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第三章.反旗 ―8― [哀歌を詞う、小鳥達【完結】]

 その言葉尻にかぶさるように、軽やかに数回、扉がノックされた。続けて高い少女の声がする。
「お兄様」
「入っていいぞ」
 妹の声を確認すると、ラルバートは用件も聞かずにそう言った。
「はい。失礼します」
 そっと扉が開かれて、ミレーネが入ってくる。その後ろに続く人物を見て、さすがのアルスも驚いた。
 国王夫妻が立っていたのだ。無理もない。
「セルレイン。ラルバートを救ってくれたそうだな。本当に、おまえには世話をかける」
 ファルク国王――ラッセルが青眼を細めてそう言った。
 慌てて片膝立ての姿勢をとろうとするセルレインを、王妃メルティナの細い声が制する。
「今は、気にしなくて良いのよ。わたくし達はあなたに、息子を救っていただいた親としてお礼を言いに来たのですもの」
 言いながら彼女はセルレインに歩み寄り、そっとその手をとった。三十余歳には見えぬ、若々しく美しい王妃を間近にして、思わずセルレインの頬が上気する。
 彼は微笑みながら優雅に礼をして、メルティナの手の甲に口付けた。王妃は優しく、緑眼を細める。
「父上、母上」
 進み出たラルバートの顔立ちは、母に良く似ていた。物腰や雰囲気があまりにも異なるので、似ていないようにも見えるのだが、神妙な表情をしていれば、なるほどと納得できる。
「ラルバート。窓枠に腰をかけて、落下したそうだな」
 厳しい父の声に、息子はびくりと肩をすくませた。蛇に睨まれた蛙のように、所在なさげで落ち着かない様子だ。
「あとで、私の部屋に来なさい。少々じっくり話しがしたい。アルス。それまでに、たっぷり反省させておいてくれ」
「御意」
 涼しい顔で答えるアルスを、視線に力があれば殺傷できるのではないかという程に睨みつけ、ラルバートは溜め息をついた。
「それでは、セルレイン。今後も、ラルバートを頼むぞ」
「はい」
 はっきりとした声で答え、セルレインは深く頭を下げる。
「では、陛下。参りましょう。若い方は若い方同士で話したい事もありますでしょう」
「そうだな」
「お母様」
 立ち去りかけた母の頬に、ミレーネが口付けた。メルティナは目元だけで笑ってみせると、優しく娘にキスを返す。
「いつも、あなたが幸せで元気に過ごせますように」
 頷くミレーネの頬に、国王が同じように口付けた。
「お父様、御元気で」
「ああ、おまえも、身体には気を付けるように」
 ミレーネがキスを返してから、ラッセルはゆっくりと扉を押し開ける。廊下には、常に国王と共にある近衛騎士数人が立っていた。
「では、失礼する」
 二人が立ち去った後、セルレインがちらりとミレーネを振り返る。彼女は小さく頷いて、彼のほうへ近づいて来た。
「何だ。もう帰るのか」
 つまらなそうにラルバートが呟き、アルスはミレーネの手をとり、軽く口付ける。
「一ヶ月以内に、どうにかして、おまえの家に行くからな」
「ああ、待っているよ」
 拗ねたように言うラルバートに、セルレインは飾り気のない笑みを向けた。そこからふいっと視線を反らし、ラルバートは妹の頬に口付ける。
「お兄様、アルス先生。すぐにまた、参ります。御元気で」
 兄に口付けを返してから、ミレーネは小さく頭を下げた。その背に腕を回しながら、セルレインが小さく微笑む。
「元気で」
 セルレインが扉を開いた時、ミレーネが小さく叫んで振り向いた。セルレインが訝しげに声をかけるよりも早く、アルスに視線を定める。そして、たった今、思い出した言づてを口にした。記憶を辿るように、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「アルス先生。ディムス神殿長が探しているようでした。手伝って欲しい事があるそうです」
「わかりました。彼には後で会いに行きましょう。今は、殿下を反省させなくてはなりませんから」
 そう言ってアルスの浮かべた優雅な笑みは優しげで、彼を盗み見ていたラルバートは頬をひきつらせた。とんでもなく苦い野菜の絞り汁を、騙されて飲まされたような表情で黙り込んでいる兄に、ミレーネが声をかける。
「自業自得ですわ、お兄様」
 ふんっと鼻を鳴らして眼を反らす兄を見て、彼女はくすくすと堪えきれぬ笑いを漏らした。身をひるがえし部屋を出て行く間際の妹に、ラルバートが声を低くして唸るように言う。
「覚えてろよ。ミレーネ」
 柄にもなく凄んで見せているつもりの兄を、ちらりと振り返ってミレーネが言った。
「嫌です。お兄様が、家にいらしても、迎えてあげません」
「あ、おい、ミレーネっ?」
「見苦しいですよ、殿下。さぁ、そこに、お座り下さい」
「………………」
 アルスに言われるまま、長椅子に腰を下ろしてラルバートはじっとりと黙り込む。何か言いたげにセルレインとミレーネの方をちらちら見ているのだが、アルスにこれ以上何かを言われるのも嫌で言葉を発することが出来ないのだ。
 セルレインとミレーネは、顔を見合わせて我慢できずに小さく吹き出した。
「嘘です、お兄様。いつでもいらして下さいね」
「はっ。可愛くないやつだな! 最初からそう言やぁいいんだよっ。じゃあ、またなっ」
 頬を紅潮させながら、けれども満足そうにラルバートが言う。妹夫婦は振り返らずに、そのまま部屋を出て行った。扉が閉まる前、セルレインの手がわずかに挙がっているのが見える。
 後ろ姿に向かって「冷たいよなぁ」などの戯言を吐きながら、王子はアルスの様子を窺った。セルレイン達の後ろ姿を追っていた彼は、その視線に気づいて王子に視線を戻す。
 ラルバートは、もしかしたらアルスは説教をしないで神殿長の所へ行くつもりかもしれない。などと淡い期待を抱いていた。けれども、そんな都合の良い思いも、彼の眼を見た瞬間に吹き飛んでしまう。
 王子は匙を投げるような気分で、大袈裟に溜め息をついた。
「幸せが逃げていきますよ」
 大真面目な顔で、アルスが言う。ラルバートは、表面上は平常心を保ちながら、おまえに捕まっている時点で充分に不幸せなんだよと、威勢良く文句を並べたてていた。
 ――勿論、心の中だけで。


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第三章.反旗 ―7― [哀歌を詞う、小鳥達【完結】]

 呼吸を三回する程の間をおいてから、彼はセルレインの額に己の額を押し付ける。そして、そのままの姿勢で問い掛けた。
「なぁ。ミレーネには」
「まだ、話していないよ。けれど、彼女ならば、打ち明けても大丈夫だと思っている」
「そうか。……良かった」
 セルレインは泣きながら笑みを浮かべ、ラルバートをきつく抱きしめる。
 その行動に驚いたものの、照れくさいような、嬉しいような複雑な表情で、ラルバートも彼を抱きしめ返した。
「親友だと、思っているんだぞ」
 無愛想にラルバートが呟く。
「ああ、ありがとう……ラルバート」
 口許に笑みを浮かべてセルレインがそう返すと、ラルバートは彼から離れて窓のほうへ目線をやった。その口元に、隠し切れていない笑みが残っている。
「な、セルレイン。今度、おまえの家に行っていいか? もちろん、誰にも気付かれない様に抜け出すからさ」
 それを聞いた瞬間、呆れ顔になって、彼は王子の顔を横目で見た。まだ、そんな事を言うのかと問うような眼差しである。ラルバートが真顔なのを確認し、セルレインは大袈裟に溜め息をついて見せた。
「今度、ね」
「約束だぞ?」
「ああ。けれど、アルスにはきちんと断りを入れるんだよ?」
 それを聞いて、ラルバートが一瞬、何とも言えぬ表情になる。それはちょっと……と言いよどみ、窺うようにセルレインをちらりと見るが、彼はそ知らぬ顔だ。
「わかったよ」
 悔しげに言って、ラルバートはセルレインに己の小指を差し出した。ずいっと乱暴に差し出された彼の小指に、セルレインの小指が絡められた瞬間。
 ノックも無く、部屋の扉が開け放たれる。セルレインは全身を硬くしたが、ラルバートは表情一つ変えなかった。
 ここは仮にも王子の部屋なのだ。こんな風に、無礼な開け方をするような人物は一人しか知らない。
「殿下。薬を持って参りました」
 入って来た人物は、予想通りの男だ。閉じる扉を背にして平然とした顔で立っている彼を、ラルバートは軽く睨み付けた。
「そういうセリフは、ノックしながら言うもんだ」
「ああ、それは失礼。少々急いでいたものですからね」
 悪びれた様子もなくそう詫びると、アルスは顔を背けているセルレインの元へと歩み寄る。そして、その腕を取り、わざとらしい溜め息をついた。持参した手当て道具を、長椅子の前の机上に置く。木製の机と鉄製の籠が、擦れて耳障りな音を出した。
「どれもこれも、消毒しておけば何てことのない怪我ですね。三階から落ちたにしては、木が衝撃を和らげたのだとしても軽すぎます」
「そ、んな事はないよ。アルス。私は、あのくらいの高さならば、なんて事は」
「いいえ。セルレインの体重だけではないのでしょう? 殿下を庇ったと聞きましたよ? 突発的に飛び出した体勢で、尚、人一人を抱えて無事に着地しようなど……いくらあなたでも無理な事です」
 しどろもどろになりながらも反論しようとするセルレインに、アルスはきっぱりと言い切り、反論を許さない鋭い視線を向ける。黒眼に射抜かれて、セルレインは黙り込んだ。
「知らないとは思いますが、城内には数人の魔術師がいるのですよ。もしもの時の為にね。セルレインが魔力を有する事に気付いた者もいるはずです。もしかしたら、王宮騎士団から近衛騎士団に転属されるかも知れません。覚悟はしておいたほうが良いですよ」
 服を脱ぐように促しながら、何でもない事のように言ってのける。セルレインは数秒間呆けた後、上着を脱ぎながら首を横に振った。アルスは彼の前、黒い石の床に膝をつく。
「それは、ないと、思うな」
 近衛騎士団はファルク国内で特別な存在だ。王家だけを守るための騎士達で、近衛騎士団長は王族以外、誰の指示も受けない。神官などの神聖魔法を扱える者で、剣の才能がある者が集められているといった噂もある程だ。入団するには、よほどの功績と絶対的な王家への忠誠。それに加えて誰しもが認める腕が必要なのだ。
「謙遜のしすぎは厭味になりますよ。あなたの腕は、いまや誰もが認めるところですしね。ガディウスが千騎長を退けば、間違いなくあなたが次の候補でしょう。あなたの父上であるレイルド様も、近衛騎士団へ来ないかと、再三言われていたのですから」
 淡々と告げながら、アルスは彼の傷口を一つ一つ、消毒液を含ませた布で拭っていった。細かい傷は職業柄、頻繁に負っている。故に、しみる消毒液にも慣れているつもりだった。しかし、一,二箇所と全身とでは全くの別物だったらしく、セルレインは頬を強張らせた。
 全身が熱く、空気を感じる感覚が鈍い。
「本当は、消毒だけで充分なんですがね」
 器用な手付きで、セルレインの腕や足に白い包帯を巻きつけながら、アルスが面倒くさそうに呟いた。
「一応、人目を考えてつけておきましょう。この包帯は、明日にでもとってしまって構わないですよ。司祭に治してもらったと言えばおかしくもないでしょう」
「……ありがとう、アルス」
 しばし沈黙してから、セルレインは曖昧な笑みを浮かべる。
「たいしたことはしていませんけどね」
 そう答えて、アルスは彼の瞳を見つめた。今日ここにやってきてから、始めての事である。
「そろそろ、瞳の色を戻したほうが、良いでしょう」
 口調も変えず、そう言って微笑むと、セルレインは戸惑うように表情を揺らした。驚愕と不審。その二つがありありと表れる顔色の中に、苛立ちのようなものも窺える。
「アルスも、平気、なのか?」
 ほぼ全身に巻かれた包帯の為に、身体を動かすことが不自由だった。その為に、苦労して服を着込みながら、呆然と呟く。アルスがあまりにも自然に接してくるもので、自分の瞳にかけた魔術が解けていることを失念していたのだ。
「私は、怖いですよ。殿下とは違って全く平気と言う事はありません。けれども、セルレインはセルレインです。自分よりも圧倒的に力の勝る者へ対する恐怖は拭い切れませんがね」
 セルレインは素早く呪文を唱え、瞳の色を変えた。それからアルスに手を伸ばして彼を引き寄せる。
 ただ単に「恐怖や嫌悪はない」と言われるよりも、嬉しかったのだ。その言葉が、真実のものであると信用できる気がする。
「ありがとう。アルス」
 消え入りそうな声で囁くと、アルスは子供にするように、セルレインの髪を優しく撫ぜてやった。そうしながら、扉を振り返る。
「さて、殿下、セルレイン。お客様ですよ」


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第三章.反旗 ―6― [哀歌を詞う、小鳥達【完結】]

 座り心地の良い長椅子で、すっかりくつろいでいるラルバートを睨み付けながら、セルレインは窓際に立っていた。先程から、どうでも良い話ばかりを連発され、かなり苛々としている。
「セルレインも座ったらどうなんだよ。立ったまま手当てを受ける気なのか?」
 自分の腰掛ける隣に座れとばかりに、彼は長椅子の手触り良い黒一色の布生地をぽんぽんと叩いた。
 足早に廊下から部屋に入ってきて後、ずっとこの調子なのである。セルレインは窓から離れ、続き部屋になっている寝室の扉を睨みつけた。濃紺の壁掛けに視線を移し、苛々とラルバートに声をかける。
「殿下っ! いい加減に」
「ほら、もう、しばらくは窓に近寄りたくないんだ。だから、こっち」
 立ち上がってセルレインの手を掴み、ラルバートは強引に彼を長椅子に腰掛けさせた。それから満足そうな表情で、自らもその隣に腰を下ろす。
「で、セルレイ……」
「ラルバートっ!」
 たまりかねたように、彼の言葉を遮りセルレインが叫んだ。
「そう、それ。そうやって呼んで欲しくて」
 照れくさそうに呟くラルバートの頬が、嬉しそうに緩んでいる。
「最近、他の奴いなくても殿下って呼ぶし、家に遊びに行くと怒るし。正直言って、おまえが俺の事、嫌いになったんじゃないかって思ったりもしたんだぞ」
 拗ねた様な声でそう言って俯いてしまう王子に、困惑しきった瞳を向けセルレインは深く溜め息をついた。
「そんなわけ、ないだろう。ただ、お互いに立場があるからね。親しくしていては、色々と」
「俺は、構わない」
 きっぱりと言い切る彼に、優しく笑いかけてからもう一度嘆息する。
「構わないでいられるなら、どんなに良かったろうな」
 その囁きが聞こえたのか、聞こえなかったのか。ラルバートは小さく笑って見せた。
「だから、さっきは凄く嬉しかったんだ。ありがとう。セルレイン」
 言葉と共に差し出された手を、セルレインも固く握り返す。
「最近さ、ゆっくり話してる暇なかったろ? だから、色々話したくて。悪かったな」
 素直に謝られてはそれ以上咎める気にもなれず、彼は微苦笑を浮かべた。
「もう、いいよ。それで、答えてくれるね?」
 当人はいつもの口調を保ったつもりでいるが、声までしっかり固くなっている。ラルバートは、思わず苦笑しながら頷いた。
「何故、驚いていないかだったな。答えは簡単だよ。ずっと前から知ってたんだ。俺は、おまえが魔族だって知ってた。幼い頃、俺と喧嘩した時とか、瞳が紫がかったりしてたんだよ、おまえ。変だなって思ってた。確信したのは、七年くらい前かな。木から落ちた俺を守ってくれたろう? 今日みたいに」
 何でもないことのようにきっぱりと言い切られ、セルレインは言葉を失ってしまう。しばらく沈黙が続いた後、彼は唇を震わせながら呟くように問うた。
「どうしてっ? 何故、知っていて、それで、どうして、黙って」
 ひどく混乱した様子で、まとまりのない言葉を発する彼に、ラルバートが笑いかける。淀みのない、明るい笑顔だった。
「おまえから話してくれるまで、待つつもりでいたんだ。だいたい水臭いよな。そんな大事なことを、こんなに長い間話してくれないなんてさ」
「違うっ! そんな意味じゃない! どうして平気でいられるんだ? 私が魔族だと知って、何故」
 次第に、彼の声が大きくなっていき、ラルバートは内心ひやひやとした。他の人間に聞かれて良い話ではないのだ。ある程度の声は防げる部屋ではあるが、大音響となれば話が別である。
「友達だろ? 親友だと、思っているんだ。おまえが何であろうと構うものか。セルレインは、セルレインじゃないか。何も悪い事なんかしてないだろ? それに、きちんと調べたさ。暴走って言うのだって、よっぽどの事が無い限り大丈夫なんだ。いつだって、引き金を引いてしまうのは、人間の方なんだ」
 強い、その口調に。セルレインは口を噤んだ。しかし、信じられないものを見るような瞳に変化はない。
「おまえこそ、どうしてそんな事言うんだよ。魔族に生まれたことが、そんなに悪い事なのかよっ! セルレインがそんな卑屈にしていて、レイルド達に悪いなって思わないのか?」
「ラル……」
 ふと、セルレインの表情が和らいだ。それと同時に、瞳の色が黒から紫へと変化し、今にも泣き出しそうな頼りの無い表情になる。
「父上と母上を殺した暗殺者だって、恐れていたよ。私のこの瞳を見て、そこで勝負を捨てていた」
 ラルバートの両肩に手を置いて、セルレインは呟いた。
「私が魔族である事を、知られてはならないと、言われていた。幼い頃からずっと」
「馬鹿野郎。人をみろよ。俺はそんな事でおまえを差別したりしない。わからなかったのか? 俺のこと、そんなに信じられないのか」
「怖かったんだ。打ち明けて、離れられたらと思うと、怖くて。失いたく、なかったんだ」
 紫の瞳から、大粒の涙が零れ落ちる。ラルバートは軽くセルレインを引き寄せて、小さく首を傾げた。幼馴染みの肩が小刻みに揺れている。そんな事は珍しく、しばし彼は面食らったような表情で動きを止めた。


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第三章.反旗 ―5― [哀歌を詞う、小鳥達【完結】]

 嘆息と共に黒髪の男が、漆黒のカーテンを閉めてもう一人の男を振り向いた。日の光を遮り、小さな金の燭台一つに頼る室内は薄暗い。まるで、光を厭うかのように。
 狭い部屋には飾りの類は一切無かった。家具類も少なく、いくつかの棚と机。そして、紺色の布で覆われた寝台と、朱色に染めた皮張りの長椅子しかない。
「王子とセルレインが窓から落ちたらしい。怪我はない様だ」
「そうでしょうね」
 当然の事のように言い放つ男の水色の瞳を凝視して、黒髪の男はその黒眼を鋭く尖らせた。微かにその瞳には恐怖の色が混じっている。
「どういう事だ?」
 問われて、四十に近いであろうその男は、にやりと唇をつり上げた。
「今、魔力の波動を感じました。おそらくセルレイン様が魔術を用いて落下の衝撃を和らげたのでしょう」
「馬鹿な。奴は騎士だぞ? 宮廷で飼われている魔術師共とは……」
 声を荒げながら、黒髪の男はもう一人の座る長椅子へと足を進める。対照的にもう一人の男は落ち着き払っていた。声色を多少なりとも変えることなく、身じろぎもしない。
「そうでしょうね。彼は宮廷に登録されている魔術師ではないでしょう。巧妙に、魔力の気配を絶っていますしね」
 水色の瞳を細め、男は口元だけで笑って見せた。
「彼が魔術を扱えたのならば、公爵家を襲った者が彼を殺せず、返り討ちにあったことも納得できます」
 男の笑みに、背筋が寒くなるのを感じながら、黒髪の男は小さく頷く。まだ青年と言っても良い程の顔立ちに、鍛えられた体躯の男だった。
「計画を、練り直すか?」
 声を低くして問うと、中年の男は首を横に振ってみせた。
「その必要はありません。宮廷に隠し通せる程度の魔力ならば、恐れる事もありませんしね。何よりも、もう、動き始めてしまった計画を今更修正するのは難しいでしょう。貴方にはその意識が薄いようですが、もう既に動き始めているのですよ? 貴方を首謀者として……ね」
 黒髪の男はきつく唇を噛みしめて、ごくりと唾を飲み込む。確かに、計画は動き出してしまったのだ。四年前、この男と出会った日から。手を取ってしまったあの時から、動き出していたのだ。そして、もう引き返せない場所までとっくに来てしまっている。
 ――来てしまった。
「わかっている。そんな事は、わかっている!」
 吐き捨てるように叫び、黒髪の男は左手の指先で己の額を抑える。
「ならば、このお話は、もうお終いにしましょう。宮廷内で話すには余りに危険です」
 薄茶色の短髪をさらりとかきあげて、男は長椅子から立ちあがった。そして、口許にとってつけたように優しげな笑みを浮かべ、自分よりも背の高い黒髪の男の肩に、伸び上がるようにして手を置く。
「そろそろお戻りになったほうがよろしいかと。貴方を探して、妹さんがやってきますよ」
「わかっている」
 黒髪の男が、深く息を吸い込んだ。そして、忌々しげに辺りを睨みながら扉へ向かう。部屋の主である水色の瞳を持つ男は、長椅子に腰掛けながら、追い討ちをかけるかのように彼に声をかけた。
「どのみち、じきに決着がつきます。その時に、我々が勝者であるのかはわかりませんが。御自分だけ逃げようなどとは思わない事です。既に貴方も、その手を血で染めているのですからね」
 陰湿な声での囁きに、男はわずかに肩をぎくりと硬直させる。
「逃れられるなど、思っていない」
 冷たく、鋭い水色の瞳を背中に感じながら、そう言いきって彼は扉を押し開けた。その背後で、男が含み笑いをもらしているのが、手に取るようにわかる。
「どうして、このようなことに」
 閉じた扉に背を押し付けて、彼は大きく息を吐いた。呟きはしても、逃れられぬ事はわかっていた。覚悟を決めなくてはならないのだ。
 始まりはただ、憎しみがあるだけだった。レイルド――ロイスダール公爵に憧れていた。レイルドはいつでも彼が渇望する道に居た。彼がどれほど望んでも就けぬ職を、乞われながら断ったことも知っている。強い憧憬は、いつしか憎しみへと姿を変えた。それでも彼は息をひそめ、レイルドの引退を待った。彼が退けば、自分の望む道を進めると信じていた。その日々の中で、彼の想いはいっそう歪んでいってしまったのだ。
 結局、彼の望みは挫かれた。セルレインが現れたのだ。父の才能を受け継ぎ、王族との関係も与えられた少年。レイルドへの憎しみは、その息子へも向けられるようになっていった。このままでは、彼の望みは何ひとつ叶わない――。
 人の気配が近づいてくるのを感じ、彼は背筋を伸ばして顔を上げる。人気のない廊下を歩いてくる人物は、彼の妹だった。背を向けた部屋の主が言った通りだ。
「やはり、こちらへおいででしたのね。お兄様」
 いつの頃からか、自分に向けられるようになった、冷たく他人行儀な妹の声。彼は、自嘲的な笑みを浮かべた。ひきつれたように唇が歪んでいる。
 全ては、自分が招いた事なのだ。誰のせいでもない。そして、引き返せないのならば進むしかない。負けは同時に死をあらわすのだ。彼の妻と、子供達を守る為にも。この賭けには勝たなくてはならない。
「おまえの望みを叶えてやろう。セルレインは、余程の事が無い限り、おまえのものとなるだろう。おまえは、それで、満足か? それで……良いのか?」
 普段とは違う兄の様子に、妹は微かにたじろいだ。そっと兄に近づいて、気遣う様な表情で見上げてくる。
「あまり、無理はしないで下さいませね? 兄上様」
 久方ぶりに見る、妹の優しげな薄茶の瞳と、どれほど前に聞いたのか覚えていない柔らかな声。彼は、自分がどれくらい追いつめられているのかを悟った。
 こんな風に妹に気遣われる程。真実を知らない妹が、何かを感じ取ってしまう程に自分にはもう後がないのだ。
「もう、遅い。何もかも、手遅れなのだよ」
 思わず唇から零れ落ちたその声は、ひどく震え、掠れていた。妹は、ふと眼を細めて兄の背に手をまわす。
 兄をこれほどに愛しく、近しい存在に感じたのは、随分と久しぶりの事だった。
「戻れない。例え我らが勝ったとしても、戻れない。この手を染めるものは何も変わらないっ!」
 呟きつづける彼の言葉は、理由のわからない彼女にも、どことなく恐ろしい響きが感じ取れる。けれども、ロザリーは哀しげに唇を歪めただけで、何も言わずに兄を強く抱きしめた。
「ロザリー」
 その肩に手をかけて、彼は妹を自分から離す。
「おまえには、きっと、つらい思いをさせてしまう」
「え?」
「おまえは、私を憎むだろう。こうして、口をきいてくれるのも……これが、最後かも知れぬな」
 彼はそう突き放すような口調で言い、一人で歩き出した。呆気に取られて立ち尽くしていたロザリーが、慌てて兄の後を追いかける。
「どういう意味ですの? 兄上様!」
 全てを拒絶するような兄の後ろ姿から、答えは返って来なかった。


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第三章.反旗 ―4― [哀歌を詞う、小鳥達【完結】]

 ロザリーと別れ、セルレインはしばらく回廊を真っ直ぐに歩いた。角を折れる手前で、水差しを持った侍女とすれ違う。侍女は立ち止まって頭を下げ、軽く会釈したセルレインが通り過ぎるまで動かなかった。角を折れた所に階段がある。彼は一旦足を止め、中庭の方をちらりと見やってからそれを上り始めた。
 中庭に面している側とは逆の、薄暗い階段である。ごつごつとした黒色の石段が、一階から五階へと螺旋状に続いていた。昼夜問わず灯の揺らぐ銀色の燭台を見つめながら一段一段を踏みしめていく。金属の靴底と、石とが擦れ合い、無機質な音を辺りに響かせていた。
 三階の踊り場が見える位置まで階段を上がった時、セルレインの足が止まる。そして、わずかに肩を落とした。三階に上がりきったその場所に、幼馴染みの王子を見出したのだ。上機嫌の彼を見る限り、顔を合わせた瞬間の嫌な予感は拭う事が出来ない。短く息を吐いてから階段を上って行く彼を、にやにやと笑いながらラルバートが出迎えた。セルレインは、再度わざとらしく溜め息をついてみせる。
「やぁ、セルレイン。もてる男はつらいなぁ」
 気づいていないわけではないのだろうが、彼の様子など気にも留めない様子でラルバートはそう冷やかした。
「殿下、お願いだから、姫には黙っていてくれよ?」
 沈痛な面持ちでセルレインがそう言うのを、彼は小さく肩を震わせながらにやりと笑う。
「どうしようかなぁ。セルレインがもっと俺のところに頻繁に顔を出すっていうなら、考えてやらなくもないけどな」
 笑いを口許にはりつかせたままで、ラルバートが言った。またいつもの我儘かとそれとわかる程に顔をしかめ、セルレインはあからさまに話題を変えた。
「それよりも、殿下。こんな所にいていいのか? 婚礼の儀の準備は?」
「ンなもん、アルスに任せときゃいいんだよ。あいつ、面倒くさい事大好きだからな」
 鼻が曲がるほどの臭気を嗅いだような表情をつくりながら、彼は開放感のある大きな窓へと歩み寄る。
「だいたい俺は、おまえ達と違って相手になる侯爵家の姫とは一回しか会った事ないんだぞ。乗り気になれるわけがないじゃないか」
 頬を膨らませるようにしてぶつぶつと文句を言いながら、彼は中庭に背を向ける形になった。窓枠に両腕をついて身体を軽く浮かせて、ひょいとそこに腰掛ける。
「殿下っ!」
 『危ない』と言う意味と、『殿下ともあろうお人が』と言う意味を込めてセルレインの鋭い声がとんだ。固い事言うなよ、と全く反省のない様子でひらひらと手を振ってみせてから、ラルバートは大きく嘆息する。
「いいじゃないか、誰もいないんだし。黙って聞けよ。……なぁ、セルレイン。俺は人を好きになった事が、いや、恋をした事がないんだよ。つまんないよなぁ。話に聞くだけでさ。来月には十九になって、結婚しなくちゃならない」
 悲しげにも聞こえる独白に、セルレインは小さく眉をしかめた。それは、自分も感じた事のある想い。定められた道への不満。選べない事への怒り。そんな行き場のない感情だ。
「殿下」
 自らも窓の方へ歩み寄り、セルレインは王子の澄んだ緑色の瞳を覗き込んだ。王子が窓に腰掛けているため、セルレインの方が長身なのにも関わらず自然と見上げるような形になる。エメラルドのように透明な王子の瞳から目を反らすと、彼は窓枠に両手を置くような形で隣に並んだ。
 回廊の四隅の一つであるそこからは、中庭の景色が一望できる。ファルク王国はクシュア大陸の最南に位置しており、一年を通して気候は暖かった。肌に心地よい風が吹き抜け、セルレインの袖が風を孕んで軽やかな音を立てる。
「私も、そう思っていたよ。確かに、私と姫は陛下のお計らいで共に過ごす事が多かった。けれど……婚礼の儀の時、私はまだ十四で。大人達から押し付けられたと言う、そんな思いしかなかった」
 眺めるとはなしに、セルレインは中庭に視線を巡らせた。一階の回廊から手をのべれば届く位置に、常緑の低木が植えられている。それに沿うように造られた、人が二人、やっと並んで通れる程度の石畳の細い道。角々から中心に向かって四本。同じ幅の道が伸びている。
「セルレイン」
「でも、今は違う。昔、父上が言っていたんだ。定められた相手と結ばれた、その後が問題なのだと。どれだけ、相手を想えるか。どれだけ、相手を愛せるか。私は今、姫の事をとても大切に思っているよ」
 ラルバートは、首をめぐらせて幼馴染みの眼を捕らえようとした。けれども、セルレインは中庭に目線をやったままだ。「綺麗な空だよな」などと、今、話していることとはまるで関係のない言葉を吐き出し、彼を見ようともしない。無性に悔しいような気持ちになって、ラルバートは唇を噛んだ。見上げれば空は青く、雲ひとつ見当たらない。悲しみなど、微塵も抱えてはいないのに涙が零れそうだった。
 セルレインがちらりと王子の顔を盗み見ると、彼はひどく不機嫌そうな顔をしていた。微苦笑して、セルレインは中庭の石畳に視線を戻す。中央には、白い石で造られた円形の休憩所のようなものが建てられ、その周りには人の背を上回る屋根を、更に超える高さの木が植えられていた。白石に、繁る緑が良く映えている。
 四本の道に沿うように植えられた、手入れの行き届いた色とりどりの花が、太陽の光を浴びてそっと揺れていた。
 その数ある花の中に、ひときわ目をひく色がある。三階の窓から眺めても、かすむことの無い深紅。セルレインはそちらを指差し、ラルバートの瞳を覗き込むようにして微笑みかけた。
「あそこで咲いている花だって、ここから見て綺麗だってことは漠然とわかっても。それだけじゃない。わからないことだってあるだろう? 近付いてみて初めて確認出来ることだってあるんじゃないのか? あの花はもしかしたら、赤一色じゃないかもしれない。細く橙色が混じっているかもしれないだろう? もしかしたら、棘があるって思い込んでいるだけで、綺麗に棘は取られているかもしれない。その逆だってあるんじゃないのか?」
 そう言って聞かせる彼の黒眼は、暖かく、とても優しい色をしている。
 途端に、ラルバートの中に募っていた苛々が、嘘のように消え去った。妙に素直な気持ちになっている自分に気付かされる。
「それはそうかも知れないな。今更うだうだ言っても仕方ないし。彼女も悪い人ではないみたいだし」
 何故か、気恥ずかしいような思いで呟き、ラルバートは背を仰け反らせて目線を青空へと泳がせた。
「そうだね、彼女は、幾度か会った事があるけれど、良いひとだと思うよ」
「ああ、すまないな。セルレイン。おまえには、いつも愚痴ばっかりだ」
 ラルバートは窓枠についた両腕に力をいれ、軽く身体を浮かせる。微笑を強くしながら、セルレインは身体を捩り窓に右腕をもたせかけ、王子と向かい合うような姿勢になった。
「その程度の愚痴ならば、いつでも聞いてあげるよ」
 その言葉に嬉しそうに笑ったラルバートの身体が、ぐらりと傾ぐ。不安定な姿勢で窓枠の外に上半身を乗り出していた為、壁面を撫でて行く強風に煽られたのだ。
「ぅわぁぁっ?」
 奇妙な悲鳴のような声を上げて、ラルバートの身体が空中に放り出される。セルレインが慌てて体の向きを変え手を伸ばすが、間に合うはずもない。
「ラルバートっ!」
 一瞬の迷いも無く、セルレインは廊下の床を蹴り窓の外へ飛び出した。この高さから落下すれば、大怪我をするのは必至であるし、打ち所が悪ければ命を落とすだろう。
 勢いをつけた分セルレインの落下速度がわずかに速かった。落下する二人の影に気付いた者達の悲鳴が上がる中、セルレインは思い切り手を伸ばしてラルバートの腕を掴む。
その感触に、ラルバートは固く閉じていた眼を開いた。間近に淡く紫色に変色したセルレインの瞳がある。
「セル……」
思わず息を飲んだが、それに気付く事なくセルレインは彼を抱え込み、空いている右手で素早く印をきった。
【我、大地抱きし風の精に命ず、我らに護りをっ!】
 ラルバートには耳慣れぬ、意味のわからない精霊の言葉で、セルレインが何かを呟いている。その瞬間、ラルバートは自分達の周囲を漂う空気が歪んだような感覚を覚えた。地面が迫って来て、衝撃を覚悟した彼はきつく眼を閉じる。
 二人は、低木の枝を折りながら、中庭の端に墜落した。思った程の衝撃はなく、下敷きとなったセルレインが微かに呻いた程度だ。ラルバートが恐るおそる眼を開くと、セルレインが怒ったような、安心したような複雑な表情で自分を見ていた。
「全く。だから、危ないと言ったろう」
 長々と説教を始めそうな彼の瞳は、微妙に紫がかっている。
 身を起こして、セルレインが低木にひっかけた切り傷以外に、大きな傷を負っていないかを確かめていたラルバートは、木の葉を払いながら起き上がろうとする彼を唐突に抱き寄せた。
「なっ……」
 額をラルバートの胸元に、押し付けられたような姿勢が居心地悪く、もがくセルレインの頭を抱え込みその耳元に囁く。
「早く、瞳の色を変えろ」
 その言葉の効果は絶大で、彼は急に大人しくなった。そして、先程と同じようなラルバートには理解の出来ない発音の呪文を口にする。
「驚いていないな。何故だ」
 静かにラルバートを突き放し、顔を上げたセルレインの瞳はいつもの黒眼だった。けれども、その瞳は常時より鋭く、口調もどこか固い。
「話はあとだ」
 セルレインの唇に指をあて、ラルバートが囁いた。二人の元に、騒ぎをききつけた人々が集まりつつある。視線でそれを注意され、セルレインは口許に柔らかな笑みを貼り付けた。
「殿下っ、セルレイン様、お怪我は?」
「セルレインが庇ってくれたから、俺は何ともない。アルスに切り傷に効く薬を持ってこさせてくれ。セルレインが、木の枝にひっかけてかすり傷程度だって」
 一呼吸先に立ち上がったラルバートが言う隣で、セルレインも頷いてみせる。集まってきた者達は、その言葉が本当かどうか二人の全身を眺め回してから頷いた。
「殿下のお部屋へ?」
「ああ。な? セルレイン」
 問われて、セルレインは小さく首を縦に振る。ミレーネを迎えに、彼女の母の部屋へ向かう途中だったのだが、ラルバートには確かめておかねばならない事がある。
 この程度の傷ならば放っておいても大事ないが、それを確かめる為にセルレインは彼に従う事にした。


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第三章.反旗 ―3― [哀歌を詞う、小鳥達【完結】]

「お久しぶりです、セルレイン様。ずっと、お会いしたいと思っておりましたのよ」
 城内の二階でばったり出くわした彼女は、赤い唇に妖艶とすら言える笑みを浮かべそう言った。大きく肩を露出するような形の灰銀色のドレスを纏っているせいだろうか。十八と言う歳よりはずっと大人びて見えるその人に、セルレインは強張った笑みを返す。
「お健やかそうで、何よりです」
「貴女こそ。ところで、ロザリー姫。今日は、何故?」
 彼女の事は、嫌いではない。けれども苦手な事は明白であった。セルレインは上の空で返事を返しながら、落ち着きなく辺りを見回す。彼女と親しげに会話しているところを、他の誰かに見られたくはないのだ。どう婉曲されて、ミレーネに伝わるかがわからない。
 今、彼らが立っているのは、中庭に面した回廊だ。正午に近い時刻の明るい日差しが、中庭の景色を見渡せるよう大きくくりぬかれた石壁の窓から差し込んでいる。今の時分には灯りの無い燭台は、太陽の光を反射させていた。随所に飾られた花瓶の花も、余すことなく陽の恩恵を受けている。
 幸い、辺りに人影はなかった。窓に近寄らずとも、覗くことの出来る青い空をちらりと見やり、澄んだ空とは全く正反対の気分で、セルレインはそっとため息をつく。
 後退りでもしそうな様子をみせる彼の手をとり、彼女は可愛らしく微笑んでみせた。
「わたくしはこんなにも貴方をお慕い申し上げておりますのに、つれない事をおっしゃいますのね。セルレイン様にお会いしたい一心で、兄上様に無理をお願いして参りましたのに」
「それは、どうも」
 少しずつ身体を寄せられて、セルレインはじりじりと後退さる。それに気付いたロザリーは何気なく腕を伸ばし、彼の腕にするりと絡めてしまった。
「ひ、姫っ!」
 慌てて身を引こうとするが既に遅い。ロザリーはしっかりと彼の腕をとっていた。
「困ります、この様な場所で。あらぬ誤解を招きます!」
 心底、困惑の表情で眉をひそめるセルレインに、無邪気そうに笑いかけ、
「あら、ならば、他のところでしたらよろしいの?」
 媚びるような口調で囁きながら、彼の顔を覗き込む。
「い、いえ。そういったわけではなく、あの」
 セルレインは一度きつく双眸を閉じ、唇を引き結んだ。
「あなたとの婚姻の話は、お断りしたはずです!」
 しばらくの後、強い口調で言い放ち、感情に任せるまま力を込めてロザリーの手を振り払う。
「きゃ」
 驚いた様子でわざとらしく口許を両手で覆い、ロザリーは上目遣いにセルレインを見つめた。
「ああ。痛かったですか? 申し訳ありません。けれど、姫」
「姫と呼ぶのはよして下さい。貴方がわたくしを姫と呼ばれるのでしたら、わたくしは貴方をロイスダール公爵様とお呼びしなくてはなりません」
 そう言われ、セルレインは言葉に詰まる。その時、石の廊下を歩く複数人の靴音が聞こえてきた。軽い音で、女性のものであろう。彼は咄嗟に、ロザリーとの距離を充分すぎる程にとり、やっとの思いで唇だけの笑みを浮かべた。足音の主達は、予想したとおり王宮に仕える侍女達で、談笑している雰囲気のセルレインとロザリーに軽く会釈をしながら、足早に通り過ぎる。通り過ぎた後、彼女達がお互いの距離を狭め何事か囁きあっている様子をセルレインは察した。靴音が完全に聞こえなくなった後、彼は過剰な程に辺りを窺う仕草を見せる。人気の無い事を確認してから、彼は声を潜めて先を続けた。
「ロザリー。貴女がいつまでも私の傍に留まれば、良くない噂がたつでしょう。そうなって、困るのは、貴女と、貴女の兄上様なのですよ?」
 気遣うようなその口調に、内心ほくそ笑みながらロザリーは下唇を噛んだ。それから、今にも涙が零れそうな潤んだ瞳でセルレインを見上げ、何度か唇を開閉した後、微かに頬を朱く染める。
「兄上様は、お困りになるかも知れません。けれども、セルレイン様、わたくしは……」
 ロザリーは、そこで言葉を詰まらせた。彼女の色素の薄い茶の瞳から、ついに溢れた涙が一粒、零れ落ちる。
「わたくしは、それで本望ですわ。はしたない娘だと、そう、思われてしまうかも知れませんけれども。ずっと、ずっと、セルレイン様をお慕い申し上げているのですもの。貴方のお傍にいられるのならば、例え愛して下さらなくとも、疎まれても、わたくしは幸せなのですわ」
 目の前で涙を流されて、セルレインはどうしたものか内心ひどく戸惑っていた。しかし、ここで優しく接しても相手に期待を持たせるだけだろうと考え、冷たいとも言える口調で突き放す。
「しかし、私は、貴女を愛せません。これから先もずっと。貴女が私の傍に留まりつづければ、それは尾ひれのついた噂となり、姫の耳にも届くでしょう。どれほど些細な可能性であっても、私は姫を傷つけるような真似はしたくありません。……失礼っ!」
 言葉を返さないロザリーを置き去りに、厳しい表情のままセルレインは大股にその場を立ち去った。彼の姿が見えなくなってから、ロザリーは指先でそっと目元を拭う。
「セルレイン様ったら、生真面目すぎますわ」
 薄く笑いながら、彼女は小さく嘆息した。先程、セルレインの前で浮かべていたものとは明らかに異質の笑みだ。
「もう少し、隙を見せていただかないと、付け入る事も出来ないわ」
 再度嘆息し、ロザリーはわずかに眉を寄せる。脳裏には、兄の顔が浮かんだ。死んだ父はロザリーをロイスダール家に嫁がせるつもりでいた。けれども、ロイスダール家の一人息子セルレインには、秘密裏に定められた婚約者がいたのだ。ファルクの両翼と言われる両家を血縁で結び、己の力を強めようと考えた末の事。父は側室でも構わぬからと、縁談を進めようとした。
 そんな自分の立場に疑問を抱かぬロザリーではなかったが、父には逆らえなかった。けれども、初めてセルレインを見た日。そんな思いは吹き飛んだのだ。整った面差しに意志ある瞳。そして、何より、隣に寄り添う人へ向けられる暖かく優しい笑顔。「あの方の隣で微笑むのがわたくしだったら」と、何度もそう考えた。
 母が病死し、後を追うかのように、父も旅先で事故死した。その後も、父の志を兄が引き継ぎ、兄はリーシェフル公爵家の権力拡大の為に動いている。その兄にとって、セルレインに嫁ぎ裏でロイスダール公爵家を取り仕切るように育てられたロザリーは、欠かせない道具であった。野心家の兄は嫌いだったが、兄が自分を利用するように自分もまた兄を利用しようと、彼女は心に決めていた。
 ロザリー一人の力では、セルレインに近づく事すら容易ではないからだ。
(だから、お人形はお人形らしく可愛らしく可憐に振る舞おう。けれども、この胸の内のセルレイン様への愛は真実のもの。あの御方を不幸にはさせない。それが例え、兄上様に逆らう事だとしても。例え、兄妹の縁を切られても)
 その想いだけが、彼女を動かす力だった。そこにはセルレインへの想いよりも強く、意地のような気持ちがあったかもしれない。けれども、彼女はその想いに縋るしかなかったのだ。今更、捨てるわけにはいかなかった。動かされているのではない、自らが選択しているのだと。自身に言い聞かせ生きていく道を、彼女は選んでいたのだ。


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第三章.反旗 ―2― [哀歌を詞う、小鳥達【完結】]

 激しい慟哭とともに、男は寝台の上に上体を起こした。落ち着かぬ様子で辺りを見回し、肩を上下させて荒い息を繰り返す。
「今更、あのような夢を見るか」
 男は自嘲的に唇を歪め、喉の奥を鳴らすように笑った。時刻はまだ真夜中なのだろう。布で覆った窓からも、明りはさしていない。月も出ていないのか、室内は暗闇に包まれていた。
 跳ね除けた布団をかけなおすことはせずに、男はうっすらと笑みを浮かべる。
「もうすぐだ。おまえの望みではないことは知っている。けれど、必ずや私はこの思いを遂げてやる」
 狂気を孕む、濁った声音で彼は言った。部屋の外を吹き抜ける風が、不気味に悲しい音を奏でていく。それは、失った彼女の悲しみの声のようで、彼は思わず耳を塞いだ。
「そう。おまえの言うとおりだ。私の心は強くない。だからこそ……おまえを失って、正気で生きていけるわけもないのだ」
 暗闇の中で、見えるはずもない己の手を見つめるような仕草をする。おびただしい量の血で、その手は汚れていた。無論、彼の眼にそう映るだけのことで、実際に血がこびりついているわけではないのだが。
「おまえを殺した奴らは、もう、みんな消してやった」
 虚空に向かって、言葉を放つ。それは、まるで愛しい者に愛を囁くように、熱を帯びた優しい口調だった。
「私は私の肉親を手にかけた」
 彼女を殺せ。そう命じたのは、他ならぬ彼の父母だった。息子が貧民街の女の家へ通っていることを快く思うはずもなかった彼らは、彼女が魔族であると知った瞬間にそう使用人達に命じたのだ。魔族差別の激しいこの国では、例え故意に魔族を殺したとしても罪に問われることはない。それを良く知ってのことだった。
「けれど、まだ足りない」
 陰湿に呟き続ける彼の喉から、気味の悪い笑い声が漏れる。
「私は、世界に復讐する」
 室内に光はない。しかし、唸るように呟く彼の左眼が、燃えるように輝いた。紅蓮の炎を思わせる、鮮やかな赤に――。


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第三章.反旗 ―1― [哀歌を詞う、小鳥達【完結】]

 ロイスダール公爵夫妻が何者かに暗殺されてから、四年余り。三年余月前――セルレインは、父母の死による混乱が収まるのを待ち、爵位を継いだ。
 父に兄弟姉妹はなく、協力を申し出て来た遠い血縁の者達には全て断りの返事を出した。彼らの目当てが何であるかは、わかりきっていたからだ。覚悟はしていたものの、醜い現実に悲しさと虚しさを覚える日々。そんな毎日の中で、相変わらず無邪気なミレーネはセルレインの心を随分癒してくれた。アルスから、姫がセルレインに近づきたい一心で、難解な学問を学んでいると聞かされて、愛しさが募る。
 四年前には感じる事のなかった、一生持つ事はないと思っていた愛情が、今、己の心にある。
 当時、彼はミレーネが幼すぎてと思っていた。けれども、それは自分も同じだったのだ。
 芽生えたばかりの愛情を相手に伝える事はとても難しく、二人の関係は今も変わらない。しかし、最近セルレインは、こう思うまでにミレーネを信じるようになっていた。
 彼女ならば、私が魔族であると知っても、私を愛してくれるかも知れない――と。



 薄汚れた路地を、急ぎ足で一人の男が歩いていた。彼は両腕で抱えきれぬ程の淡い色の花を、大切そうに抱えている。
 男が纏うのは、夜空を切り取ったような藍色のマントだ。その中から、時折見え隠れする上下服も、同じ色をしている。
 伸ばしすぎた前髪が眼にかかることを厭うように、彼は度々首を振って黒に見える髪を振り払っていた。生来の色が何色であるのかは、夜闇に包まれた街灯のない路地のことで曖昧である。三十代の前半であろうか、未だ青年らしさを残す面影に、ちらりと憂鬱の影が降りる。彼の唇から、切ないような嘆息が漏れた。
 目的の地が目の前になった今、彼の脳裏に昨晩の出来事がまざまざと蘇ってきたのだ。
 昨晩、彼は長い付き合いの女性に結婚を申し込んだ。お互い、この大陸で言う適齢期はとうに越していたが、特に形式にこだわることはせず今まで暮らしてきたのだ。
 しかし、男は仕事の都合で生まれ育ったこの町を去ることになった。当然のように彼は、これを期にけじめをつけようと考えた。お互いの気持ちは明白であったし、ひとつの返事だけを信じていた。
 が、彼の予想は裏切られた。彼女は首を縦には振らなかったのだ。そればかりか、自分の元にはもう二度と来ないで欲しいとまで言い放ったのだった。
 声が震えていた。共に最後まで生きて欲しいのだと、告げた瞬間の彼女の瞳は喜びに満ちていた。
 だからこそ、それが彼女の本意でないことはわかっている。
 女心は複雑だからな、などとのん気に考え、男は今宵、改めての申し出をするために彼女の家へと急いでいるのだ。今日は機嫌をそこねぬように、細心の注意を払おう。そんなことを思いながら、たどり着いた家の戸を開く。
 そこで、彼は凍りついたように動きを止めた。入るべき家を間違えたのか。そんな間抜けな思いが彼の頭をよぎる。否、そう思いたかったのかもしれない。
 小汚い路地裏の突き当たりに、この平屋は建っている。荒れ果てた感のあるこの一帯の中でも、殊更に建て付けの悪い家だった。彼は裕福な家庭の生まれのため、彼女の家を訪ねるようになった当初には、足を踏み入れることに相当の覚悟を要したものだ。
 男の全身から力が抜けた。抱えていた薄紫の花が、はらはらと宙に舞う。
 朽ちかけた木の床に、花弁が散った。辺り一面に飛び散った紅い雫に、薄紫の花びらが溶けていくようだ。
 男は呼吸さえも忘れてしまったかのようにその場に佇んでいたが、ふと我に返った様子で室内をぐるりと見渡した。台所から寝室まで全てが一部屋の彼女の家は、戸口から隠れる部分などない。唯一、風呂場だけは布を仕切りにしてあったが、今は大きく開け放たれていた。
 夕刻を過ぎ、日の光は完全になくなっている。室内を照らす頼りは、壊れかけた机の上にある小さな真鍮の燭台のみだった。家の中が、尋常でなく荒れている。元から片付けの得意な女性ではなかったのだが、これは明らかに第三者に荒らされた跡だ。必要最低限の家具類は倒され、ふちの欠けた食器類は粉々に砕かれていた。衣類なども裂かれ、無造作に投げ出されている。彼が彼女のために置いて行った数々の品物は綺麗に持ち去られていた。そして――あちらこちらに付着している血痕。これは何だというのか。
 呆然としながらも、彼は一歩、家の中に足を踏み入れる。彼の足が床の上に散った花を容赦なく踏みにじったのだが、彼はそんなことには気づきもしない。ただ一点を見つめていた。
 視線の先には、机の脚に力なくもたれかかる女がいる。燭台の弱々しい光に照らされ、彼女の姿が震えるように揺れていた。男よりは十歳ほど年若く見える、美しい顔立ちの女だ。相当な深手を負っており、各所の傷からは流血が酷い。骨を折られているのか、腕などはあらぬ方向に捻じ曲がっていた。息をすることすら苦しげで、その生命の灯火が急速に消えかけていることがわかる。
 彼は恐る恐る女の肩に触れた。ぬるりとした嫌な感触が、彼の手のひらに伝わる。
「何だと……」
 様々な思いが頭を巡った。けれども、何一つとしてきちんとした言葉にならない。彼は己の奥歯がなるのを感じた。かみ合わない歯が、がちがちと耳障りな音をたてている。
 男は、乱暴にも思える仕草で彼女を己に抱き寄せた。陶磁器のように白い彼女の頬が、燭台の灯を受けてもなお青白く冷たい。彼は唇を噛み締めた。耳障りなこの音を、とにかく止めたかった。
「何故だ」
 誰にともなく、そう呟く。誰が、こんな理不尽なことを予想しただろう。誰が、こんな苦しみを負わせるのだろう。誰にともなく、そう問わずにはいられない。
 震えてうまく動かない指先で、彼は彼女の頬を撫ぜた。乱れた金の長い髪を、そっと梳いてやる。
 彼女は眼を閉じたまま、彼に語りかけた。
「恨まないで」
 微かに、微笑さえ浮かべてそう繰り返す。
「誰が悪いわけでもないから」
 穏やかなその声に、彼の怒りは募るばかりだった。
 ――誰かが悪いわけではない? ならば、何故、おまえが殺されねばならない?
 沸々と、やり切れぬ想いが胸を満たす。それでも彼女は、必死に彼に説いて見せた。
「この世界の歪みなの。かつて、魔族は人族に酷いことを。その報復が続いているだけ。これが、魔族に生まれてしまったあたしの宿命だから」
 ――そんな宿命は認めない! 未来永劫、魔族は黙って罪を償うのか? こんな理不尽を受け入れるというのか?
 彼は神聖魔法の使い手だった。しかし、彼ら神官には、消えていく命を繋ぎ止める力は与えられていないのだ。己の無力を思い知り、彼は慟哭した。
「だって、受け入れるより他にない」
 次第に弱くなる声で、彼女は小さく呟いた。重たそうに瞼を開き、彼の姿を探す。しかし、その瞳には既に光がなく、何も映すことは出来なかった。彼女の紫色の双眸が、鮮やかに煌いている。
「あなたは、あなたの成すべきことを果たして。あたしのことは、もうここで忘れてしまっていいから」
 そんなことが出来るわけがない。そう言おうとした彼の手を、彼女が強く掴んだ。そして、ゆっくりと己の唇にあてがう。
 ぎりりと歯をたてられ、男は眉間に皺を寄せた。何をするのだと文句を言う間もなく、彼女が傷口から滴る己の血を啜る様を目にする。驚愕して言葉を失くしているうちに、彼女は震える手を彼に差し伸べた。鮮血がつたい落ちるのを示し、視線だけで飲むように促す。
 呆気にとられながらも、彼はそれに従った。不思議と拒絶する気持ちが起こらなかったのだ。
 苦い鉄の味が口内に広がる。何故、と問うように彼は、再び瞳を閉じた恋人の顔を見つめた。
「あなたに、あたしの力を。あたしはあなたと共にあるから。だから……復讐なんて、決して考えないで。あなたには輝ける未来があるんだから」
 未来なんていらない。彼は強くそう想った。その思いを察したのだろうか、彼女の表情が薄っすらと陰りを見せる。
「復讐なんて、虚しいだけなの」
 掠れる声で懸命に訴えるが、自分を抱くその人には声が届かない。こんなにも近い場所にいて、それでも彼の心は既に遠くあるようだった。
 ――私は、絶対に許さない。この世界も、おまえを手にかけた奴らも。絶対にだ。
 焦点の定まらぬ眼でそう呟いた時、彼はその視界が揺らぐのを感じる。意識が、抗えぬ何かに浚われていくようだ。それでも男は、炎を映し赤く燃える瞳で瞬きを繰り返しながらそれに耐える。しかし、ついに堪えきれず、彼の体が血溜まりの中に倒れた。
「お願い……。あなたは強い人じゃないから。復讐なんて……」
 あなたの心が壊れてしまう。そう、声にならない声で囁いて、遠のいていく意識の中、彼女は静かに涙を流していた。
 重なり合うようにして倒れる二人の身体を、紫銀の光が包み込む――。


←第二章.黄昏 ―5―第三章.反旗 ―2―→
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短編集:目次 [≪目次:短編≫]


9/24 「白き羽根 ~Dripping of Tears~」完結しました New♪


明日 種族の異なる二人の物語。
前編後編
白き羽根
-Dripping of Tears-
空から舞い降りた白き羽根をもつ天使と、
山奥の村で質素に暮らす少女の話。第一弾。
出逢いと別れ編。
聖光の彼方 決して死ぬことの出来ない青年の話と、その息子の物語。
前編中編後編
天使 天使になりたかった悪魔と人間の少女のお話。
前編後編

※このエントリは、小説がUpされる毎に更新されます。


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白き羽根 ~Dripping of Tears~ -5- [短編]

 ライカが彼の後を追うために、困ることや迷うことは全くなかった。優しい銀の光が、彼の行った道筋を帯のように示していたからだ。
 光の帯は、森の奥へ続いていた。初めて彼の姿を見た、あの場所へ。何故、これほどに不安なのだろうと、ライカは思った。
 寝付けずに、散歩に出かけただけかもしれないのに。
 朝になったら、いつもと変わらず二人で朝食をとっているかもしれないのに。
「いかなきゃ」
 何故だろう。とても、気が急く。
 今、彼に追いついて。
 今、彼を見なければ。
 そうしなけらば、ならないように、気が急いた。
 それは、二年前にあの光を目にした時と同じように。理屈などなく「そこにいかなければ」とただ思う。
「ルーファっ!」
 何故だか溢れ出した涙を拭い、ライカは彼の名を叫んだ。


「来て、しまったんだね」
 彼女の姿をみとめた瞬間、彼はそう苦く笑った。銀色の光を全身に纏った彼は、ライカの藍色の瞳から驚きの色を感じ取り嘆息する。
「ぼくが、こわい?」
 そして、諦めにも似たような口調でそう訊いた。
「…………」
 ライカは答えることも出来ずに、彼をじっと見つめている。
「怖いか……それは、そうだよね」
 彼は自嘲的に唇を歪め、小さな声で吐き捨てるように呟いた。
「ち、違うよっ! 違う! そんなんじゃないっ!」
 酷く悲しそうなルーファに、彼女は慌ててしがみつく。
 怖くなんかない。ただ、あまりにあなたが綺麗だっただけで。そう、伝えたくて必死に彼の袖に縋る。
「いいんだ。仕方ないと思うよ、ライカ。ぼくの姿は、確かに……」
 小さく笑いながら、ルーファはちらりと自分の背後をうかがうような素振りを見せた。彼の背には、純白の水鳥の翼が揺れている。彼の背から突き出たそれが、魔術の賜物などではないことくらい彼女にも理解できる。
「違うのよ、ルーファ! ただ、本当に綺麗で……ルーファは綺麗で……」
 だから、こわくなんかないの。そう言って、ライカは己の額をルーファの胸に押し付けた。
「ぼくが何なのか、きかないの?」
 ルーファは、苦笑と共にそう言葉を吐き出す。
「聞いても、何も変わらないでしょう? 聞いたら、いいことがあるとかじゃないんでしょう? だったら、何も聞かないもん。ルーファが、傍にいてくれたら、それでいいんだもの!」
 悲鳴のように激しい口調で叫ぶライカの背中を、そっと彼が撫ぜた。
「ごめん」
 そして、そう、呟いた。
「ごめんって、何?」
 顔を上げないままに、彼女はそう訊ねる。彼の背にまわした手の力が、殊更に強くなっていた。
「ぼくは、帰らなくてはならないんだ」
「帰るって、どこへ?」
「おちついて、きいて? ライカ」
 ライカは黙して、ただ彼にしがみついた。
 聞きたくない。離したくない。離れたくない。そんな心が伝わってくるようで、ルーファは一度きつく唇をかみしめる。
「ぼくは、天界の住人なんだ。きみ達がいうところの、天使というやつかもしれない。……ぼくは天界で、罪を犯したんだ。それで、神の許しが得られるまで、地界で生活することを義務付けられた。いつ、赦されるとも知れなかった--けれど、先程、通達があったんだよ」
「そらに、かえるの?」
「あぁ」
「わたし、おいていっちゃうの?」
「わかって欲しい、人間である君を、連れて行くことはできないんだ」
「ひとりに、しないでよぉ」
 泣き崩れるライカの手をとり、ルーファは哀しそうに眉をしかめた。
「ライカ……」
 そして、己の銀髪を一房抜き取り、何事かを囁く。ライカの涙が彼の指先から発する光に包まれ、手の平におさまる程の丸い珠になった。
「きみのことが、好きだよ」
 透き通った、水晶のようにも見える丸い珠の中に吸い込まれるように、彼の髪が閉じこめられる。
「これは、ぼくの永遠の心だから」
 そういって、ルーファは彼女に透き通る珠を握らせた。
「ぼくは、ずっときみを想っているから。本当は、きみに想いを打ち明けるべきできではなかったのだけれど。でも、ぼくはどうしても自分の気持ちを抑えられなくて……。こんな結果になってしまって……本当に、ごめん」
「独りにするなら、最初から期待なんてさせないでよ!」
 ルーファを責めるライカの声は、もはや声と言えない程に掠れており、あまりにも切ない。ルーファは唇を噛みしめて、俯いた。
「ごめん」
 しばらく、二人は互いを抱きあったまま動かない。
 やがて、ライカが涙を拭い、無理やりその顔に笑みを浮かべた。
「ごめん。ルーファを責めるつもりなんてなかった。あやまらないでいい。わたし、ルーファに会えて、嬉しかった。母がなくなってから、一人で凄く淋しかったの。でもね。でもね、ルーファが来てくれてから……楽しかった。いっぱい、楽しいことあったし、傍にいてくれるだけで嬉しかったし。だから、あやまらないで。ありがとう、ルーファ」
「ライカ……」
「わたしも、あなたが、好きだよ」
 自ら、そっと彼の胸を突き放して、ライカは小さく微笑む。
「ぼくは、ここを去る前に皆の記憶を消さなくてはならないんだ。でもライカ、きみに忘れられたくない。これは、ぼくの傲慢な願いだ。周りの全てが、ぼくのことを忘れてしまう。そんな中で、きみ一人、ぼくのことを覚えている。……そんな状態に、きみは耐えられるだろうか」
 不安げに揺れる翼ある青年の澄んだ瞳……。ライカは彼の不安を和らげようと、精一杯、強く微笑んで見せた。
「大丈夫。そんなこと、聞くなんて馬鹿にしてるわ。だいたいね、ルーファ。わたしの記憶を消したりしたら、許さないんだからね!」
 睨み付けるその眼差しに、涙が光る。
 ルーファは小さく身を屈め、その涙に口付けて弱く笑った。
「ありがとう、ライカ」



 その後のことは、良く覚えていない。
 光に包まれたルーファ。
 空から降りそそぐ、光。
 その中で消えてゆく愛しい人の影。
 手の中に、ただ一つ残された硬質の重み。
 自分でも、わけのわからぬまま、叫んだ。言葉にならぬ声を。

 気がつくと、朝で。ライカは、自分の家の居間にいた。
 眠っていたわけではないのだろうが、ふと目が覚めたような感覚だった。
 そして、昨日のことを思う。
「夢だったのかな」
 ポツリと呟いた、彼女の手の中には銀色の針のような物質が無数に封じ込められている、水晶の丸い珠があった。
「夢なんかじゃ」
 呟く彼女の瞳に、涙が滲んだ。

「ルーファ」

 愛しい人の名を呼ぶ切ない囁きは、誰にも拾われることのないままに消えてゆく。



 --どこにいても、ぼくは、きみを見つめているから。
 永遠に続く想いなんて、ないと言うかもしれない。
 それでも。ずっと想っていると、ぼくは言える。
 だから、忘れないで。
 世界でただひとり。きみの中にだけ、ぼくの記憶を残して行くから。
 決して、忘れはしないで。


 残された水晶が、ひとり。そう、語り続ける--。


Fin



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