんだもの!」
 悲鳴のように激しい口調で叫ぶライカの背中を、そっと彼が撫ぜた。
「ごめん」
 そして、そう、呟いた。
「ごめんって、何?」
 顔を上げないままに、彼女はそう訊ねる。彼の背にまわした手の力が、殊更に強くなっていた。
「ぼくは、帰らなくてはならないんだ」
「帰るって、どこへ?」
「おちついて、きいて? ライカ」
 ライカは黙して、ただ彼にしがみついた。
 聞きたくない。離したくない。離れたくない。そんな心が伝わってくるようで、ルーファは一度きつく唇をかみしめる。
「ぼくは、天界の住人なんだ。きみ達がいうところの、天使というやつかもしれない。……ぼくは天界で、罪を犯したんだ。それで、神の許しが得られるまで、地界で生活することを義務付けられた。いつ、赦されるとも知れなかった--けれど、先程、通達があったんだよ」
「そらに、かえるの?」
「あぁ」
「わたし、おいていっちゃうの?」
「わかって欲しい、人間である君を、連れて行くことはできないんだ」
「ひとりに、しないでよぉ」
 泣き崩れるライカの手をとり、ルーファは哀しそうに眉をしかめた。
「ライカ……」
 そして、己の銀髪を一房抜き取り、何事かを囁く。ライカの涙が彼の指先から発する光に包まれ、手の平におさまる程の丸い珠になった。
「きみのことが、好きだよ」
 透き通った、水晶のようにも見える丸い珠の中に吸い込まれるように、彼の髪が閉じこめられる。
「これは、ぼくの永遠の心だから」
 そういって、ルーファは彼女に透き通る珠を握らせた。
「ぼくは、ずっときみを想っているから。本当は、きみに想いを打ち明けるべきできではなかったのだけれど。でも、ぼくはどうしても自分の気持ちを抑えられなくて……。こんな結果になってしまって……本当に、ごめん」
「独りにするなら、最初から期待なんてさせないでよ!」
 ルーファを責めるライカの声は、もはや声と言えない程に掠れており、あまりにも切ない。ルーファは唇を噛みしめて、俯いた。
「ごめん」
 しばらく、二人は互いを抱きあったまま動かない。
 やがて、ライカが涙を拭い、無理やりその顔に笑みを浮かべた。
「ごめん。ルーファを責めるつもりなんてなかった。あやまらないでいい。わたし、ルーファに会えて、嬉しかった。母がなくなってから、一人で凄く淋しかったの。でもね。でもね、ルーファが来てくれてから……楽しかった。いっぱい、楽しいことあったし、傍にいてくれるだけで嬉しかったし。だから、あやまらないで。ありがとう、ルーファ」
「ライカ……」
「わたしも、あなたが、好きだよ」
 自ら、そっと彼の胸を突き放して、ライカは小さく微笑む。
「ぼくは、ここを去る前に皆の記憶を消さなくてはならないんだ。でもライカ、きみに忘れられたくない。これは、ぼくの傲慢な願いだ。周りの全てが、ぼくのことを忘れてしまう。そんな中で、きみ一人、ぼくのことを覚えている。……そんな状態に、きみは耐えられるだろうか」
 不安げに揺れる翼ある青年の澄んだ瞳……。ライカは彼の不安を和らげようと、精一杯、強く微笑んで見せた。
「大丈夫。そんなこと、聞くなんて馬鹿にしてるわ。だいたいね、ルーファ。わたしの記憶を消したりしたら、許さないんだからね!」
 睨み付けるその眼差しに、涙が光る。
 ルーファは小さく身を屈め、その涙に口付けて弱く笑った。
「ありがとう、ライカ」



 その後のことは、良く覚えていない。
 光に包まれたルーファ。
 空から降りそそぐ、光。
 その中で消えてゆく愛しい人の影。
 手の中に、ただ一つ残された硬質の重み。
 自分でも、わけのわからぬまま、叫んだ。言葉にならぬ声を。

 気がつくと、朝で。ライカは、自分の家の居間にいた。
 眠っていたわけではないのだろうが、ふと目が覚めたような感覚だった。
 そして、昨日のことを思う。
「夢だったのかな」
 ポツリと呟いた、彼女の手の中には銀色の針のような物質が無数に封じ込められている、水晶の丸い珠があった。
「夢なんかじゃ」
 呟く彼女の瞳に、涙が滲んだ。

「ルーファ」

 愛しい人の名を呼ぶ切ない囁きは、誰にも拾われることのないままに消えてゆく。



 --どこにいても、ぼくは、きみを見つめているから。
 永遠に続く想いなんて、ないと言うかもしれない。
 それでも。ずっと想っていると、ぼくは言える。
 だから、忘れないで。
 世界でただひとり。きみの中にだけ、ぼくの記憶を残して行くから。
 決して、忘れはしないで。


 残された水晶が、ひとり。そう、語り続ける--。


Fin



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白き羽根 ~Dripping of Tears~ -4- [短編]

 ルーファは、心に誓った通り彼女の仕事を良く手伝った。
 昼間、ライカが裁縫に熱中できるよう、店番をしたり。買物をするために、街へ出たり。
 二年の月日が過ぎるころには、不得意だった掃除や炊事なども、ひととおりこなせるようになっていた。
 その中で、二人の関係にも変化が現れていた。
 彼が村に来た翌日。
 小さな村の中で、彼の存在は瞬く間に知れ渡った。「ライカの『イイヒト』なんじゃないのかい?」と、村人達に冷やかされても、頬を染めることもなかった二人が、いつしか、互いの存在を過剰なほど意識しあうのにも、さほど時間はいらなかった。
 二人は今、いわゆる恋人という関係にあるのだろう。
 けれどもライカは、常に不安を抱えていた。自分はルーファのことを、何も知らない。どこで産まれたのだかとか、家族のことだとか。そんな話を聞いたことがない。
 知っているのは、今、ここにいる優しいルーファだけ。
 目が覚めたら、彼はいないかもしれない。そんな不安にかれらて、どうしようもないことがある。
 実際に、彼はしばしば遠い眼で空を眺めていることがあるのだ。
(もしかしたら、奥さんとかいる人なのかもしれないな)
 ライカは、そんなことを思うようになっていた。そして、彼に対する一切の詮索をやめた。


「ライカ、具合でも悪い?」
 二年間で日常になった、二人向き合っての食事の時間。
 朝や昼の時間はまちまちだが、夕の食事だけはどこの家も大体同じだ。村中に漂う、夕食の香り。そんな中、ひとりで食事を摂ることがたまらなく寂しかった。
 今は、彼がいる。他愛のない話をしながら、笑いながら、食事ができる。
 でも、いつまで続けられるのかな。そんなことをぼんやり考えていた。
「んん。どっこも悪くないよ。ただ、しあわせだなぁって」
 ライカは満面の笑みを浮かべてみせた。
「そう? だったらいいけれど。ライカは少しゆっくりしたほうがいいよ」
 心配そうな表情のままで、ルーファが言った。「ライカは働きすぎるよ」というのが、彼の口癖なのだ。
 実際、彼女は朝から晩まで良く働いた。それは、街へ店を出すという夢のためだったが、身体を壊してはもともこもない。
「それより、さ。このスープ凄くおいしいよ! ルーファ、料理上手になったよねぇ」
 ごまかすように話題を変えられて、ルーファは僅かにむっとした。けれども、誉められて悪い気はしない。
 すぐに相好を崩して、それは良かったと照れくさそうに言った。
「いつまでも、こうしていられたらなって、思ってさ」
 ライカは勇気を振り絞って、呟いた。
 きっと、無理なことだと頭のどこかで悟っていたから。語尾が掠れて、消え入りそうな言葉になった。
「うん、……そうだね」
 曖昧に、ルーファが答える。何故だか、ひどくもの悲しげに。その頼りない声音に、ライカの胸は軋むように痛んだ。


 その夜のことだ。
 ライカは扉の軋む音に、眼を覚ました。誰かが隣りの部屋から出ていった。そして、階段を降りて、店の入り口を開けている。
「ルーファ?」
 震える唇でやっとその名だけを囁き、彼女は寝台の上に置きあがった。
 そして、枕元にあったショールを羽織る。秋の終わりを告げるひんやりとした空気が、暖まった彼女の身体を包み込んだ。
「どこへ……」
 自分の部屋の扉を開けると、……そこには、残り香のように薄い光が広がっていた。
 銀色の光。
 彼と。
 ルーファと出会った日の光景が、鮮明に蘇える。弾けるように輝き散る光の粒子に、ライカはそっと手を差し伸べた。
「なに? これも、魔法なの?」
 包み込まれるような、暖かな光。それは、ルーファの行き先を示すように続いている。

 --真夜中の森へと。

 ライカは瞬時の迷いもなく、彼の後を追った。



 この日までに。
 二人が出逢ってから、ちょうど二年の歳月が流れていた。


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白き羽根 ~Dripping of Tears~ -3- [短編]

 少女の家に辿り着く頃には、もう時刻は深夜を過ぎていた。送ってくれた礼にと、店の二階にある自宅に彼を招きいれる。
「ばたばたと出かけちゃったから、あんまり片付いていないんだけれどね」
 部屋のあちこちにあるランプに灯をいれながら、照れくさそうに少女が言った。その家の人気の無さに、彼は小さく首を傾げる。
「ご家族は?」
「ん? 父さんは、元からいない。母さんは……一昨年、死んじゃった。このお店、母さんのものなんだ。小さな時から、母さんと一緒に街でお店やるのが夢だったけれど。母さんはいなくなっちゃったから、わたし一人でね」
 父親は旅人で、わたしが産まれた頃に村から出て行ったらしい。
 そう付け加えて、少女は笑った。知らない人に何を話しているんだろうね。と。
「君は、いくつなの?」
 テーブルの前の粗末な椅子に、促されるままに腰掛け彼はそう問うた。
「今年で十七になるかな」
 保温器の中に入っていたガラスの瓶を取り出しながら、少女が答える。
 そして、自分の好みに配合してある紅茶の茶葉をポットに入れ、湯気の立つ湯を注いだ。
「でもねぇ、生活に不自由はしてないんだ。幸い、わたしには服を作る才能あったし」
 彼は沈黙したまま辺りを見回した。部屋のあちらこちらに布切れや、完成しかけた服が散らばっている。
「結構、人気なんだよ? って、自分でいうのも、どうかなって思うけれどさ」
 少女はそう楽しそうに言いながら、カップを二つ戸棚から取り出した。
「将来はね、街に出てお店を持ちたいんだ」
 夢見る様子で語ったあと、カップに注いだ紅茶を両手に持ってテーブルに運ぶ。
「はい、どうぞ。ここにお客さんなんて、何年ぶりかな」
「ありがとう。……いい香りだね」
「ほんと? わたしが配合したんだよ」
 嬉しそうに笑いながら、彼女は彼の向かいの椅子に腰掛けた。それから、ふと気づいたように声をあげる。
「あー、あなた髪の毛、銀色なんだね」
「おかしいかな?」
 困った様子で彼が片眉を寄せる。少女は勢い良く首を横に振ってみせた。
「ううん、綺麗! ただ、この辺りでは、髪の色が薄い人すら珍しいから。街には金髪の人もいるし、中には銀の髪の人もいるって聞いているけれど。でも、実際に銀髪の人を見たのは始めて。とても、綺麗だよ」
 手放しに誉められて、彼はくすぐったそうに笑う。
「ねぇ? あなたのこと、聞かせてよ。いくつなの? どこへいくつもりなの?」
「ぼくは、二十五になるよ、今年で。どこへ行くってあてはない。気の向くままに、流れているだけで……」
 低く澄んだ声の穏やかな口調に、少女はどこか夢心地だ。
「あてがないなら、しばらくここにいる? どうせひとりだし、泊めてあげるよ」
 それは、年頃の娘の発言にしては大変、無防備なものだった。
「いいの?」
 戸惑ったように、青年が訊く。
「うん。でも、その代わりに、たまにでいいから、歌をきかせてね?」
「それはかまわないけれど。ぼくは持ち合わせもないから、甘えるよ? 君の言葉に」
「うん。約束ね。じゃ、わたし、母さんが使ってた部屋の掃除してくる。ベットとか、まだ使えると思うんだ。でも、最近、掃除さぼってたから」
「ぼくが、やるよ。そのくらい、自分でやらせてもらいたい」
 彼は立ち上がりかけた少女の手を掴んだ。
「でも、その前にね。……ぼくの名前は、ルーファ。君は?」
 言われて始めて、少女はお互いの名前も知らなかったことに気付く。照れくさそうに笑って、名を告げた。
「わたしはライカ」


 青年がかつて母が使用していた部屋の扉の向こうに消えたあと、少女は額に左手をあて考え込んだ。
 何故、これほどに気にかかるのか。彼を傍に留めたいと思ったのか。
 それは、あの森の中で不思議な光に遭遇した時のように。まるで、己の意志ではないかのように、思考が動く。
「でも。とっても、あったかい人だよ、ね」
 言い訳のように呟いて、少女は街で購入した荷物を居間として使っているこの部屋のソファーに積み上げた。
 そして、ルーファに使ってもらうための清潔なシーツや毛布を棚からひっぱりだす。
「そうだ……」
 何か、名案を考え付いたように、少女は顔を輝かせた。首の後ろで束ねられた黒髪が、緩やかに揺れている。
「服、作ってあげよ。もう冬になるのにあんな服じゃ寒いもの」
 きっと、ルーファには、今日街で買った生地が似合う。そんなことを思いながら。


 扉を閉じて、青年は一つ溜め息を吐いた。
 なんとなく流されて少女の好意に甘えてしまった。
 これでよかったのだろうか、と思う。けれども、自分には生活の術がないのも確かだった。
 この家や、店で、やれるだけのことはやろう。
 そう、思う。
 手渡された手持ちのランプをとりあえず鏡台の上に置く。それから、部屋の中を見回した。
 この部屋のかつての主を忍ぶように、とても暖かい空気が流れていた。ルーファは軽く頭を下げ、誰にともなく呟いた。
「しばらく、お借りします」


 その日から、二人の共同生活が始まった。


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白き羽根 ~Dripping of Tears~ -2- [短編]

 村へと続く細い道からそれて、もうどのくらい進んだだろう。
 少女は身体のあちらこちらに、様々な大きさの引っ掻き傷を作っていた。何せ、色々な植物の生い茂った道無き道を進んでいるのだから、仕方ない。
 銀色の光は、既に今にも消えてしまいそうに弱くなっている。「何よ、もう邪魔くさいわね!」などと、雑言を吐きながら少女は蔦をかき分けた。
 何故、こんなにもあの光に執着するのか、己にもわからない。けれども、いかなくてはならない気がしていた。
 それは、確かな予言のように。

 悪戦苦闘しながら更に進むと、ガサリと茂みを揺らす音がした。途端、これまでの勇気が萎んでいって、少女はあからさまに身体を竦ませる。
 のどかな田舎ではある。が、決して治安が良いとは言えないのだ。山賊の類が群れをなしている。夜の森には、異形のモノ達だって現れる。
「誰か、いるの?」
 細い声で彼女は誰何した。自分でも呆れるくらいに情けないか細い声になってしまっていた。
(どうしよう、山賊とかだったら)
 お金とか持ってないのに。
 そんな、どこかずれたことを考え、少女は闇の向こうを睨み据えた。けれども、返答はない。
「ねぇ、いるんでしょう?」
 びくびくしながらも、少女は問う。
 が、やはり返答はない。彼女は短気な性格であり、恐怖を苛々が上回るのにはたいして時間はかからなかった。
「うじうじしてないで姿見せなさいよ! わたし、これでも勘は鋭いのよ!」
 言うなり彼女は荒々しく茂みを振り払い、突き進む。いつか、この性格のせいで死ぬかも知れない。そう思いながらも、口から飛び出していく言葉は勇ましいものばかりだ。
 そして。
「なっ?」
 少女は息をのんだ。呼吸することさえ、忘れていたかもしれない。
 しばらくの間、彼女は眼を見開いたまま動けなかった。
 そこには、先程の光があった。
 眩いばかりだった銀色の優しい光。
 それが、うっすらとそこに集束していた。その光に包まれるように、人が立っている。
 最初に眼がいったのは、この辺りでは珍しい薄い色素の長い髪だ。その人は、細い身体にまとわりつくような、薄い水色のローブを身に纏っている。
 その身体の細さや漂う儚げな雰囲気から、吟遊詩人かとも思った。
 けれども。その人を包む銀の光が、それを否定していた。
「あなた、魔法使い……?」
 少女はその人の背に、そう問い掛けた。少々興奮気味に、足を進めてその腕をぐっと掴む。
 触れた手に伝わる意外にがっしりとした感触と、振り向きかけたその胸の薄さに、その人が男なのだと悟った。
 ひどく驚いた表情で、彼は少女を見下ろしていた。
 それもそうだろう。こんな森の中を一人で歩いている少女がいるなどとは、誰も思わない。それも、いきなりその少女に腕を捕まれるなどとは。
「魔法使いなの? 森の中で、異形のモノに遭った? さっきのってその光なのっ?」
 驚愕の表情を隠せないでいる彼に、少女は矢継ぎ早やに彼に質問を浴びせかけた。
「見ていたの?」
 やがて、戸惑いがちに吐き出された澄んだ声に。綺麗な声って、本当にあるんだな。と少女は思った。やっぱりこの人、吟遊詩人かしら。とも。
「道を歩いてたらね、突然、光ったの。綺麗な光だった。どうしても、正体見てみたくなってここまで来たの」
「あぁ、なるほど」
 彼は、何故か安堵の入り交じったような声で溜め息をつき、それから淡い緑色の瞳を和ませて言った。
「そう。ぼくは、昔は魔術師だった。今は、都会に嫌気がさして……あちこち流れながら吟遊詩人をしている」
「うわ、すごぉいっ! 本物の魔法使いってはじめてみたよ!」
 少女は上気した表情で、彼の瞳をまっすぐに見詰める。意志の強い藍色の瞳で。彼は少々ばつの悪そうな表情になって、少女から離れようとした。けれども、少女はがっしりと彼を掴んで離さない。
「ねぇ、魔法、使ってみせてよ」
 無邪気な様子でそう願う。彼は困ったような顔で、眉を僅かに寄せた。
「一回だけね? 今は、本業と決めているのは吟遊詩人だから、魔法はあまり使いたくないんだ」
 そう言いながら、彼は両手を彼女に差し向ける。そして、彼女には理解の出来ない言葉をその唇で紡いだ。
 途端、両手の中に暖かな光が生み出される。先程のような強い光ではないものの、柔かくて優しい光だ。
 少女は何だか無性に嬉しくなって、微笑んだ。その笑みを見つめ、彼は半ば呆然と呟く。
「--にも、こんな表情を浮かべる人がいるのか」
「ん? なぁに?」
 完全には届かなかった言葉に、眼は光りから離さぬままで少女が問う。
「いいや。なんでもないんだ」
 彼はそう言って、曖昧に微笑んだ。
「君の家は何処に? 送って行くよ、こんな時間に一人では危ないから」


 それが、出逢いだった。


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白き羽根 ~Dripping of Tears~ -1- [短編]

 もう、どれくらい昔のことになるのだろう。
 はっきりとは、思い出せないけれど。
 わたしはあの時、確かに彼と出逢い、そして恋に落ちた。

「これは、ぼくの永遠の心だから」

 わたしの許に残ったのは、ただひとつの贈り物。
 まるいまるい、きれいな珠。
 ただひとつの、最後の贈り物--。


 想い出は、日々薄れ。
 記憶は胸から次第に零れおちていく。
 あれは現実に起きたことではなかったのかもしれない……と、幾たびも思った。それほどに、あの日々は現実離れしていた。
 けれども。彼を想い流れる涙が、それが紛れもない現実だったのだと教えてくれる。
 他の誰かに恋をすることもなく、わたしは想い出だけを抱きしめて生きて来た。
 もう二度と、逢うことは叶わない。
 その事実は、わかってはいたのだけれど。
 決して、受け入れることなど出来なかったから----。




「あぁ……暗くなっちゃったなぁ」
 嫌だなぁとぼやきながら、一人の少女が山道を歩いていた。頂は既に越え、今は下りに差し掛かったところである。完全に日の光が無くなるまでに村に辿り着けるだろうかと、少女は僅かに歩く速度を速めた。
「もぅ。これだから田舎は嫌なのよね。ちょっと買物に行くだけで一日がかりなんだから」
 少女が暮らしているのは、四方を山に囲まれた小さな村だ。
 生活必需品などは、何日かに一度やってくる行商人達のおかげで、村で不自由なく購入できる。しかし、少女は生業として服屋を営んでいたので、布地などを買い付けや、仕上がった服の売却などのために、山を越えた先にある街まで行く必要があった。
 もっとも、そのような機会は数ヶ月に一度で、そんな時も大抵は街に宿をとるので暗くなった道を歩くことは滅多にない。
 今、こうして山道をとぼとぼ歩いているのも、全ては自分のせいなのだ。あまりにも珍しくて綺麗な布地があったため、有金をはたいてそれを購入してしまったのだ。当然、宿に泊まるための金も無くなった。村に帰ることを余儀なくされ、少女は大急ぎで山を登ったのである。
 急いだ甲斐もなく(昼過ぎに街を出たのだから当然と言えば当然だが)山頂を越える頃には日も暮れかかっていた。
「早くお金を貯めて、街に引っ越すのよ」
 少女はぶつぶつ呟きながら、益々歩く速度を速めた。
 資金を貯めて、街に出る。そして、そこで小さいながら服屋を開く。今、街にいる顧客の数を考えても、どうにか暮らしていくことは出来るだろう。
 それが、少女の夢なのである。
 自分の店を持つと言うその夢が、大それたものだといわれない程度に、彼女には才能があった。
 ただ、特に注文された衣服について、生地に金をかけすぎてしまうのが欠点か。原価がひどく高くなる。気合を入れて作った服ほど、売上は低くなってしまうわけだ。
 そうこうしている間にも次第に日は落ちていき、少女は小さく身震いをした。
 薄暗くなって来た、山道。辺りに紛れていく影。真っ暗闇よりも、何故だろうか数倍は気持ちが悪い。
 そう、思った。
 文句を上げ連ねるのを一時停止して、少女は小走りに山道を進んだ。

 太陽が森の影に沈む頃、少女は山を下りきる。森の中に通った一本の細い路の先に、慎ましやかな村の灯が見えた。
 到着までにまだだいぶ時間がかかるのは解っていたが、その灯りに少女はほっと息をつく。そして、荷物を抱え直して一旦止めていた足を再び進めた。
 と、その時である。
 少女から見て左手の森の中から、眩いばかりの光が溢れた。
 銀色の暖かい光。不思議な色。そして、耳に届く大きな水鳥の羽音。
「え? 何……?」
 驚愕して少女はそちらに身体を向けた。生い茂った木々の隙間から、何かを見つけることはできない。
 煩いほどに響いていた羽音がやんだ。そして、優しい光も次第に薄れていく。
「なん、なの?」
 少女は激しい好奇心にかられた。
 それ故に、平素の彼女であったなら、ありえないような行動をとる。

 彼女はごくりと唾を飲み込んで、森の中へ分け入っていった。


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明日 -後編- [短編]

「うっ……」
 目を開けると、とても暖かい光が飛び込んできた。
「気がついたのね? よかった」
 そして、光よりももっと暖かい少女の笑顔が見えた。十五くらいの少女で、花のように愛らしいと思った。
「だ、誰だ? あんた」
 口篭る俺に向かって、少女は無邪気に微笑んだ。
「私は、リシェナっていうのよ」
「あんたは、俺が怖くないのか?」
「あら、どうして?」
 彼女は心底不思議そうに問い返してくる。その瞳はどこまでもまっすぐで澄んでいて、俺は思わず言葉を失った。
 しばらくして、脅すようにリシェナを見つめる。
「俺は、ルバク族なんだぞ?」
「それがどうかしたの? ああ、不思議な力を持っているから? でも、あなたって、力を暴走させちゃうくらい未熟者なんでしょ? ふふっ……ちっとも怖くないじゃない」
「…………」
 けなされているような気もした。けれど、不思議と嫌な気分じゃない。
 むしろ心地良いと感じるのは、この少女の微笑みのせいだろうか。俺は、精一杯の虚勢をはって、威嚇するように言った。
「俺なんて匿ってみろよ。おまえ、連中に袋叩きだぜ?」
「確かにそうかも知れないわね。でも、バレなきゃ大丈夫よ! それに、あなたはこんなに傷だらけなのに、ほうっておくなんてできないわ」
「リシェナ……」
 瞳に宿る、頑なまでに強い意志。俺は、もう何も言えなかった。
「あなたはなんて名前なの?」
「ラファエルだ」
「そう。それじゃ、ラファエル。せめて大きな傷が癒えるまでは、ゆっくり休んでいってね?」
「…………」
「大丈夫よ。火はちゃんと消しとめたし。心配することは何もないんだから」
 それが、俺とリシェナの最初の出会いだった。



「それに、もう無理よ」
 二十一歳のリシェナが浮かべた淋しげな笑みが、俺を現実に引き戻した。
「耳を澄ましてみて。ラファエル」
 言われた通りにしてみると、大勢の人間がこの家を取り囲んでいる気配がする。
「リシェナ! ルバクの男がここにいるのはわかってるんだぞ!」
 程なくして、そう叫ぶ声がした。
「ね?」
「ああ、そうみたいだな……」
「なんて顔してるのよ」
 どうして、こんな時に笑っていられるんだろう。リシェナは人の気も知らずにくすくすと笑っている。
「君の御両親にも、迷惑をかけてしまうな」
 同居はしていないようだが、この手の噂がまわるのは早い。遠く離れた地でさえ、いずれは伝わることだろう。
 そう思って唇を噛むと、彼女はほんの少し表情に影を落として呟いた。
「あのね、ラファエル。今まで黙っていてごめんなさい。私の両親はね。もう、ずっと前からいないのよ。私の産まれた村で……少しだけ、人と違う力を持っていた父様は殺されてしまった。母様と私は生き長らえて、村を出たわ。けれども母様は、その時に私を庇って受けた傷が元で亡くなってしまったの。それからはずっとひとりで、この村に暮らしているの」
「リシェナ……」
 俺は、俯く彼女の頬に触れた。
 かけるべき言葉が見つからなくて。それでも、何か言わなくてはと口を開きかけた時、外で怒鳴り声がした。
「出てこないのならば、この家に火をかけるぞ!」
「ラファエル。そんなに深刻な顔しないで」
 家の中では、既に微笑みの戻ったリシェナが俺に向かって声を張り上げている。
「この家に火をかけられたって、私は平気よ」
「リシェナ」
 平気なわけないだろうといいかける俺の言葉は、彼女の言葉で遮られた。
「だって、私にはあなたがいるもの。あなた以外に失うものなんて何もないのよ」
 そう言いながらリシェナは信頼の色が浮かぶ瞳で、俺をじっと見つめた。
「いつか、言ってたよね? あなた達のその力は人を殺めるためにあるんじゃないんだって。人を助けるための力だったのにって」
 静かなリシェナの声。言葉を返せない俺の鼻に、木のこげる匂いがつく。
 あいつら、本気で人の家に火をつけやがったのか。
「私はね、ラファエル。いつも思うの。人間って、この世界のどんな生物よりも弱くて、それでいて恐ろしい存在なんじゃないかな」
 自分の家が燃えているというのに、彼女の笑顔は崩れなかった。
「そうだな。そうかも、知れないな」
「ラファエル。私はあなたを信じてるわ。助けてくれるでしょう? 守ってくれるでしょう? 私のこと、その『人を助けるための力』で」
 俺は無言で炎を見つめた。……この程度の炎ならば、どうって事もない。
「我が祈りに応え、我が力に従え……」
 言葉に含まれる魔力に従い、炎の勢いが失せていく。何を思ったのか、それを見ていたリシェナがくすりと笑った。
「消せるようになったのね? 私、てっきり水をぶちまけるのだと思って、ずぶぬれになる覚悟、決めていたのに」
 そんな覚悟、決めなくていいから。
 俺は情けないような気分で、リシェナに訊いた。
「ルバクの集落まで一気に跳んでいいか?」
「あ、ちょっと待って」
 不意に笑うのをやめ、彼女の瞳が真剣さを帯びる。
「どうしても、皆に伝えたい事があるの」
 頷いて俺はリシェナの肩に手をかけ、短い呪文を唱えた。


 突然後方に現れた俺達をみて、皆、驚愕の表情を隠せないでいる。
「私ね、誰かを大切だって思う気持ちはみんな同じだと思うの」
 俺を振り返って、リシェナが淡く微笑んだ。
「リシェナ?」
 リシェナが一歩前に踏み出す。
 それと同時に、彼らは俺の姿をはっきりと認識したらしい。各々の手に物騒なモノをもって、こちらへ突進してきた。
 俺は咄嗟に結界呪文を唱え、リシェナを突き飛ばそうとしていた親父が宙を舞う。
「やめて!」
 まさか俺を庇うつもりではないのだろうが、彼女は俺の前に立ちはだかり細い両腕を広げた。
「ラファエルは何もしていないじゃない!」
 声を荒げ、気丈な瞳で彼らを睨み付ける。
「人と違うのはいけないことなの? 少し異なる力を持っているからって、同じ心を持っているのに? どうして、排除しようとするの?」
 リシェナを見る彼らの眼が、妙なモノを見る眼になっていくのがわかった。
「私はラファエルが好きよ。彼も私を好いていてくれる。それは、誰からも文句を言われる必要のないことだわ!」
 手に持ったモノを再び構え、ゆっくりと俺達に近づいてくる彼らに。リシェナは静かに訴えた。もう、殆ど涙声だった。
「どうして拒むの? どうして、受け入れてくれないの? 私の両親だって、ラファエルだって。皆と何ひとつ変らないのにっ!」
 彼らはその言葉にも、顔色ひとつ変えなかった。
 俺は苦く笑って、リシェナの肩をそっと抱き寄せる。彼女の頼りない肩は、ひどく震えていた。



「ねぇ、ラファエル」
 森の中の細い道を歩いていた時、不意にリシェナが口を開いた。彼女の村を出てから始めて聞く声だ。
「いつか……みんなが一緒に笑える日、来るかな」
 無理だと思った。少なくとも、俺達が生きているうちには絶対に無理だ。
「ラファエル?」
 リシェナは大きく瞳を見開いて、黙り込んだ俺の顔を覗き込む。
「そんな日が来ればいいな」
 心からの思いでそう答え、俺は空を仰いだ。

 これから部族の所に帰ったら、一悶着あるだろう。なにしろ、関わるなとあれ程言われていた、人間の女を連れて帰るのだ。一悶着どころでは済まないかも知れない。
 けれども、部族の奴らだってきっとリシェナの良さをわかってくれる。そして、人間の良さも。
 あせらずに、ゆっくりと皆にそれを伝えていこう。
 俺には残された明日がたくさんある。
 俺達の物語は始まったばかり。
 真っ白な頁を、急がずにうめていくんだ。


 両腕で、抱えきれない程の、想い出で。




-FIN-



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明日 -前編- [短編]

「いらっしゃいっ! まっていたのよ、ラファエル」
 その家の扉を開けた途端に、明るく澄んだ声に迎えられた。声の主はリシェナという名の、今年で二十一歳になる女だ。
 俺は躊躇わず、リシェナの家に一歩足を踏み入れた。パンを焼いていたのだろうか、香ばしい香りがする。家の中はいつも通り綺麗に片付いていて、心地良い暖かさだった。
「今日は遅かったのね。来るって言ってたから、ご飯作ってまってたのに。……冷めちゃったわよ」
 リシェナはそう言うと、軽く頬を膨らませて見せた。俺はそんな彼女の顔を直視することが出来ないでいる。
「どうかしたの?」
 ひょいと顔を覗き込まれて、その愛くるしい空色の瞳見つめられても、俺は沈黙するしかなかった。俺は今日、この娘に別れを告げにきたのだ。

 俺の名はラファエルという。ルバクという部族の、族長の三番目の息子だ。
 この世界では、失われた魔の力を持つ種族のことをルバクと呼んだ。
 何の力も持たない人間達は、俺達を恐れ、妬み……その末に化け物扱いをしている。
 リシェナは人間だ。俺が彼女に別れを告げなくてはならない訳も、そこにある。俺と一緒になれば、彼女は必ず不幸になってしまうからだ。

「どーしたのよ。ラファエルってば、暗い顔して」
「ん、あぁ。何でもない」
 思わず俺はそう答えてしまっていた。
「もちろん、ご飯食べていくわよね? 待ってたんだからね?」
 強気なリシェナの言葉に、つい頷いてしまって俺は唇を噛んだ。
「でも、ラファエルの髪って本当に綺麗な色だねぇ」
 食器を並べながらリシェナが、俺の虹色の髪に目をやる。何度も何度も聴いた言葉だ。くすぐったくて、単純に嬉しかった日もある。けれども、こんな髪の色でさえなければ、もっと違った未来もあったかもしれない。最近では、そう思わずにはいられないのだ。
「こんなもの欲しくなかった」
 視線を落とし、俺は彼女には聞こえないよう小さな声で呟いた。
 食事を終えてからにしよう。
 話が、切り出せない。せめて、食事が終わるまで。それまでは、幸せな恋人同士でいたい。
 リシェナが笑顔でよそってくれたスープの温かさに、何だか涙が出そうだった。



「今、なんていったの?」
 瞳を大きく見開いて、リシェナが言った。声がひどく震えている。
「俺はもうここには来ない、と」
「本気、なの?」
「ああ」
 俺は意識して抑揚のない声を作り、短く応じる。
「どうしてっ?」
 リシェナは悲鳴のような掠れた声で叫び、俺の両肩に手をかけて揺さぶった。
「だって、ラファエル! 私のこと、好きだって言ってくれてるじゃない! 結婚しようって! 嘘だったの? みんな、嘘だったの?」
「俺と一緒にいたら、不幸に。リシェナは、不幸になるんだよ!」
「私が、人間で。あなたが、ルバク族だから? そうなの?」
「そうだ」
 目を反らして答える俺の頬が乾いた音をたてた。それに少し遅れてぴりっとした鈍い痛みがはしる。
「そんなの関係ないじゃない!」
 打たれた頬をおさえて呆けている俺を、鋭い瞳でリシェナが睨んでいる。
「少なくとも私には関係ない事よ。あなたが私を好きで、私があなたを好きなら。それでいいでしょ? 違うの? 私、間違ってる?」
「俺はリシェナが『化け物』と罵られるのを見たくない」
「ラファエル」
「それに、君の御両親だって悲しむだろう」
「私の両親はそんな事を気にする人たちじゃなかったわ」
 リシェナの瞳の奥に灯る強い意志。
 その瞳を見つめながら、俺はこの娘と始めて会った日のことを思い出していた。



「ルバクの奴だ」
「何しに来やがったんだ!」
 周囲から容赦のない殺意や悪意を浴びせられて、俺は戸惑いうろたえていた。
 その頃の俺は、人間がルバク族を嫌っているなんて知らなかったし、自分が不思議な力を持っているとさえ思っていなかった。俺の周りでは、力があることが当たり前のことだったからだ。
「追い出せ!」
「まだ、ガキだぞ。生け捕りにするか?」
 当時まだ十九だった俺に、大きな図体をした親父どもが一斉にとびかかってきた。
「何するんだよ!」
「殺して、晒してやるそ! 化け物め!」
「何だよ、それっ!」
 親父どもの攻撃をかろうじてかわしながら、俺は何だか悲しくなった。
 父上や母上が言っていたのはこの事だったんだ。ルバク族が結界内から出たがらないわけが、その時ようやく理解できた。
 どういう訳だかわからなかったが、俺は--俺達はここでは化け物扱いされているのだ。
「わかったよ! そっちがそのつもりなら、やってやろうじゃねぇかっ!」
 俺は掌に意識を集中させた。
 人間に疎まれる原因となっている、ルバク族特有の力を使うためにである。剣などとは比べ物にならないほど、この力は殺傷能力に長けているのだ。
「その代わり、後でごちゃごちゃ言うんじゃねぇぜっ!」
 一瞬、親父どもの腰がひける。結局、口先だけの奴らなのだ。
「空より集まり我が力となりて……っ!」
 俺の掌にまばゆいばかりの光が集い、それは閃光となって放たれた。稲妻のように迸った閃光は、彼らをいともたやすく地に打ち倒した。
「ば……化け物めっ!」
 地に這いつくばってなお、掠れた声で叫ぶ彼らは一様に、嫌悪と憎悪と恐怖が入り交じった表情をしていた。ずきりと、俺の胸が痛む。
「はっ! 何とでもいいやがれっ!」
 俺は自虐的な気分でせせら笑った。
 そして、痛みを振り払いたくて、目の前の奴らを消してしまいたくて。もう一度、掌に力を集める。
「地より涌き出で、我が力となれ。古より続く盟約によりて……その力をここに放てっ!」
 呪文に込められた魔力に従って、大地が裂けた。あたりにいる奴らは、まともに立っていることすら難しくなったようだ。
(ざまぁみろよ)
 俺は、大きく口を歪めて笑っていた。我ながら、醜い顔をしていただろうと思う。
「ここから出て行けっ! 災いをもたらす者めがっ!」
「まだ、そんな口がきけるのか?」
 殆ど自棄になって叫び、俺はこれみよがしに手を掲げてみせた。恐怖に引き攣る彼らの憎悪に満ちた顔が、今でも忘れられない。
「化け物が……っ!」
 全く同じような罵倒の声を聞きながら、怒鳴る俺の掌に真紅の光が集まっていた。
 炎の魔法である。こんな所で使ったら、大火事になってしまうのは目にみえている。けれど、その時の俺にそんな事を考える余裕はなくて――――。
「我が怒りに応え……我に集え……」
 そして、俺は命じた。
 炎の魔法の発動を。
 昏く掠れた声で。
 その後のことは、全く覚えていない。


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天使 -後編- [短編]

「誰?」
 彼の呟きが耳に入ったかの様に、フェリアは首を巡らせ誰何する。細くて澄んだ声だった。
「あなたは……」
 彼の姿を目にとめて、彼女はしばらく絶句した。しかし、数秒後には満面の笑顔になる。
「やっと、来てくれたのね? もう、二度と会えないのかと思っていた」
 そう言って彼女は本を閉じた。そして、少し恨みがましい様な目で彼を軽く睨みつけてくる。
「また、遊びに来てねって言ったのに。十年以上も来てくれないなんて酷いわ。私、父様以外の人と話しをした事がなかったから、あなたが来てくれてとても嬉しかったのに……」
 明るく話す少女に近寄りながら、彼は首を傾げた。彼女から感じられる生気があまりにも弱々しい。
「私ね、明日入院するのよ」
 笑顔のままでフェリアが言った。
「あなたが、来てくれたのが明日でなくて良かったわ」
 答えずに彼は、少女の病的なまでに白く細い手をとった。驚くほど冷たい。
「そうだわ」
 声の調子を少しあげて、フェリアは彼の手を握り締めた。
「私、まだ、あなたの名前聞いていない」
 彼はしばらく沈黙した。
 ちらりと少女を見ると、大きな水色の瞳でじっと自分を見上げている。仕方なく彼は、小さな溜め息を一つだけ吐き出して己の名を告げた。
「セラフィム」
 不機嫌そうな声だった。彼はこの名を嫌っているのだ。まるで、天使になりたい悪魔の自分をそのまま現しているようで。
「熾天使……いい名前ね」
 そんな彼の声をものともせず、フェリアは明るく微笑んだ。
「そういえば、あなたって全然変わっていないのね。あの時も、今と同じ、真っ白な服を着ていたわ」
 呟きながらフェリアは、セラフィムをじっくりと眺めた。腰まで届きそうな長い金色の髪。どこか冷酷な印象を与える緑色の切れ長の瞳。そして、肩から足元までを包み込んでいる純白のマント。
「あなたはどうして天使になりたいの?」
 唐突に、少女が訊く。
「どうしてって、それはっ……。僕達は、悪魔は嫌がられるから。天使は新しく産まれてくる生命を祝福するんだ。そして、悪魔は失われる生命を祝福する。僕は、失われていくものよりも、産まれてくるものの方が好きだ。それに、この黒い翼がたまらなく嫌なんだっ!」
 感情にまかせ、大声で叫んでしまってからセラフィムは俯いた。この少女に想いをぶつけても、仕方のない事なのだ。
 今の大声で怯えたりはしていないかと、気遣う目になって彼はフェリアを覗き込んだ。彼女はただ、にこにことしている。
「悪魔でもなんでもいいわ。私にはあなたが天使みたいに見えるの」
 何か口を挟もうとしたセラフィムを軽く手をあげて制し、フェリアは呟いた。
「だって、私の所に来てくれたのは、天使ではなくてセラフィムだもの。一人で寂しくて、お友達を下さいってお願いしても、天使は来てくれなかったわ」
 でも、あなたは来てくれた--少女は熱のこもった声でそう囁いた。
「学校へは通わなかった?」
「私、産まれつき身体が弱いんですって。だから学校へは行けなかったの。それでも、歩けた頃はね、庭に出て遊んだりしたのよ。……今はもうそれも出来ないけれど。母様は私を産んだ時に死んでしまって、父様はお仕事が忙しいから。昼間はこの家に独りきりなの。ずぅっと本を読んでいても、やっぱり独りは淋しいのよ……」
 小さな声でフェリアは語った。消え入りそうな声だった。
「私はね。もう、長くは生きられないの。お医者様にそう言われているのを知ってる。だから、死んでしまう前に。もう一度だけでいいからあなたに逢いたかった。あれが、私の夢だったなんて思いたくなかったから。一生懸命お願いしたの。そうしたら、来てくれた。だからね、セラフィム。私にとって、あなたは天使なの」
 無意識に、彼はフェリアの手を握りしめていた。彼女の生気が弱々しいのは、死期が近いせいだったのだ。
「セラフィム。私が死んでしまったら、きっと祝福してね?」
 あまりに無邪気なその声に、セラフィムは思わず声を荒げた。
「どうしてっ! どうして、死んでしまった者を祝福できる?」
 苛立ち叫ぶ彼を見て、フェリアは小さく首を傾げる。
「あら、どうして?」
 その声はセラフィムとは正反対で、とても穏やかで落ち着いていた。
「死んでいく人は、精一杯生きたのよ? 例え、その一生がどんなものだって、きっとその人にとっては大切なものなの。誰かの祝福を受けたいって思ってもいいでしょう? それに--」
 その後の声は言葉にはならなかったが、セラフィムには伝わった。少女の淋しげな声が心に響いたのである。

--独りで死んでゆくのはとても哀しい--

 彼は強く唇をかみしめた。
「フェリア」
 その手を取り直し、セラフィムは口を開く。少女は「何?」とばかりに軽く首を傾げてみせた。
「フェリアの好きな花は?」
「スノーホワイトっていうの。冬に咲く花。もう、見ることは出来ないんだろうな。あ、あとね、秋桜も好きよ? でも、どうして?」
 フェリアの問いには答えず、セラフィムはいたずらっぽく笑ってみせる。それから、ふと真剣な表情になってフェリアに問うた。
「明日、いつ頃病院へ?」
「お昼すぎだと思うわ」
「何処へ行くんだ?」
「隣町の病院なの。丘の上にあるんですって。とても綺麗な所だと聞いているわ」
 そう語るフェリアはどことなく楽しそうですらある。
「セラフィム」
 窓の外へ視線をやったセラフィムを見て、彼女は急に不安そうな声になってあいている右手で彼の髪に触れた。彼が怪訝そうに眉を寄せる。
「何?」
「もう、帰ってしまうの?」
「ああ、そろそろね」
 小さく頷く。この部屋を訪れた時は、まだ真昼で日が強かった。けれども日は西に傾き、かげりはじめている。
 この部屋に長く居すぎた事は確かだ。
「お願い」
 フェリアはポツリと呟いた。
「もう少しだけ、傍にいて欲しいの」
 拒否する事ができず、セラフィムは頷いていた。
 日が暮れて夜が訪れ、少女の父が帰宅するまで。彼はそこに留まっていた。お互いの事や他愛のない話をし、時が流れるのにまかせて。
 別れの際。
 セラフィムは約束をした。
 時間の許す限り、少女の病室を見舞うと。
 彼自身、何故そのような事を口にしたのかわからなかったが、深くは考えなかった。フェリアの喜ぶ顔が見られれば、それで良いと思ったのだ。


「まぁ……」
 父に抱きかかえられ、玄関を出たとたんフェリアは息を飲んだ。
 翌日の昼少し前の事である。病院に向かう為、父の腕で車に運ばれる最中だった。
「父様、見て。秋桜がこんなに。綺麗ね……」
 父は答えずに、傷ましそうに娘を見た。季節は初夏、秋桜はまだ咲かない。
「ありがとう。セラフィム」
 やがて少女が去った後、風に吹かれるように庭一面の秋桜が消えていった。
 セラフィムの精一杯の魔法が--。



 白に囲まれた病室の隅に、セラフィムは佇んでいる。
 少し前に、フェリアは息を引きとっていた。
 彼は悲しんでいるようには見えない少女の父を睨みつけた。どちらかといえば、ほっとしているように見える。
 十九歳の娘が死んだというのに。
 セラフィムは固い表情のまま、フェリアに近づいた。少女の魂を祝福するために。
「フェリア? どうして、君には、僕が見えたんだろう」
 淡く光る魂を抱きしめ、セラフィムは独り呟いていた。
「本当に驚いたよ。幼い頃ならばともかく。大人になってまでなんて」
 言葉に応えるかのように、魂の放つ光が強くなった。天へと還る生命が、こんなにも暖かいものだと、セラフィムははじめて知った。
 白いマントの下から、漆黒の翼が広がる。
「君は僕を天使だと言ってくれた。とても、嬉しかったんだ。天使でも悪魔でも、そんな事は大切じゃないと。ずっと、誰かに言って欲しかったんだ」
 俯いた彼の瞳から、涙が静かに零れ落ちた。
「フェリアは短い命だったから、僕が見えたのかもしれないな。それとも、天界の神からの、贈り物だったのか」
 心の迷いを、曇りを取り払ってくれる。
 セラフィムは少女の魂にそっと頬を寄せた。
「また君に逢いたいよ。そして、もっと話しがしたい」
 病室を出て、彼はフェリアの家に向かった。そして、誰もいない彼女の部屋に入る。
 弱々しい冬の太陽が綺麗に片付けられた室内を照らしていた。
「もうすぐ、スノーホワイトが咲くよ」
 呟きながらセラフィムは寝台に腰掛けた。二度目に会った時、彼女はここで本を読んでいた。
 瞳を閉じれば、その時に楽しそうに話をしていたフェリアの表情がよみがえる。
 セラフィムは目を閉じたまま、明るい笑顔を浮かべる想い出の中の少女に向かって囁いた。
「僕にとって、君は。僕にとっては、君こそが天使だったんだよ。フェリア--」



-FIN-



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天使 -前編- [短編]

 彼は窓の外からその幼い少女を見つめていた。先程から飽きる事なく絵本のページをめくる少女の姿を。
 仕事の合間にそうして少女を眺めることは、彼の日課と言っても良い。
 開けっ放しの窓から風が吹き込み、ふと少女が顔を上げた。
 その瞬間、ふと、彼と目があう。彼は別に気にも止めなかった。
 よくある事なのだ。相手が誰であっても、このくらいの事は……。しかし、少女は彼から目をそらさなかった。まるで、『彼が見えている』かの様に。
「あなたは、だぁれ?」
 少女は二階の窓枠に腰掛けている彼に、無邪気な声でそう問うた。彼は慌てふためいて、思わず窓の外に転がり落ちそうになってしまう。
「どうしたの?」
「あ、いや。どうもしないよ。ええと、君には僕が見えるのかい? 驚いたな……」
「だって、あなたはそこにいるもの。みえないほうが、おかしいわ」
「うん、そうだね。でも、世の中には僕達が見えない人のほうが多いんだよ」
 そう呟いた彼の表情はひどく寂しそうだった。
 幼い少女は納得のいかない様子で「へんなの」と唇をとがらせ、絵本へと視線を戻す。ため息を吐き出して、彼は額を押さえた。
 少女は柔かそうな金の巻き毛をしている、四、五歳の子供だ。
(天使みたいだなぁ。まぁ、このくらいの子供は皆そうか)
 無意識に、彼の指は己の額を飾る漆黒のサークレットに触れていた。
(僕も、天使になりたかった)
 目線を感じて顔を上げると、少女が澄んだ青い瞳でじっと自分を見ている。質問に答えてもらっていない事を思い出したようだった。
「ねぇ、あなたは、だれなの?」
「僕は、……悪魔だよ」
「あくま?」
 少女は目をまるくして首を傾げた。
 目の前に立つ彼は、絵本の中の悪魔とはあまりに違いすぎていて。純白の長いマントで身を包んだ長身の彼は、どちらかと言えば天使のようだ。
 少女の思いを察したのか、彼は苦く微笑する。
「僕は、ちょっと変わった悪魔なんだ」
 沈黙の後、少女が突然呟いた。
「あなたは、てんしになりたいのね?」
「そう。僕は天使に生まれたかった」
 思わずそう応えてしまってから、彼ははっとして口を噤む。
「そろそろ、行かないと。さよなら、君に会えて良かったよ」
「さよなら。また、あそびにきてね? わたし、フェリアよ。あなたは?」
「僕は、悪魔だよ」
 彼は悲しそうに唇を歪めてそう言うと、名を告げる事なく消えてしまった。
 フェリアはしばらく誰もいなくなった窓を見つめていたが、やがて諦めたように絵本に視線をおとしページをめくった。
 ……それが、二人の出会いだった。


 彼はそこに来て何度目かの溜め息をついた。
「何、してるんだろう……僕は」
 あの幼かった少女が、自分の事を覚えているわけなどないと言うのに。もし、仮に覚えていたとしても、もう彼女は自分を見る事は出来ないだろう。
 彼は自嘲的に笑うと軽く地を蹴り窓の傍へと身を寄せた。少女に姿を見られて以来ずっと、彼はこの部屋に寄りつかなかった。
 自分の事を忘れさせるために。
 今日は、たまたま近くにやって来て、何も考えずに足を運んでしまったのだ。ぼんやりと道行く人々を見ているうちに、気づいたらここに立っていた。
「フェリア」
 彼は幼かった少女の名を呟き、白い壁に手を触れる。その瞬間、彼は実体を待たぬものであるかのように、壁を通り抜けていた。
 部屋の中は綺麗に片付いていた。白い机と椅子。細々とした飾り物。木目の本棚には分厚い本がぎっしり詰まっている。
 季節は初夏の、強くなりはじめた日の光が全体的に白っぽい部屋を照らしていた。
(留守か?)
 そう思いかけて寝台の方に目をやると、思いがけず少女はそこにいた。背に置いたクッションにもたれ、熱心に本を読んでいる。
「フェリア」
 押し殺した低い声で彼は呟いた。
 想像していたよりも、彼女は綺麗な女性に成長している。絵本の前に座り込んでいた幼い少女とは、まるで別人だ。


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聖光の彼方 -後編- [短編]

 岩肌の山道に寝そべって星空を見上げていたフェルスタンのもとに、息を切らせてラエリアがやって来た。
「何してるの? フェル」
「別に、何も」
 ぼんやりと呟くフェルスタンの隣に、そっと腰を下ろしラエリアは小さく首を傾げる。
「これで、何度目だろうな。『祈りの石』の伝説を聞くのは。その度に、俺は……俺の心は二つに分かれるんだよ。父さんを助けたい。望みが叶えばいい。そう心から思ってる。なのに、いつだって、『祈りの石』なんてなきゃいいとも思ってる。偽物の『石』を見つけた時、俺は父さんをなぐさめながら心の底では喜んでるんだ」
 フェルスタンはきつく両手を握り締めた。
「だけどっ! もう、父さんのあんな顔は見たくないんだ」
 黒い瞳の端に涙が浮かび、彼の表情が大きく歪む。
「今度こそ、『祈りの石』が本物だといい」
「そうね。おじさまはとても淋しそうだったもの。ここは、自分の居場所だって思えないでいるんだわ。でも、大丈夫よ。だって……フェルがおじさまを解放したいって願ったんですもの」
 ラエリアの言葉の後半の真意を問おうとして、フェルスタンは彼女に目を向けた。
「ラエリア?」
 月明かりに照らされ静かに微笑んでいる少女はひどく大人びて美しく見え、フェルスタンは強く戸惑い、言葉を失う。長く続いた旅のおかげもあり、異性とあまり接した事のない彼にはわからなかったのだ。
 こんな時、どんな言葉をかければ良いのか。
「フェルスタン」
 ゆったりと微笑み、ラエリアは彼の黒眼を覗き込んだ。
「淋しいの?」
 唐突に問われ、彼はしばらく視線をさまよわせた後に、ためらいがちに小さく頷く。
「ああ。もう、父さんと会えない。父さんと旅も出来ない」
「元気、出して」
 くるくると緩く巻いた金の髪に縁取られた笑顔。
「ね? フェル」
「ラエリア?」
「あのね、私、どーせ村に帰ったらムリヤリ結婚させられちゃうんだ。だから……私」
 ラエリアは頬を染め俯いた。フェルスタンは黙して彼女を見つめている。
 別に、何か気の利いた言葉を期待していたわけではないけれども……。
(この、鈍感男)
 ラエリアは読み取られない程度わずかに、瞳を剣呑に細めた。
「私、フェルについていくよ。どこまでも、一緒に行くから」
 やけに熱のこもった言葉にフェルスタンは首を傾げる。
「いいよね? フェル」
「……ああ、別に」
 驚いて言葉を失っていたフェルスタンは、やがて表情を和ませ頷いた。



 幾分か緊張した様な面持ちで、セルティオが『石』に手を触れた。
 そのまましばらく、金の瞳を閉じたままで何事か考えている。
「父さん?」
 呼び声に瞳を開き振り返ったセルティオは、『石』を持ったまま二人に近づいた。
 彼の両手に包み込まれてしまうほどの小さな石--美しい青色の『祈りの石』。
「やっと、見つけました」
 セルティオは微かに笑っていた。
「良かった、な。父さん……」
 笑って父を見送ろうと、決意していたのに……。フェルスタンの頬を熱い涙が流れていく。
 セルティオは服の隠しから、白金製のペンダントを取り出した。
 妖精の薄羽を模したそれは、かつて精霊に愛でられた者が多く産まれていたオルザーヌ王国の紋章である。
「何か困ったことがあったら、オルザーヌの王宮に行きそれを見せなさい」
 ペンダントを受け取って、フェルスタンは涙を拭った。
「フェル、私を許して下さい。ラエリア、フェルを頼みましたよ……」
 『祈りの石』を胸に抱き、瞳を伏せながらセルティオが告げる。
「私はいつでも、あなたを見守っていますから」
 呟く声が震え、掠れていた。
 彼の白金色をした長い髪がふわりと宙に舞い、魔力を含んだ風がその身体を浮かびあがらせる。
 ……それは、あまりにも美しく、幻想的な光景であった。
「父さん」
 息子はくいいるように、父を見つめている。安堵と寂寥。父から感じ取れる感情。
 そして、父もまた地を去り難く思っていることに今更ながら気付かされる。
 その時である。
 その場にいた誰もが予想だにしなかったことが起きた。
 天空の遙か高みより、この世のものならぬ美しい少女の影が舞い下りたのだ。少女は口元に微笑みをたたえ、白く細い腕をセルティオに向けて伸ばした。
「--アルファジナ?」
 セルティオもまた、驚きを隠せない様子ではあるものの最愛の人の名を呟き、その人の方へ手を伸ばす。
 二人の指が絡み合った瞬間--セルティオの身体から光りが散った。その身体から抜け出してゆくのは、曇りなき魂。
 精霊の少女--アルファジナは、彼を誘うように白き翼を広げ天へと向かう。
 フェルスタンは、父の肉体が砂となり崩れてゆくのを見た。
 上空に浮かぶ父の背に、翼があらわれるのを見た。
 汚れなき生命の証。雄々しくも見える、純白の水鳥の翼が--。
「父さん……」
 息子の涙声に戸惑う彼を急かす様に、精霊の少女が今一度舞い下りてきた。
 愛おしそうにセルティオの翼に触れ、涼やかな声で少女は言う。
『セルティオ様、共に天界に参りましょう』
『アルファジナ……私は』
 地上に残す息子のことがやはり気にかかる。
「セルティオ様っ!」
 すぐ横でそう声があがり、父に声をかけようとしていたフェルスタンはぎょっとした。ラエリアはいつも、父を「おじさま」と呼んでいたはずである。
「セルティオ様。フェルは独りじゃありません。私が、ずっと彼の傍にいます。独りにはさせませんっ! だから、どうかアルファジナ様と……」
 ラエリアの瞳から、堪えきれない涙が零れ落ちた。それが何故なのかは、彼女自身にもわからない。
「千を越える年月、あなたを待ち続けていたアルファジナ様と」
 驚いた様に眼を見開いていたセルティオの表情が不意に和らいだ。小さく頷いた後、ラエリアに微かな微笑みを向ける。
『ラエリア。あなたが、………………だったのですね』
 最後に。息子へ微笑みを向け、父は翼を広げて大きく羽ばたいた。精霊の少女がその後に続く。
 そして。
 この世の存在ならぬ二人は、聖光の彼方へと--。



「父さん」
 天を見上げたまま、フェルスタンが小さく呟く。
 あれから、どれくらい時が過ぎたのだろうか。気付いてみると、彼らの前に『祈りの石』はなかった。
 全ては夢の中の出来事であったのか。そんな気分にさえなる。
(違う、夢なんかじゃない)
 フェルスタンは確かな重みを伝える白金製のペンダントを、強く強く握りしめた。
「千年か。永かっただろうな」
 見上げた空には無数の星が輝いている。
「フェルスタン」
 静かな声に振り向くと、ラエリアが俯いて立っていた。
「ラエリア?」
 その姿がやけに儚げに見えて、彼は顔をしかめる。
「セルティオ様の願いを、叶えて……良かったのかな」
 ラエリアは胸の前で両手を組み合わせ、消え入りそうな声で呟いた。
「何を?」
「私を、恨む? フェルスタン」
 言葉と共に顔を上げた少女を一目見て、フェルスタンは息を飲む。
「そんな、馬鹿なことが--」
 彼女の額に埋め込まれている様子の丸い青色の石には、確かに見覚えがあった。
「君は、」
「フェルの思う通りよ。私は、『祈りの石』の精霊。十七年前に精霊王様に命じられて、人としてこの地に降りたの。誓約に背いて他の女と子を生したセルティオ様を、監視するために。」
「十七年前」
「でも、その使命を思い出したのも、力を取り戻したのも、二年前のことで。初めてあなた達に会った時は、何も……本当に何も知らなかったわ。それに、昨日あなたに会ったのだって、本当に偶然なのよ?」
 早口になって弁明しているラエリアを、彼は不思議そうに見ている。何をそれほど一生懸命に弁明する必要があるのか、彼にはわからないのだ。
「もう、本当に、鈍感なんだから」
「なんだ?」
「なんでも、ないわよ」
 小さくぼやいた言葉を聞きとがめられ、ラエリアは不機嫌そうに答えた。
 そんな彼女を気遣うことなく、ふと、微笑んだフェルスタンが言う。
「ラエリア。父さんを救ってくれてありがとう。--なぁ、父さんは、精霊王に許してもらえたのかな?」
「言ったはずよ。フェル。あなたが、セルティオ様の解放を心から願うなら、セルティオ様は『祈りの石』を見つけられるって。精霊王様はね、もうとっくに御二人の事をお許しになられてたの。だって、セルティオ様も、アルファジナ様もずっとお互いを想いつづけて来たんだもの」
「じゃぁ、俺が、父さんを引き止めてたって言うのか?」
「ううん、そうじゃなくて……。ああでも、結果的にはそうなっちゃうのかしら。セルティオ様が『祈りの石』を探し始めたのが、私が目覚めた二年前だものね。でもね、フェル……」
 精霊の少女は、ひょいとフェルスタンの顔を覗き込んだ。
「この『祈りの石』は、人の願いをたった一つだけ叶えるの。もし、セルティオ様が『死』を心の底より願っていたら、その願いを叶えてしまうのよ」
「どういうことだ?」
「わかる? セルティオ様が見つけた数々の『石』は、偽物じゃなかったのよ。セルティオ様の願いが叶えられなかったのではないの。セルティオ様が心から願った事が……フェル、あなたの幸せだっただけなの」
「そんな……」
「だから、フェルスタン。 あなたの祈りがセルティオ様を解放したのよ。肉体という器に縛られて、死をなくしたセルティオ様を救ったのよ」
 ラエリアの顔がぼやけて見える--。フェルスタンは手の甲で、乱暴に涙を拭った。
「ここ、オルザーヌ王国ではね。白金色の髪の赤子が最も多く産まれていたのよ。セルティオ様が精霊王様の怒りをかってからは、途絶えてしまったけれど。でも、これからはまた。白金色の髪の赤子が産まれるわ。精霊に愛でられた子供がね」
「ラエリア」
 少しの間迷ってから、フェルスタンは己の手を握りしめ口を開く。
「父さんが産まれた所へ行ってみたいんだ。俺と一緒に、オルザーヌの王宮に行ってくれないか?」
「もちろんよ。それが、セルティオ様の最後の祈りでもあるわけだし。そうそう、精霊王様が娘であるアルファジナ様と、セルティオ様の仲を認めたのは、その祈りのおかげなのよ」
 思いもよらぬその言葉に、フェルスタンは眼を見開いた。
「なんだって?」
「精霊王様はね、セルティオ様をお許しにはなったけれど、『死』を与えるおつもりでいたの。でも、セルティオ様が、ずっとあなたの幸せを祈っていたものだから……。その、心にうたれたんですって」
「そうなのか。なぁ? 『精霊王様』ってどんな人なんだ? 何か、会ってみたいなー」
 興味深げに呟く彼を見つめ、ラエリアが小さく笑う。
「会えるわよ。フェルスタン、あなたなら、いつか……ね」
「ラエリア、それは……」
 不可解な言葉の意味を問おうとした時には、彼女は既に遠くを歩いていた。後を追おうとして、フェルスタンは不意に思いとどまり、大きく息を吸い込みながら空を見上げる。
「父さん。父さんこそ、幸せに、なれよ?」
 俺は、父さんからいろんなものをもらったし。
 これからの俺の幸せは、俺自身が見つけ手にするものだから。


 少年を見守る。
 無数の星が瞬く夜空は静まり返り、不思議な程に澄みわたっていた。

-FIN-



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